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純情トワイライト  作者: 森 彗子
19/20

ジュリエットの勇気 3

 何の収穫もないまま、とうとう十年。

 手紙も電話もくれない晴馬を信じるにはもう限界だと思った。


 その日が来たら、私は毒を飲もう。

 虚しい十年間を忘れるための毒を。


 そして生まれ変わって、彼の存在しない人生に踏み出そう。


 少し前、眠れない私にお爺ちゃんがくれた薬草入りの小さな瓶。

 記憶を遠ざける効果があるのだと言っていた。

 どうしても苦しい時に飲むようにと渡されていた小瓶は、私の部屋の机の引き出しに仕舞ってある。


 駅に着き、外灯の下をほぼ駆け足で帰る。

 防風林と農道を駆け抜けて、お爺ちゃんの家に辿り着く。


 見上げる夜空に瞬く幾億幾千万の星屑の中で、私が名前を知っている星を探す。

 晴馬が教えてくれた北極星を見つけて、冬が近いことを感じた。


 彼が傷付いた旅人なら、私のところに帰ってきて欲しい。

 そんな願いも虚しくて、私は家の中に入った。



 「おかえり」と迎えてくれるお爺ちゃんは私を見ると、優しく微笑んでくれる。

 家に帰って迎えてくれる人がいるのは、すごく嬉しいことだ。


 私はお爺ちゃんの淹れてくれた熱々のお茶を飲んでから、二階の自室に行って着替えをした。


 「どうして一人の人だけを愛し続けられない人が結婚なんてするんだろう?」


 お爺ちゃんのご飯支度を手伝いながら、私はつぶやいていた。

 変なことを口走ってる孫を驚いた目で眺めながら、お爺ちゃんは応えてくれた。


「そういう人は端から間違っているんだろう。


幸せというものは永続的なものではなく、断片的なものだと知っていれば間違いは犯さないのかもな。

それに、自分が相手を幸せにしているんじゃない。自分が自分で幸せであることを許しているかどうか、だ。そこを解っていないと、簡単に見失う」


 お爺ちゃんの話は深くて難しい。


「自分が自分で幸せであることを許しているかどうか」


 許せない人は、幸せじゃない?

 木梨さんみたいに、幸せなのに怖くなるみたいに?


「私にはまだ難しいみたい」


「そんなことはない。

お前は時間も距離も遠ざかっても一人の男を愛しているんじゃないのか?」


 お爺ちゃんにそんな風に言われると、なんだかドキっとする。


「淡い恋だよ」

「いや、淡い恋ならもうとっくに他に目移りしている。そんなに永い間待てるものじゃない。お前の彼への想いは間違いなく愛だ」

「言い切らないでよ」

「言ってやらないと、お前は悩むだろう?

そこらへんの恋愛ごっこなんか吹き飛ぶほどに、

お前のしている恋愛は壮大で美しいと思うがなぁ」


「や、やめてよ。恥ずかしい」


 あ、やだ。また泣きそうになる。


「夏鈴。自分が信じたいものを視ろ。信じたくないものばかりを視ていると、どんどん深みに嵌っていく。信じることが愚かに思えてしまう。それは間違いだ。

お前は間違わないで自分の人生を切り開いて欲しい」


 お爺ちゃんの言葉が胸に突き刺さった。



 頭の中も心の中でも、グニャグニャと色んな気持ちが交じり合って灰色になる。


 凹凸もない色も形もない真っさら状態になった気がした。



 私は間違わない。



 それなら一度リセットしよう。



 生まれ変わってもまた

 晴馬に出会ったら恋をするのか。




 二度目に出会った瞬間もしも恋に落ちたら。

 きっとそれは本物の愛になる。




 そんな気がした。





 翌日、学校に行くと先生と木梨さんの様子がおかしいことに気付いたけれど、私は気にしなかった。彼らの問題は彼らに任せておけばいい。私が心配することじゃない。


 放課後、美術室の晴馬のデッサンの前に立って見つめた。

 この絵を通じて十年前の彼と目が合う気がするから。


 心の中で語り掛ける。


「あなたは今、幸せですか?」


 その答えはきっと、これから思いがけないカタチで知ることになる。


 そんな予感がした。



 私は持ってきた小瓶を制服のスカートのポケットから取り出した。


 そこに入っている毒を、私は飲み干す。




 苦くて喉が焼け付くような酷い味に本当に気分が悪くなった。

 仰向けにひっくり返って、天井を仰いだ。




 溢れる涙の向こう側で、晴馬が私の名を呼びながら

 駆けつけてくれる夢を見ながらゆっくりと目を閉じた。






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