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きっとそれが、あなたの幸せなのでしょう。  作者: 篠宮 楓
時は進む。

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白のひと。 3

 戦の喧騒から少し離れた、湖のほとり。がっしりとした体格の男が、大岩に背をついて胡坐をかいて座っていた。年のころは二十代後半くらいか、短く刈り上げた黒髪に額を彩る細い組み紐が微かに揺れて頬を掠める。目を細めてそれを指先で弾くと、慣れた術の波動を感じて顔を上げた。


「ただいま!」


 ふいに落とされた声に驚くこともなく湖へと視線を向ければ、沸いて出たように水面に浮かぶ男が一人。

 ……瞬間、ばちゃりと足が水に突っ込む。

 ローブを着た男はばちゃばちゃと大きな音をさせながら、うへぇ……とうめき声をあげて湖のほとりから上がった。


「お前の術は便利だけど、必ず水に濡れるってところがアレだよなぁ」

「うるせぇな。召喚地点、湖のど真ん中にしてやればよかったか」


 しっかり水を吸ったローブの裾をぎゅっと絞って軽くはたくと、その男はへらへらと笑いながらフードを後ろ落とした。

 ばらりと広がる白髪に、感情ののらない薄墨色の瞳。うっとおしそうに髪を後ろに払うと、湖岸にいる男の前に立った。

 

 そこにいるのはローブの男一人で、黒髪の男は珍しそうに眼を瞬く。


「お前ひとりか、失敗するとは珍しいな」

 今日の依頼は、ランディアにいるソクラートの王子殿下を取り込むことのはず。連れてこなかったという事は、それだけ精神力の強い人間なのか邪魔が入ったのか。

 どちらにしても失敗は失敗。追っ手もいるかもしれないし、さっさとずらかろう。


「行くぞ」


 そう言って立ち上がると、裾の汚れを払いながら傍らに置いておいた二人分の荷物取り上げた。依頼を失敗したのなら、さっさと逃げるに限る。


 そして術を発動しようと湖に手を伸ばしたその時、がしりと肩を掴まれた。


「雲居?」


 自分の術に追いつかれるとは思えないけれど、早く逃げるに越したことはない。何を止めるんだと視線を強めれば、ローブの男……雲居……は、どこか興奮したように感情の薄いその目を輝かせて叫んだ。


「墨染、見つけたよ!」


 その勢いに、雲居に肩を掴まれ墨染と呼ばれた男が少したじろぐ。

「見つけた?」


「そう、いたんだよ! 見つけたんだよ! 藍のおっさんのお姫様!」

「え、は?」


 思わず、そのままの体勢でぱかりと口を開ける。同じように見開いた目に、雲居の嬉しそうな表情が飛び込んできた。



「ナギちゃん、ナギちゃんだったよな? おっさんが言ってた女の子、見つけたよ!」


「マジか!?」



 中腰だった体を起こして雲居の両肩を掴んだ墨染は、彼の表情を見て自身の口元を綻ばせた。





 

 




 

 

 北方国境で起きた小競り合いは、先細るようなうやむやな形で終息を迎えた。


 まず東端から敵兵が消え、意味をなさなくなったクレイグル皇国の兵士達が自国へと戻っていった。

 辺境伯から東端を任されていたダラン子爵は意気揚々と中央に引き揚げてきたが、間も無くしてその姿を消した。

 次に彼が見つかったのは、国境付近の山中。クレイグル皇国へと向かっていた隊商が、崖下に横たわるダラン子爵の遺体を見つけ衛兵に通報した。

 


「子爵には、この度の首謀者を捕まえるよう辺境伯である父から密命がくだされておりました」



 王宮の謁見の間。

 玉座につく国王、そしてその後ろに控える宰相とサハラン第一近衛隊長。広間の左右両側には、謁見を許されている貴族たちがずらりと並ぶ。

 その最前に、白軍師と少し下がって黒軍師。また今回王国軍として従軍した9軍の隊長と副隊長が並び、国王へと報告を上げるリアトが一人腰を落とし片膝づきで見世物の如く視線を浴びていた。



