270話 アービシアの復活
アビスが崩れ落ちてしばらくするとドス黒い魔力が集まり始める。
予め散らしていた桜の魔力で黒の魔力を霧散させようとすると用意していた魔力が突然空になった。
「へ?」
慌てて再度魔力を展開するも放出したそばから空になっていく。……身体強化は解けてないから体外に放出する系の魔法は使えないと考えた方が良いかも……。
しかしアビスに近付く前に黒い魔力の吸収が終わる。
「さっさとあけ渡せばいいものを。余計な抵抗をしやがって。それにしてもわざわざ魔力を用意してくれるなんて親孝行だな。くっくっく。親孝行ついでに魔力を全て俺によこして死んでもいいぞ?」
「アービシア?」
アビスの姿のままだけど先程までと雰囲気が違う。純粋な悪意が四方に向けられる。私に親孝行と皮肉るってことはアービシアだよね!?
「どういうこと? アビスはどうなったの?」
「ふむ、俺様は今とても機嫌がいい。サクラの右腕で手を打とう」
「右腕って? ……っ!!」
アービシアの言葉に聞き返すと右腕の感覚が無くなる。元から無かったかのように痛みすらない。
「何をしたの?」
「機嫌が良いと言っても何度も質問に答えるほど俺様は優しくないぞ」
まだまだ聞きたいことはあるけど我慢して一度黙る。龍馬が横から私の右腕を再生しようとしてくれるけど治る気配はない。
「俺様がアビスを吸収した。くっくっく。なんの算段もなしに俺様が肉体を譲るわけがなかろう! これで俺様の力も神の領域に入ったぞ!」
アービシアは上機嫌に今回の企みを話し始める。
アビスから封印を解く方法を聞いたこと、アビスとの連絡の取り合い方、黒の魔力の扱い方を教わったことを得意気に話す。
「利用できると思ったね。たまに出てくる愚痴は鬱陶しかったが我慢したかいがあった。おかげでこの世界をぶっ壊せる」
狂気に染まった目をしたアビスがしみじみと呟く。どうして……
「何がそこまで駆り立てるの? 世界を滅ぼすなんて……」
「以前話しただろ? 俺には魔法の適正がなかった。そのせいでどれほど屈辱な目にあわされたか……。俺は奴らを見返すために! 何でもやった! 王宮でもそこそこの地位に立った! なのに奴らは、努力のどの字も知らんあいつらは適正が無いというだけで俺様よりも上の地位になった!」
理由を聞くと拳を握りしめて興奮したように話し始めた。
確かに……遺跡で戦った時にそんなことを言っていた気がする。作り話じゃなかったの?
「エルフの姫との子であれば才能があったはずなのに! 奴らの子供に吠え面かかせてやるはずだったのに! 生まれてきたのは俺と同じで適正なしの屑だった! その時の絶望が貴様に分かるか!?」
「子供は道具じゃないわ! あなたのそれは逆恨みよ!」
憎悪の籠った目で私を睨むアービシアから庇うように前にでたオリディア様が反論するもアービシアは冷めた目でオリディア様を見返す。
「お前が言うのか? 封印を維持するために子供達を道具として扱ったくせに?」
「ちがっ……わないけど」
アービシアの反論にオリディア様の言葉が詰まる。
「子の幸せを願っていないあんたと一緒にしないで!」
「サクラちゃん……」
今度は私がオリディア様の前に立つ。オリディア様はちょっと感動したように私の裾を掴んだ。裾くい? この神様……あざとい!
「何が違う? 子を道具として扱う一点を見たら同じだろう?」
「それしか方法がなかったオリディア様と他の方法も取れたのに選ばなかったあんたとじゃ訳が違う! それにオリディア様は愛情を持っていた! 私を殺そうとしたあんたと一緒にするな!」
右腕を再構築してアービシアを殴る。
龍馬の再生の魔力で治らない以上元からなかったことにされていたんだろう。……どうやったか分からないけどね。でも私の魔力があれば無くなっても作り直すことができる。
アービシアは特に気にした様子がなく立ち上がり言葉を続ける。
「貴様は無能として俺と同じ道を辿ると思ったのに。俺と違って才能を開花させたな」
そう吐き捨てつつ私に向かって指をさす。
少しぞわっとした?
「子の成功を喜ばないの?」
「妬ましいんだよ。俺様と全く同じ境遇のはずの貴様が正反対の道を進むのがな」
「完全な逆怨みだな」
龍馬の言葉にオリディア様が頷く。
「知るか。くっくっく。無駄な時間を過ごした。そろそろ世界を滅ぼそうか」
「させないよ」
サイコパスかな? 情緒が不安定すぎるよ……。
「サクラちゃん。お願いがあるの」
「なに?」
「……この世界をお願い。アービシアの闇も元を辿れば私が原因みたいだし私がなんとかするわ。サクラちゃんに力を貰ったことだしね」
私に一つウィンクしてオリディア様が前に立つ。
もしかして死ぬつもり? この世界をどうするの?
「この世界の管理権限はサクラちゃんに渡しておくわ。あとは頼んだわ」
「ちょっと待って。何言ってるの」
「申し訳ないけどアビスが食われちゃったから私の時間も残ってないの。ごめんなさいね」
「天地創造」
「き、きさ――」
オリディア様が一方的に魔力を私に送り付けた後、魔法を使う。するとアービシアのいた場所を中心に球体ができる。アービシアの姿はもう見えない。
「行ってくるわ。少しは弱らせてあげるからね」
「死ぬつもりなの?」
「行かせてやれ。シアンはどの道……」
「ふふっ。まだ私をシアンとして認めてくれるのね」
オリディア様は優しく私を抱きしめた後、慈愛の籠った目で私を見つめてくる。神だけあって綺麗な人だからちょっとドキドキする。……浮気じゃないよ?
「ま、地球の神の言う通りよ。どうせ死ぬならサクラちゃんの役に立ちたいわ。我儘言ってごめんなさいね」
「うん」
何か言いたいけど何も言葉が出てこない。こういう時は何を言えばいい?
「笑って送り出してちょうだい。それだけで百人力なんだから!」
「うん。頑張っ……無茶しないでね」
「ええ。あいつの養分になるつもりもないから安心して任せなさい」
無理に笑顔を作ってオリディア様を見送る。上手く笑えてるかな?
「じゃあ行ってくるわ」
オリディア様は見惚れるような笑顔で手を振ってから作った世界へと入っていった。
「女は強いな」
私の頭を乱暴に撫でながら龍馬が呟く。
「そうだね」
こうしてこの世界の管理をしていた神は姿を消した。
次話は明日の17時投稿予定です
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