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きっとそれが、あなたの幸せなのでしょう。  作者: 篠宮 楓
時は進む。

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28/45

イルクという男。6

「これは驚いた」


 思わず呟いたのは、凪との手合わせが終わった後の事。

 最初は様子を見ながら剣を交えていたが、凪にとっても自分にとっても初めての剣技、初めての得物。思わず熱中してしまい、気がついたらだいぶ時間が経っていた。

「驚いたじゃねぇ、やりすぎだろ。明後日から遠征ってわかってんのかよ、体力馬鹿」

 実際少し前に「もう終わりに」と言いかけた凪の言葉を遮って、続行させたのは自分。戦を前に体力を温存させておくべきだったと気づいたのは、もう終わろうとする直前。握力が弱ってきたか疲れたからなのか、凪の手から抜けそうになった剣が腕貫緒のお陰で落とさずに済んだのを見かけた時。

 案の定、凪は地べたに座り込んで荒い息をついている。


「いや、その……悪い。つい、楽しくて」

「……」

 少し息は上がっているもののそこまでの疲れを見せていないイルクに、凪ははぁ……とため息をついた。

「体力の差を考えろ。ったく」

 と、悪態をつきつつも手に持った剣を鞘にしまった。

「まぁ、俺も楽しかったからいいけどさ」

「だよな! いやホント驚いた! お前ナイフだけしかできないのかと思ってたけど、意外に強かった!」


 イルクは時間が許すならまだ手合わせをしていたいと思ったが、さすがにそれは無理かと思い直す。凪は疲れたようにイルクを見上げて、思わずといった風に吹き出した。

「お前、子供かよ。めちゃくちゃ楽しそうだな」

「いやだって、お前と剣で手合わせするの面白いよ」

 まだうずうずとする気持ちを発散させるように、剣を振る。あの細身の剣で俺の大剣の相手ができるとは思ってなかった。大剣を相手にした凪の戦い方は、一種近衛式の剣技にも通じるものがある。


 凪は苦笑いを零すと落ち着いてきた息を深く吐き出して、立ち上がった。

「流石にもう無理だからな? 準備もしないとだし」

「もちろん! ただ、帰ってきたらまた手合わせしてくれよ」

「……どんだけだよ」

「な! いいよな?」

 思わず勢い込んで了承を取り付けようとするイルクに、ぱちぱちと瞬きを繰り返して笑った。

「子供みてぇ、そうやってるとおっさんの癖に若く見えるなぁ」

「いや、俺、実際まだ若いから! 若造だから! だから、な?」

 凪が「はいはい」と雑に頷くと、イルクは嬉しそうに大剣を鞘にしまった。







 翌々日、予定通り王都を発った第九軍と医療班は、一週間ほどかけて北方の国境地帯へ到着した。

 国境を領土の一部とする北方の辺境伯を中心に国境軍と近隣の軍が応戦をしていたが、どうやら状況は芳しいものではないらしい。到着早々北方国境軍を纏めている辺境伯令息であるリアトに呼ばれ、隊長と副隊長であるレイノール、そしてイルクとそれぞれの従兵である凪とトンノが赴いた。

「二人はここで待っていなさい」

 部屋に入る直前で言われた隊長の言葉に短く返答をしてドア横に立とうとしたところ、部屋の中から声がかかった。

「いや廊下は寒いですし我が隊の護衛も待機してますから、そのままおはいりなさい」

思わず頭を伏せたまま、トンノと目を見合わせる。確かに王都の近衛たちよりはマシだけれど、こちらの軍とて庶民中心と言えどトップや幹部は貴族。いいと言われても、簡単に入室できない。

 少し迷ったように視線を隊長に向けると、思案顔だった彼はそのまま二人を呼んだ。

「せっかくの言葉ですからね、入らせてもらいなさい。ただし、ドアの前で警護の真似事くらいはするんですよ」

「リアト隊長、お気遣いありがたくお受けいたします。失礼いたします」

 そういって頭を下げる凪に続く様に、トンノが頭を下げる。


 先に室内にはいっていたイルクは、凪のその様子に表情に出さないまでも内心感心していた。


 ……国王の前での態度が嘘のような、しっかりした行動、言上。

 もともとできたけれどあの時はレイノールの事でテンパってできなかったのか、それともあの件以降反省と共に習得したのか。どちらかは分からないけれど、それでも十六歳の従兵の態度としては立派なものだった。


