第82話 アルメニーアの惨劇を見ても、同じことが言えるのかな?
カビオサに来て三日目の朝、朝食をとった後、胸ポケットにシーザを入れ、アイリスと共に外へ出た。魔石採掘場の見学の約束は伝手のあるアイリスが受け持ち、前夜に西極に連絡したところ、今日の昼に見学が可能となった。フリップ家のご令嬢への対応は予想通り迅速だ。
約束まで多少余裕があったので、魔石採掘場のゲート西に広がる魔道具街に寄っていくことにした。カビオサの魔道具街の質は王都より高いというのが通説だ。魔石採掘場に近いほど魔石の輸送コストはかからないので、魔石を安く仕入れられる。必然、魔道具師も集まり、安く良質な魔道具が店に並ぶ。魔道具に目がないディンとしては素通りできない場所だ。
「街案内は私に任せてください!」
案内役を買って出たアイリスはいつも通り明るく、特に変わった様子はない。
高級住宅街からしばらく歩くと、魔道具街に入った。
軒を連ねるのはすべて魔道具に関する店という魔道具通りは圧巻で、ディンは思わず子供のようにはしゃいでアイリスから注意を受けた。
店の数があまりに多く、どの店を選ぶかも重要になってきそうだ。
「高級住宅街近くや大通りに面したお店は、種類も豊富で良質な魔道具が売ってます。迷ったら大通りが正解っす。裏金で大通りに店舗を置いてるんで資金力があるんすよ。その分、マフィアとの繋がりも強いってことっすね」
まともに見える店ほどマフィアとの繋がりが強いというのはなんだか皮肉めいているが、カビオサでは普通なのだろう。
「路地裏など繁華街側近くになると、玉石混合っすね。ぼったくられる可能性があるので注意っす」
「場所によるんだね」
「はい。ただ違法の魔道具は基本どこでも売ってます。お得意様に見せるか、見せないかの違いっすね」
「……」
とにかくとても自由に商売しているのは伝わった。カビオサが無法地帯と言われる理由がよくわかる。
「カビオサにひいきにしてる店があるんす」
「えっ? カビオサに? フリップ家の近くの方が魔道具店は多いと思うけど」
北部オキリスの中心部で最も栄えた街、レインヘザー。広大な魔石採掘場があるので、世界最大の魔道具街があるという。カビオサ以上の規模なのは間違いない。
「ええ。ただ最近になって一流の魔道具師がレインヘザーからカビオサに移住してるんすよ。出力制限や禁止条項の多さが嫌になったみたいっす。こっちならまだ緩くてやりたい放題っすから」
「なるほど」
キクのように裏で改造してディンに個人的に売るというならどこでもできるが、店を構えて改造品を売るとなると、一定のリスクを負うことになる。その点、不可侵領域であるカビオサなら罪に問われることもない。
「今から行く店も元レインヘザーに店を構えて移住した人っす。儲け度外視で一点物を多く作ってるんで、ユナちゃんにもおすすめっすよ」
「へぇ」
確かにアイリスの魔道具はディンが見たことのないものが多かった。少なくともアイリスもディン同様、魔道具には詳しいのでアイリスの行きつけということは一流魔道具師であるのは間違いない。
「じゃあそこに行こう」
「はいっす」
アイリスがひいきにする店は、大通りではなく複雑な路地裏の一角にあった。外観は明らかにみすぼらしくて、見た目にこだわるディンなら一生入ることのなさそうな店だ。
「こんちわっす!」
アイリスの明るい声が響く。中は意外に広く、通路のような長細く奥行きのある空間になっていた。両サイドの壁にはひしめくように魔道具が壁にかけられている。
「うおぉ。すごいね、ここ」
アイリスの言う通り、量産品の魔道具はほぼなく、独自の改造を加えられた魔道具ばかりだ。思わずディンも興奮して、きょろきょろしてしまう。