 当主である辺境伯は戦の後始末の為領地から動くことができず、嫡子であるリアトは父親の名代として王国軍と共に王都へと来ていた。



「密命、と?」


 どこか楽し気な色を含む国王の声に、微かに瞼が動く。それに気付いた9軍隊長は、仕方ないですねぇと内心独り言ちながら、ちらりとサハラン第一近衛隊長へと視線を向ける。


「……陛下、その密命を下しているのを私も確認しております」

 サラハンの言葉に、ほぉ? と勿体ぶった様に相槌をうつ。

「手を打っていたとはいえ、首謀者を捕らえることができなかったのは事実。有耶無耶な形で幕引きとなってしまったこと、心よりお詫び申し上げます」

 直ぐに続けたリアトの固い声に、国王は鷹揚に頷いた。

「まぁ仕方あるまい、皇国のちょっかいもあったようだしな。当主に伝えるがよい、「気にすることはない、今後とも北方の守りを頼む」とな」

「寛大なるお言葉、心よりお礼申し上げます」


「陛下!」


 黙って聞いていた一人の男が、大きな声を上げて許可を求める。国王は微かに眉を上げて、視線を流した。

「なんだ」


 その男は、白軍師。

 少し芝居がかかった声音で許可への謝辞を述べると、リアトの傍へ近づいて国王を見上げた。


「まさかそれだけでこの度の事を済ますわけではありますまい。国境を脅かす賊を鎮圧することもできず、首謀者を捕らえることもできなかった。その事実についてなんの沙汰もないとは……、それは他の辺境伯へも示しがつかないと存じます」


 国境を守る為にこの場に来ていない東西南の辺境伯の代理とでもいうように声を上げた白軍師に、国王は先ほどまでの表情を一転しつまらなそうに目を細めた。


「だと」


 たった一言、そうリアトへ向けて放つ。リアトは少しの動揺もなく、片膝をついて右手を胸に当てた。


「当然のお言葉と存じます。父である当主より書状を預かってまいりました。北方辺境伯当代当主はただ今をもって退き、私が跡を継ぎたくご裁可を頂ければ嬉しく存じます」


 リアトからすでに受け取っていた書状を持った文官が、国王のもとへとそれを差し出す。国王は指先でそれを開けると、ざっと目を通して文官の持つ台へと戻した。



「辺境伯の代替わりを許可しよう。リアト、よく励め」

「はっ、ありがたき幸せ。ランディアに、変わらぬ忠誠を捧げます」


 膝立ちのまま頭を下げたリアトに、国王は頷いて広間へと視線を巡らせた。


「これをもって、此度の後始末をすべて終えたこととする。今後文句がある奴は、俺に直接言いに来い。以上だ」



 そこまで言って玉座から立ち上がると、宰相とサハランを従えてさっさと謁見の間から出て行った。

 ざわざわとした広間から、貴族たちがその階級ごとに扉から帰っていく。何かしら面白い見世物が繰り広げられると期待していただろう腹黒どもは、思ったよりも穏便に事が済んでしまい肩透かしのような気持ちのまま興をそがれたとでもいうように広間からすぐに出て行った。

 その喧騒を耳に留めつつ、白軍師はリアトにしか聞こえないほどの小声で罵倒する言葉を吐くと舌打ちと共にその場を後にした。


 暫くするともう片付けをする女官や従僕たちのみとなり、静けさが戻ってきた。



「リアト、お疲れさまでした。さて、お茶でも飲みに行きましょうか」


 まだ膝立ちのまま頭を下げているリアトの肩を、隊長が軽く叩いて立ち上がらせる。げっそりとしたその表情を隠すこともせずに、リアトは小さく頷いた。


「はは……、まだ震えてますよ」


 両足の感覚を確かめるように何度か踏みしめると、情けない顔を隠す事なくへらりと笑った。

遅くなりましてすみません。

本年もどうぞよろしくお願いしますm-ーm


篠宮

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