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きっとそれが、あなたの幸せなのでしょう。  作者: 篠宮 楓
時は進む。

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凪 3

 それからもう一度の休憩を挟んで、凪を連れた一群は寂れた教会へとたどり着いた。


 傭兵崩れたちを纏めていたこの群れの一番上の男が、教会へと入っていく。その男とあとはいても一人二人だけが正規の兵、もしくはそれに準ずる立場の者なんだろう。

 他の男たちは各々馬を傍の木に繋ぎながら、馬上で凝り固まった筋肉を解すように腕をまわしたり腰を伸ばしたりしている。

 どう考えても雰囲気が軽すぎる。正規兵ならば、戦の最中だというのに、緊張感をここまで霧散させることはないだろう。





 凪はネイに支えられながら馬から降りると、身体を伸ばしながら軽く両足を踏みしめた。

 痛いところはない、他人の操る馬に乗せられて多少いつもより疲れはあるがそれだけだ。楽をしてネイにい寄り掛かってきたのが功を奏したのかもしれない。


「んー、ここでお別れかな」


 これあげる、そう続けるとネイは麻の小袋と共に何か冷たいものを凪のズボンのポケットに滑り込ませた。


「さっきのお菓子、お裾分け」


 と、その他。きっとその他の方が重要なんだろうけれど。


 凪はネイの方を見ずに、口端を上げた。その視線は、教会からでてくる男たちの姿を追ってどこか苦笑するように息を吐きだす。



「ここまでどーも」



 ネイは微かに眉を上げて凪を見ると、くすりと笑った。

「いい経験に、なったのかな? それを生かせるように無事に戻っておいで」

「……あぁ。じゃあな」

 囁く様に告げたネイに頷いて、凪はそう応えた。

 悔しいけれどネイのお陰で、緊張はあっても力むことなく対峙できる。でも、ここからは凪の独壇場だ。




「やっと来たな、子猿」




 教会から出てきた見覚えのあるおっさんが、嫌味な笑顔で凪を迎えた。

 凪は口端を上げて馬鹿にしたような視線を、おっさんに投げる。不敬だろうが何だろうが関係ない。こんなことされて大人しくしてるつもりも毛頭ない。



「わざわざご招待、ありがとーゴザイマス?」


 名前も覚えてない、近衛のおっさん?










 その頃、隊長率いる一隊は凪達の乗る馬の蹄の跡を松明の灯りで確認しながらそのあとを追っていた。先行していたゼルとフィアが残していった目印も頼りに、正確に凪の行った道を辿る。


 それはもう、無言で。

 音というものは、馬の駆け音と息遣いくらい。


 それは隊長とイルクの醸し出す雰囲気の所為以外、何者でもない。



「……」


 林といえる程の木の乱立した中の道を出来うる限り早く移動しているという事もあるが、イルクの怒りが威圧なのか殺気なのかはたまたそのどちらもなのかよくわからないがずっと垂れ流しているから緊張感が半端ない。

 隊長と一緒についてきた九軍の隊員も、普段のイルクと凪を知っているから作戦を聞かされた時にこの状態になることは想像がついていた。

 ついてはいたのだけれど。



 先駆けて凪達のもとへと向かった隊長がイルクを連れて合流した時、それはもう険悪というか殺気をぶつけあってるというか、要するに近づきたくない状態だった。


 しかも。



「気づかなかった、イルクの目が節穴なんですよ」

「……」


 馬上で呟いたであろう隊長の声が、小さく漏れ聞こえてびくりと背筋が震える。


「……なぜ、何も言って下さらなかったのか」

「普通気付くでしょう、あんなに可愛い私の凪なのに」


 ねぇ、皆もそう思うでしょう? 

 まるでそう続くかの如く投げてくる視線から隊員達が目を反らせば、その先にはイルクの殺気がまっていて。

「なぜ教えてくれなかったんだ」


 その言葉に、思わず視線が泳ぐ。

 その状態でも器用に木を避けて進む九軍隊員の技術と胆力の強さを感じるが、イルクから発せられる威圧やら殺気に怯えるその姿は何とも小物感が漂ってしまう。



 隊長は、ふふ……と微かに口端を上げると、言えませんよねぇと笑った。


「イルクがいつになったら凪を女の子だと気付くか、皆で賭けてたんですから」

「たいちょ……っ」

「ちなみに、うちの隊だけじゃなくて他の隊でもね」

「たいちょおぉぉぉっ!」


 慌てて遮ろうとした隊員の声に被せるように、隊長の悪魔の言葉がイルクに向かう。


「ちなみにもう一個、凪がイルクをおっさんじゃないと認識するまでの賭けってのもありますよ」


「おっさ……」

 イルクの小さな呟きに、隊長の笑みが深まった。


「凪と少ししか変わらないのに、おっさん。私と同じくらい、いや私より上と認識してるのかもしれませんねぇ。おっさん、じゃなかったイルク殿下」



 楽しそうな隊長の声と、押し黙るイルク。その後ろから着いていく隊員達。

 今から近衛隊長や子爵の陰謀の証拠を掴むために死地に赴いている途中なはずなのに、彼らにとっては今まさに震え上がるほどの死地真っ只中。

 どう収拾を着ければいいんだろうと脳内をフル回転させていた隊員たちに、暫くしてイルクの声が届いた。

 

「……皆さん」


 その声音は、思っていたよりも柔らかいもので。

 あれ? 結構大丈夫? と思った隊員たちは、その後のイルクの言葉に震えあがった。





「そうですね。私は同僚の性別に気付かないほどの未熟者ですから、王都に戻りましたらどうぞお手合わせをお願いいたします」


「……!!!」




 木の上を移動しながらその様子を見ていたアウルは、直接関係ないのにその場から逃げ出したくて仕方がなかったと合流したフィア達に告げたという。

遅くなりまして申し訳ございません。

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