客は一人だけで、奥のカウンターには乱雑に剣が置かれていた。
「これ……もしかして魔剣?」
「あっ。違うっす」
そう言って手に持ち、振り返る。
「これは――」
「んだ、アイリス! 昨日ぶりじゃねーか」
カウンターの向こうからひょこりと小さなもじゃもじゃ男が顔を出した。
「今日はお友達連れか? なんか小さい子だな!」
「トンちゃんも小さいからお互い様っす」
「うっせ! うっせ! うっせぇわ!」
トンちゃんと言われた壮年の男は地声がでかく、低い声が店内に響く。
「ユナちゃんに良い魔道具屋を紹介するため寄ったっす」
「うれしいこと言ってくれるじゃねぇか……でも、ユナってまさか……」
自然とトンの視線がこちらに移る。
「はじめまして。ユナ・ロマンピーチと申します。アイリスとは同じ魔術師団に所属する友人です」
「……マジか。お前が勇者の孫か」
「えっ! マジで!」
カウンターの近くにいた客が反応してこちらを見る。
「うわぁ! 私、エルマー様のファンなんだ。この度はご愁傷様ですぅ。えっ! でもでも、こんな場所でそのお孫さんに会えるなんて! 私としてはすっごい奇跡って感じ?」
「はしゃぐな。キキ。いい年した女がみっともない」
「私はまだまだ若い女だい!」
二十代後半と思われる赤髪の大女はカウンターを叩きつけて、トンに怒鳴り散らす。キキと呼ばれた女の異様さはすぐに気づいた。身体の下から上まで全身魔道具を装備しており、魔道具兵器のような印象だ。
が、それだけじゃなく明らかに高い魔力を帯びている。
キキはこちらに視線を向けて笑みを浮かべる。
「ふふふっ。こんな機会も二度とないから、ぜひぜひ。握手を。ねっねっ? いいよね? ちょっとだけ!」
前のめりに手を伸ばしてくるキキの表情が狂気じみており、思わずあとずさりしてしまう。
「そいつ、女もいける口だから気をつけろ」
トンの言葉でディンはさっと手を引く。
アイリスが間に入り、キキの手をばちっと払う。
「ユナちゃんに気安く近づくな! 表情がきもいっす!」
ズバリ核心を突かれて、キキは衝撃が走ったようにショックを受け、その場で地面に膝をついてうなだれた。
「うー。別に嫌な思いをさせるつもりはなくてさ……だって、だって……」
キキは地面に向かってぼそぼそとつぶやく。
アイリスはそれを冷めた目で一瞥し、カウンターに視線を戻した。
「昨日やってなかった分の追加発注したいっす」
「おお、いいぜ。どういう奴?」
「特製の水魔術の魔道具が欲しいっす」
「どういうタイプのものだ?」
「魔弾を水属性に変えるものっす。できればユナちゃんの分もよろしく」
「同じもの二つ作るのは美学に反するんだがな。単純だからすぐ作れそうだし、金払いがいいから特別だぞ」
金に屈する美学に思うところはあるが、面倒そうな人間なので余計な口を挟まない。
「特別に作ってもらえるなんてありがたいです」
「トンちゃんは全員に特別っていうから当てにしない方がいいっすよ」
ディンに向かって忠告するアイリスに「うっせ! うっせ! うっせぇわ!」とトンが声を荒げる。
そこから細かい魔道具設計についてトンは説明していたが、ディンには細かい術式や仕組みの部分は全く理解できなかった。人格面は置いておいて魔道具にはかなり精通しているのがよくわかる。
「まあ、細かい部分は任せるんで、とりあえず金っす」
慣れてるのか、アイリスはカウンターにお金を乱雑に置いた。
「一つ質問なんですけど」
話が一区切りしたところで、ディンは前日にチンピラから奪った魔術薬をカウンターに置いた。
「これ拾ったんですけど、この魔術薬って本物ですか?」
トンはそれを手に取り、吟味するようにあらゆる角度から眺める。
「ああ、これね。増幅魔術の魔術薬か。パチモンだね」
