195話 俺と私
逃げ場のない空間にて前世の自分と向き合うのは私ことサクラ・トレイルである。日本人だし魔法を使えないはずだよね? でも頭の中で警報が鳴っている。気を抜くと最悪な目にあわされそうだ。
「さて、俺からいくぞ?」
「うん」
龍馬が瞬間移動をして私の背後に回る。魔力感知で移動先を察知した私はその場に向けて数本の槍状の氷を放つ。
「円舞曲」
「げっ!」
龍馬は踊るように槍を捌きつつ近づいてくる。前世で踊りをやっていた覚えないんですけど!?
「サンダーマイン!」
周囲に炎と雷魔法のトラップを仕掛けて即興の地雷を作る。踏んだらスタンするおまけつきだ。
「行進曲」
「炎熱地獄」
「狂詩曲」
「身体強化」
まっすぐ進むだけで全ての地雷を掻い潜った龍馬に対して大きな炎の壁を放つとバーサク状態になって力尽くで突破してきた。こちらも筋力アップをして龍馬の狂詩曲に対抗する。
純然たる力と力の殴り合いが続く。
「さすが俺だな。初めて聞いた魔法だろうに対応できるのか」
「名前の雰囲気でなんとなくね! それにしてもずいぶんとカッコつけになってるね。本当に私なのかな?」
ふっ。と笑うと龍馬が距離を取る。
「間違いなく俺は俺だよ。一つの出会いで変わるものもあるのさ」
「ふーん?」
あの時にSDSを進めなければ出会いがあったのかな? でもあの時の選択は間違いじゃなかった。絶対にそう言い切れる。
「奏鳴曲」
龍馬の動きが変則的なものに変わる。タイミングや間が次々と変わってやりにくいな。
「火神」
私の身の回りを炎で覆い、ずらされたタイミングを補完するように炎を動かす。周囲の温度は上がっていき空気が薄くなってくる。
「酸欠狙いか? 俺達にそんなものは無駄だろう」
「あ、やっぱり?」
予想はしていたけど酸素使ってないのか。神にでもなったのかな? それとも試練として現れた存在だから? ちなみに私は風と空の魔法で空気を供給してるから酸欠にはならないよ。
そのまま変則的な動きを続ける龍馬と火神を使って手数を増やした私との応酬が続く。長時間の間打ち合っていた私達だけど少しずつ龍馬の動きが鈍っていき最後には止まる。私は火神の炎を刀状に変えて突き付ける。
「私の勝ちだね」
「ひゅー、ひゅー、なんでだ? 酸素要らずの体なんだが……」
「いくら酸素がいらないとはいえ俺は日本人だからね。頭では分かっていてもしっかりと理解することは難しいんだよ」
「知識があるからこそってやつか」
そう、酸素が必要のないはずの龍馬はやはり酸欠で動きが止まったのだ。身体は問題なくても日本で学んだ知識が常識として根底に根付いている以上、炎に巻かれていれば酸素が無くなっていくと想像してしまう。無意識の中で体が酸欠だと思い込んでしまったのだ。酸素が必要だろうとなかろうと対策をすること。が勝負の分かれ目だったね。
「ちっ、負けだ。次に進むんだな?」
「うん」
「次はサクラとの戦いだな。いじめるなよ」
火神を解いて息を整える。龍馬の姿が消えて目を瞑った私の姿が写し出される。おぉ、私そっくりだ。ん? いじめるなってどういうこと?
「私はあなた? 違う。あなたは偽物。私が本物なの」
「もしかしてサクラ?」
「あなたを倒して本物に戻る」
私の姿をした試練が目を開けると緑色の目が露になる。サクラはサクラでも龍馬の魂が入らなかったSDSに登場するサクラだったのか!
サクラが杖を振りかぶって叩いてくる。けどSDSのステータス通りひ弱なサクラの攻撃では私にはダメージが入らない。
「なんで、あなたは、わたしが、わたしが、サクラなのに」
ぽかぽかと弱弱しい音が鳴り続ける。どうしよう。私には攻撃できないや。
攻撃もできずどうしようか悩んでいるとサクラの持っている杖が折れた。それでもサクラは止まらずに両手で叩いてくる。すると直ぐに着ている服が赤く染まり始める。もしかして!?
「止めなさい!」
サクラの両腕を捕まえる。思った通りサクラの両手は私の防御力に耐え切れずに壊れ始めていた。光魔法で治療すると涙目で睨みつけてくる。精神的にきついんですが……。
「手を離して」
「あ、うん」
サクラに言われるままに手を離す。するとサクラは洞窟の端に移動していじけてしまった。……なんで?
壁の端で呪詛のようにぶつぶつと何かを呟き続けるサクラとその近くで右往左往する私の構図ができあがる。一度近付いたら私が本物なのに誰も気付いてくれないって聞こえてメンタルがごりごりと削られた。本来であればこの世界がゲームじゃなくて現実だと知った時に一番に気にしなければいけない存在だったのがこの子だ。なのに私は今まで気にもしていなかった。私最低だ……。
「なら私と変わって。偽物は偽物らしく引っ込んでいて!!」
「う、あ……いや……」
私が頭を抱えているといつの間にか近くに来ていたサクラが腕を掴んで訴えてくる。どうしよう……。
次話は明日の17時投稿予定です
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