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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第三章 アルメニーア 魔族襲来編

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第27話 しょせん魔族を知らんガキどもだ

 二人の不毛なけなし合いが落ち着いたタイミングでディンはキクに声をかける。


「で? キクは話を聞いてどう思った?」


 考えを巡らせるように、キクはしばらく顎に手を当てたまま固まっていたが、やがて視線だけディンの方に向ける。


「まず確認すべき重要な点がある。現時点でロキドスは脅威であるかどうかという点だ」


 ピンとこない指摘にディンは首をひねる。


「どういうこと?」

「魔王ロキドスが死んで五十二年経った。その間世界はどうなった?」

「魔獣は激減し、世界は平和になったな」

「そっ! 魔王ロキドスは付与魔術という特別な魔術の使い手。それにより己の魔力や魔術を分け与え、魔獣や魔人を生み出した。それが激減しているということは、一つの仮定が成り立つ」

「付与魔術を使えなくなったってことか」


 ディンの言葉にキクはうなずく。


「人間に転生成功したが能力の継承はできなかった。これなら大した脅威ではないよね?」


 確かに魔王ロキドスが付与魔術を使えず、魔族を増やすことができないならそれほど脅威とは言えない。


「でも能力を失ったとするなら、転生した目的がわからないな」

「ずばり魔王ロキドスは人間になりたかったというのはどうかな?」


 思わぬ指摘だった。


「ロキドスは人間の疑似家族を作っていた。シーザは生態観察という見解みたいだけど、実際ただ人間になりたかった可能性がある」

「人に憧れていたってことか?」

「実際、ロキドスは人間の真似をしているという説もあったよね。人間を元にした魔人を生み出し、会話をして、群れを成し、魔族の社会を作ろうとしたわけだから。人間になりたいという潜在意識があってもおかしくはない」


 突拍子もない説に聞こえたが、意外に筋が通ることに気づいた。


「つまり、ロキドスは人間に害を与えるつもりはない。その可能性も一応考えてもいいんじゃないかな?」

「甘いな。しょせん魔族を知らんガキどもだ」


 キクの説をばっさり切ったのはシーザだ。


「どういうことでしょう?」

「魔人の本質を知らんな。奴らは生態ピラミッドの頂点に位置すると本能で自負しているのだ。自分たち以外はすべて下等生物。下等の人間になりたいなんて思うやつはいない」

「ロキドスは他の魔族とは違う。非常に知性が高いと聞きます。同列に扱うのはどうかと……」

「知略家であり言葉巧みに人を騙す習性があるって点で確かに他の魔族と違うな。だからといって私たちと同じ常識を持ち合わせてはいない。あいつの中じゃ人間は家畜と同じ扱いだ。転生した目的は必ずある」


 魔王ロキドスを知識として学び育った者と実体験を知る者の違いは大きい。キクもそれを理解したのか、思わず黙り込む。


「とにかく魔族の本質は変わらん。ふわふわした緩い考えはまず捨てろ」

「金言として受け取りますが、最後の言葉は身体がふわふわのあなたに言われるのは癪だ」


 キクは無表情のまま手に持つ本をシーザに向かってあおぐ。


「やめろ! 飛ばされる! 飛ばされる!」


 机の上から浮き上がって窓から飛び出しそうなシーザをディンは掴む。


「でも付与魔術が使えないならそこまで脅威ではないよな?」

「その思い込みが奴のドツボにはまっているぞ。トネリコ王国の秘儀に継承魔術というものがあるし、一概に能力を失ったと断言するのは早計だ」


 シーザの言葉は正論に聞こえた。

 そもそも人に転生するという発想が常識を大きく逸脱している。

 人間の常識の秤でロキドスを理解するのは危険に思えた。


「じゃあシーザに聞くけど、なりたくない下等な人間になってロキドスは何を企んでると思う?」

「ずっと考えてたけど、全くわからん」

「おい!」

「ただ……奴が生きているなら、今の平和はかりそめってことだ」


 その言葉は重く響いた。

 魔術師団内で紛れているのも何か企みがあるのかもしれない。となれば、早く特定して倒すのが賢明だ。


「ちなみにロキドスってどんな奴なんだい?」


 キクの好奇心をそそるのか、少し前かがみになる。


「フィリーベルを知ってる人に少し話を聞いた。人間社会に馴染んでたけど、たまに言動が一致しない部分があったんだと」

「へぇ」

「あんま当てにすんな。あいつは狡猾で慎重なやつだ。私もフィリーベルと少し会話した記憶があるが、完全に医者だったし人間社会に適応していた。だから、今も属性も含めてその人間になりきってるはずだ」


