朝目覚めたら馬車に揺られていた公子の故事から学んだ華僑令嬢
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」と「Ainova AI」を使用させて頂きました。
起き抜けの寝惚け眼で身支度を終えた私の頭をハッキリ覚醒させたのは、我が完顔家が御世話をしている交換留学生の部屋から聞こえてきた素っ頓狂な声だったのです。
「あら、まあ…!これは一体…?」
その声を聞いた直後の動きは、我ながら素早いものでしたよ。
「如何なさいましたか、紅蘭さん?!」
既に家事を始めていた使用人を随伴させるや、私自身も刺又を抱えて客室のドア前に駆け付けたのですからね。
何しろ相手は大切なお客様、万一の事があれば御実家に申し開きが出来ませんもの。
ですから客室の住人が何事もなかったような御様子で顔を出された時には、その場に居合わせた一同でホッと胸を撫で下ろしましたよ。
「ああ、夕華さんに皆様方…これは御恥ずかしい限りで御座います。私とした事が少々寝惚けていたらしく、実家の私室の感覚で目覚めてしまい…」
照れ隠しの微笑さえも優雅で気品に満ちておりましたのは、満洲族の高貴な血統を継ぐ華僑令嬢の流石を感じずにはいられませんでしたよ。
「はあ…左様で御座いましたか、紅蘭さん。確かにこのシンガポールと日本の神戸とでは、建築様式から窓から望める景色に至るまで差異が御座いますからね。」
その上品で優雅な微笑に釣られるように、その時は私も笑いながら頭を掻くばかりでしたよ。
そして「単なるホームシックに過ぎない。」と片付ける事にしたのですよ。
ところが学校で何気無く尋ねてみて分かったのですが、紅蘭さんの置かれていた状況は私が当初予想していた以上に込み入っていたのでした。
「シンガポールにおける三ヶ月間の留学期間が明けた後の事ですか?シンガポールの次はマレーシアのクアラルンプールへ留学させて頂きますね。その次は大英帝国のリヴァプール、そのた次はアメリカ合衆国のサンフランシスコへ留学させて頂く予定です。」
まるで世界各地の中華街の点と点を線で結んでいくかのような異様な留学生活を、それも三ヶ月単位で行うとの事。
それは各国の中華街で名のある華僑と親交を深めて見聞を広めるという、ルームメイトの御祖母様の独特な教育方針に由来する物だったのです。
「御若いうちから世界に目を向けられるのも各地で人脈形成を行われるのも、確かに有意義だとは存じ上げますが…これでは紅蘭さんの負担が大き過ぎるのでは御座いませんか?教育カリキュラムは国毎に異なりますし、そもそも御実家や肉親と離れて世界を転々とされるなど…私が申し上げるのは差し出がましいかも知れませんが、御祖母様の教育方針に疑問を感じられた事は御座いませんか?これは流石に…」
喉元まで出そうになっていた「苛烈ではないか?」という一言は何とか飲み込んだものの、その意図は紅蘭さんに確かに伝わっていたようでした。
私に小さく微笑みながら、白い細首を軽く左右に揺らして否定されたのです。
「いいえ、夕華さん。私は祖母の教育方針を厳しいとも苛烈だとも感じた事は御座いませんよ。むしろ私は、祖母の慈愛と献身を確かに感じている次第です。夕華さんは晋の重耳と斉姜の別れの逸話を御存知でしょうか?」
「それは確か、重耳が斉の国から出立する時の逸話で御座いますね。司馬遷の『史記』に記述されている…」
度重なる粛清の危機から逃れて流浪の日々を送っていた晋の公子の重耳は、亡命先の斉で斉姜という聡明な美女を深く愛した為に帰国して君主として再起する野心さえ鈍ってしまいました。
これに危機感と申し訳なさを感じたのは、他ならぬ斉姜その人だったのです。
斉姜は重耳を愛するが故に彼の優れた才能が埋もれていくのを惜しみ、泥酔させた重耳を彼の家臣達に引き渡し、斉からの出立を促したのでした。
そうして朝起きた重耳は自分が馬車に乗せられているのに戸惑い、そして斉から出国して斉姜と離別させられたのに大いに憤慨したものの、斉姜も全て承知の上だった事と家臣達の説得により出立を渋々ながら納得したのだとか。
それから更なる流浪の旅で経験を積んだ重耳は六十二歳で晋の君主に即位し、やがて覇者として名を馳せていく事になるのでした。
「重耳を深く愛していて成功を信じているからこそ、斉姜は敢えて涙を飲んで送り出したのです。支援していた亡命貴族を他国に出立させるという、斉から見れば裏切り者と見做されても仕方ないリスクを負ってまでも。真の愛情とは単に甘やかす事ではなく、相手の実力と将来を信じて涙を堪えながら送り出す事にあるのではないか…私にはそのように思えるのです。」
「紅蘭さん、貴女という御方は…それでは紅蘭さんに海外の華僑社会を転々とする留学生活を強いるのもまた、御祖母様なりの愛情の現れであると?」
その問い掛けに、紅蘭さんは力強く頷かれたのです。
「ええ、勿論です。広く世界を見聞きして人脈を築き、一介の華僑令嬢の枠に収まりきらない大人物に大成するように。そう期待しての事であると、私は信じておりますから。」
一切の迷いのない、毅然とした口調と真っ直ぐな眼差し。
後から振り返れば、あれは揺るぎ無い決意の現れだったのでしょうね。
彼女の…いいえ、あの御方の。
我が中華王朝が前身である大清帝国から王城として継承した、北京の紫禁城。
その中枢とも言うべき玉座の間で、私こと完顔夕華は敬愛する主君へ静かに一礼致したのです。
「女王陛下、此度の祖廟の御落慶を改めて御祝い申し上げます。落慶した祖廟の出来栄えには、太皇太后陛下も御慶びで御座いましたね。」
この緑色の満洲服は我が一族の伝統的衣装では御座いますが、今となっては我が主君への敬愛の念を示す長揖の拱手礼と同様にすっかり板に付きましたよ。
「仰る通りですよ、太傅。私としても亡き母を…いえ、王太后陛下を漸くあるべき形で御祀りする事が出来て感慨無量で御座います。」
されど玉座に就かれましたた我が君の微笑につきましては、シンガポールで同じ学び舎で青春の日々を過ごしたあの時と何ら変わらぬ気品と慈悲深さを湛えていたのです。
「学生時代に世界各地の中華街を留学の名目で訪れて、現地の華僑コミュニティに人脈を築き上げる。ある意味では長い漂泊の旅でしたが、その時に出来た人脈があったからこそ今日の中華王朝が成立するのですよ。太傅、貴女もまたその大切な一人です。」
「勿体ない御言葉で御座います、愛新覚羅紅蘭女王陛下。この完顔夕華、臣下として陛下と中華王朝に永遠の忠誠を誓う所存に御座います。」
シンガポールでルームメイト兼クラスメイトとして同じ時を過ごしてから幾星霜、私達二人はまた同じ時を過ごせるようになりました。
紅蘭さんは清朝の皇位請求権を駆使する形で御即位されて中華王朝の初代女王に、そして私は女王陛下と中華王朝を御支えする太傅に。
お互いに大きく立場は変わりましたが、あの青春の日に育まれた絆は形を変えつつ今も生き続けているのですよ。