「見分けってどうつくんですか?」
「ないな。基本全部偽物だ。飲まなきゃ効果なんてわかんないね」
「……」
増幅魔術は比較的素養を持つ者が多いので、魔術薬としても大量につくられていた。当然、玉石混交で質の悪い物も多く、結果大量の偽薬が一時期市場に溢れた。増幅魔術は身体に悪影響があるというのは偽薬が大量に出回ったせいではないかという説もある。
今は禁止薬であり、保有するのも問題となるが、キクがフローティアと戦っているのを見た時からさらに興味が湧いた。もっともユナの身体に使うのは抵抗があるので、ディンの中ではあくまで興味の段階で止まっている。
「欲しけりゃ本物を作る魔道具師から譲ってもらうしかないな」
「ここには本物があるんですか?」
「俺は作れないけど、作れる奴は知ってる。ただなぁ、勇者の孫が持ってるのは良くないだろ。興味本位で手を出すのはやめときな」
トンは商売のチャンスにも関わらず、あっさり断った。ユナの見た目は明らかに子供なので、子供に禁止薬を売ることに抵抗があるのだろう。
「はーあ。ガキ扱いして、本当トンはわかってねぇな! こっそり売ってあげたらいいじゃないか」
隣から口出ししてきたのはまたしてもキキだ。
「ダーリア王国では増幅魔術は禁止なんだよ。お前は無知だから知らねーかもしれないがな!」
「皮肉だねぇ」
キキは口元に意味深な笑みを浮かべる。
「他国の人間を大量に殺した殺人鬼も戦争という舞台上なら英雄と称えられる。魔族を最も葬ったとされる増幅魔術。平和への礎を築いたはずなのに、今ではそれを扱う魔術師たちは廃業だ。時代によって扱いが変わるとは何とも滑稽だ」
「俺も思うことはあるけどな、時と共に解釈が変わるってのは仕方ないだろ」
「だが、変わらないモノだってある。ユナちゃん」
唐突にキキはポケットから取り出したものを投げてきた。
手に取ると、それは魔術薬だった。
「数少ない本物だよ。剛力が使える」
剛力。祖父エルマーが最も得意としていた魔術。
思わず戸惑う。
「いや、あの、少し興味があるだけで欲しいとは……身体にも悪影響があるって話なので使うかわからないですし」
「アルメニーアの惨劇を見ても、同じことが言えるのかな?」
死体が大量に並んだ闘技場を思い出し、ディンは固まる。
「あの日、あの場にいたのは対人特化の兵士たちだ。増幅魔術薬があれば、少なくともあれほどの凄惨な被害は出なかった。それはあの場にいた君が一番理解しているはずだ。ユナちゃん」
自然と言いよどむ。
魔人は明らかに魔力の密度が違った。
それに対抗するには圧倒的な火力と耐久性能が必要とされる。あの日、対人用の魔道具で必死に魔人に対抗し死んでいった人たちを思い返すと、果たして増幅魔術を禁止にしたのが正解だったのかわからなくなる。
「生き物にとって究極の価値である命を守ること。変わることのない絶対的定義だ。多数派の価値観で定義づけされたルールに惑わされちゃいけない」
キキの眼は異様に吸引力があり、思わず引き込まれそうになる。
「同じ状況になったら君が手に持つ魔術薬をどう使うのかな?」
自分の価値観を試すような言葉にディンはわずかに揺れた。
ルールは社会の秩序を守るためにある。だが、それが時と場合によって人のために機能するとは限らない。カビオサで生きてきたキキにはそれをよく理解しているようだった。
「いつかまた会うことがあれば、その答えを聞きたいな」
そう言ってキキは足早に店を出て行く。
「なんか不思議な雰囲気の人っすね」
ディンはアイリスと同じ感想を持った。
「あああ!」
店内に響くトンの叫び声でぎょっとなる。
「あいつ修理の金払ってない! どさくさに紛れて、逃げやがった!」
とりあえず深く関わらない方がいいのは間違いない。