 難題を前にシーザは難しい顔をする。


「ふーん。なら性格や癖からロキドスを絞るのは簡単じゃないね」


 シーザとは裏腹にキクは子供のように目を輝かせる。シーザと比べて緊張感がまるでないが、キクの頭脳は頼りになることをディンは知っている。


「そして現在、六天花の中の誰かってところまでは絞ったと……で、ディンに聞くけど現状怪しいのは誰?」

「正直、ピンとこなかった。まあ、一番怪しいやつとまだ会ってないってのが大きいかも」

「セツナか」


 序列二番、セツナ。性別も顔も体格も魔術能力も不明。夜に隠密で行動し、任務も黙々と遂行する魔術師。エリィですら顔も名前も知らないというのは計算外だった。顔も名前もはっきりわかっている五人とは違い、正体がわからない以上一番の容疑者と言っても過言ではない。


「僕もセツナの正体は興味深くて調査したんだけど、まだ掴めてないんだ」

「あれをやる。何本ある?」

「こんなこともあると思って大量にあるさ。もう主要な場所には刺してある。ただ魔術師団支部にはほとんど刺せてない」


 キクは金属ペンのような魔道具を机に置き、ディンはそれを手に取る。


「了解した」

「待て待て! お前らで話を進めるな! それって何なの?」

「僕の魔術を魔道具化したものだ。これを色々な場所に置くと、そこから周辺の音を拾ってくれるのさ。さらに自動で音声転移の魔術も備えている優れもの!」


 シーザは目をぱちぱちしてディンの方に視線を向ける。


「要は盗聴だよな。場合によっては罪に問われてもおかしくない」


 場は静寂に包まれる。冷めた目のシーザにディンは視線を一切合わせない。


「ディン。妙に噂話に詳しいと思ったら、こういうことか。エルマーが知ったら泣くぞ」

「まあまあ。手段は問わないならこれが最善だ。すべては魔王討伐のため! 清濁併せ吞んでいかないと!」

「そうそう。まだまだあるよ。僕の作った魔道具グッズ! ディンに渡しておかないとね」


 明るく取り繕うディンに合わせるように、キクもノリノリで机の上に自慢の魔道具をどんどん置いていく。それらの魔道具はどれも既製品に酷似しているが、少し違うことにシーザは気づく。


「……おい、引きこもり女。これはなんだ?」

「既製品の魔道具を改造したものさ。一から作るより手っ取り早い」


 魔道具は一から作るにはどうしても時間と金が必要になる。が、既製品ならそこからさらに手を加えるだけで時間を要せず強力な魔道具に変わる。無論、製品保証はなく、事故の原因にもなりうるので極めて危険な行為だ。


「おい、ディン。うすうす感じてたけど、これって違法性があるよね?」


 ディンはそれに答えない。聞こえないふりをしている。


「お前の二級魔道具……どれも異常な殺傷能力だと思ったら、そういうことかい! 普通に犯罪すれすれだぞ!」

「シーザ。これも魔王を倒すためだ。清濁併せ呑まないと」

「さっきから清い部分が全く見えないんだけど!」


 シーザの叫びを聞き流し、魔道具を架空収納に入れていく。


「キク。セツナについて現状わかってることはなんだ?」

「セツナはアルメニーア所属だけど、アルメニーア支部の魔術師ですら誰も会ったことがない。エリィ殿下も知らないなら……ゼゼ直属の部下ってことだね」


 となると、本当に知っている人間は限られている。ゼゼに直接聞くのも一つの手だが、機密の一言で遮られるのは目に見えていた。


「あとセツナは休止期間も結構あるんだ。二年前に復活したけど、それ以前に三年間ほど全く活動していなかった時期がある。理由はわからないが、何度か活動と休止を繰り返している」

「五十二年以上前から活動しているなら長命種の可能性が高いと思ってたが、もしかしたら人間かもな。年取ってあまり動けなくなったのかもしれない」


 シーザが持論を挟む。


「僕としては獣人の可能性を推すね。これなら人前に姿を見せないのもうなずける」


 獣人はエルフ同様、絶滅危惧種と言われている。魔王ロキドスがいた時代、一匹の獣人がロキドスの密偵となったことが明るみになり、魔族と共に獣人が狩りの対象となったことが原因だ。


 一時的なものであったが、未だ偏見が消えたといえず、差別により肩身の狭い思いをしているのは容易に想像できる。

 なにより平均寿命も約百五十年と人間より長い。


「確かなことはセツナが今回の魔獣討伐に必ず出てくるってことだ」

「そういうこと」


 それぞれ目を合わせる。


「セツナの正体を暴いてやる」


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