「イルク殿下に置かれましては、このような他国とのいざこざに巻き込むことになってしまい大変申し訳ございません」

 全員が入室し扉が閉まってから、リアトはイルクへと頭を下げた。

 本来ならば、他国からの客人……という名の人質……がこんな辺境まで従軍しなくてもいいはずなのだ。自身で平民中心の軍に所属したからと言って、従軍せず王都に残ることもできたはずでありそれを軍師や宰相、国王が命令するべきなのだ。

「いえ、自らが決めた所属なのです。その隊に下された命令に従うのは、軍人として当然の事です。かえってご迷惑をおかけし申し訳ございません」

「しかし、一国の王子殿下にこのような所まで……中枢は何を考えているのか」

 謝罪の言葉を続けようとしたリアトを、イルクは遮った。

「リアト隊長から謝罪を受ける謂われはございません、どうぞ一兵卒として存分にお使いください」


 そう言って頭を下げる。リアトは驚いたように目を瞠り、助けを求めるように隊長を見る。その視線を受けて、隊長は笑った。

「イルクがこう言ってるんですから、存分に働いてもらいましょ。もう少し力を抜いたほうがいいですよ、リアト」

 その言葉に困ったように笑みを零すと、リアトは肩を竦めた。

「隊長は本当に変わらない。まったく、その態度は国王だろうが王子殿下だろうか謙虚になることはないのですね」

「裏表がないですからね!」

「腹は黒いですけれど」

 胸を反らした隊長に視線を向けることなく、レイノールが一言ぶった切る。イルクは三人の気安い雰囲気に、たぶん凪やトンノも疑問に思っているだろうことを口にした。


「皆さんはお知り合いなのでしょうか」


 片や王都所属の軍、片や北方国境軍を指揮する辺境伯令息。レイノールは貴族だとはいえ子爵であり、隊長にいたっては平民。

 同じ軍人として顔を合わせることがあっても、必要最低限の会話しか交わさない身分差。いや、隊長は別としても。

 あぁと笑って口を開いたのは、リアト隊長。

「私が王都にいた頃、突っかかりに行きましてね」

 隊長が笑いながら、リアトの肩をたたく。

「あはは、可愛かったよねぇ」

 レイノールが肩を竦めて息をついた。

「出会い頭に抜身の剣でしたからね」

 イルクとトンノは、思わず固まった。凪はさもありなんという風体で、無表情を決め込んでいる。

 リアトから絡んでこようが何をしようが、隊長は平民。やり返したら不敬になる。まぁ国王の前でも変わらない態度なのだから、辺境伯に諂うとは思えないけれど。

 イルクが何とも言えない表情をしているのに気がついて、隊長はにやりと笑った。

「やり返さなければいいんですよ、剣を手にしなければそもそも当たらないですからね」

「当たらない……?」

 いやそれはそうだろうけれど、抜身の剣で切りかかられてやり返さないとは……? 剣を受けるなりなんなりするのに、自身も剣を持つ必要があるだろう……?


 リアトが恥ずかしそうに笑う。

「いやぁ、あれは驚きましたよ。こっちは真剣で切りかかってるのに、剣も何も使わずにすべて躱されてしまうんですから。もう敵わないと」

 ……隊長何者。

「なんたって私は隊長ですからね! そのくらいできないとダメですから!」

「いえ、そんなの他の隊長のスキルにありません。人外です人外」

「レイノール、あなたホントに口悪くなりましたねぇ。どう思いますリアト」

「人外です」

「味方がいない!」


 思わずここ戦場だよな……と、イルクが遠い目をしたのは言うまでもない。

これにて、頑張る月間を終了いたします。

来月より、月一更新を目指す不定期更新に戻らせていただきます。

いつもありがとうございます、よろしくお願いいたします。


篠宮

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