俺らは揃ってないと意味がない6
「今回の件、きっかけは一ヶ月前の誘拐事件だよね。梅川が琉愛とマネさんを誘拐し、交換条件に青島理事長の暗殺を依頼しようとした。
けどドール達はそれに従わず、逆恨みした梅川は単独で乗り込み、協力者に俺たちドールの名前を挙げた。その結果、理事長サイドが報復として曽良を殺し、佳樹は意識不明。俺たちは恨みから青嶋理事長を殺害を企てた……えらい遠回りしてるけど、当初の梅川の思惑通り、俺たちは青嶋理事長を殺すルートになったわけだ。
梅川が得したように聞こえるが、青嶋理事長に捕えられた梅川は拷問の上もうこの世にはいない……っていうのは合ってます?」
哀の視線に頷くチカゲ。
「つまり、梅川は得をしていない。となると、この計画で得をしたのは誰か。ここで忘れちゃいけないのが、琉愛がずっと主張していた、もう一人の誘拐犯だ」
そこで哀の隣に琉愛が立ち車体に寄りかかるように足を組む。腹部と右手の赤いシミは血糊だったらしい。
「もう一人の誘拐犯が誰かって話をした時、家に残ってた足跡が決め手になって、マコトさんが候補に上がった。でもマコトさんはプロ中のプロだから、そんなことはあり得ないんだよね。足跡が残っていることが、逆にマコトさんの白を証明しちゃうの。
だからマコトさんは違う。じゃあ、俺が一人になるタイミングを分かっていて、一番非力だということを知っている人物……マネさんしかいないんだよ。犯人が被害者を装って容疑者から外れる。アリバイ工作の常套手段だね」
哀と琉愛が揃ってマネに失望の視線を投げかける。
哀しくもそこに迷いはなく、マネは抵抗したくて必死に考えを巡らせた。心情を汲み取るように、のらりくらりと体をくねらせてチカゲはマネの表情を伺いみる。
「君と梅川はドールを脅して暗殺の片棒を担がせようとしたが、コイツらが予想以上に反抗的で作戦は失敗した。だから今度はコイツらが直接青嶋理事長を憎むように仕向けるため、梅川を青嶋理事長の元へ送り込み、青嶋理事長がドール達を攻撃するように仕向けた。
そうして君は、ドールのガキんちょの一番近くにいながら、何も手を汚さず、上手くコイツらを操って青嶋殺害を実行できたってこと。まあ、曽良ってガキンチョがマコっちゃんに報告しにきた時、後付けてきたのは焦ったね」
「……どうして、僕が青嶋理事長を殺す必要があるんです?」
「君が組織の反乱分子だからだよ。一年半前に任務投げ出して姿を消した工作員の『ピノ』」
身体中を糸で絡め取られる感覚がした。
この情報屋は全てを知っている――その名前を聞いた途端、マネは本能的に動いてしまっていた。
全てを知られてしまった以上、最終手段に出るしかない。
判断するより先に、擦り込まれた本能以上の何かが、マネの体を動かす。
マネはポケットから、トランクから持ってきた手榴弾を取り出しドール達とチカゲが集まるタクシーの向こうに放り投げた。
「伏せろ!」
チカゲやドール達は、その物体を認識するなり咄嗟に距離を取る動作に移った。
その隙をみてその場から逃げる。
背後で爆発音が響き渡り、反動で前方に十メートルほど飛ばされた。受け身をとって転がり、耳が一時的におかしくなりながらも立ち上がり地上への非常階段へ向かう。閉じたシャッターは先ほどの爆発の影響か、端が歪んで穴が空いていた。そこから身を屈めて外に出る。
後ろは確認しなかった。思ったよりも手榴弾の威力は強かった。あの至近距離での爆発に巻き込まれて、ドール達が無事でいるとは思えない。
運が良ければ生きているだろう。でも死んでくれていた方が、自分としてはありがたい。
——これがマネ、いやピノの本性だ。捨てたはずの、組織の工作員としての冷徹な姿。
それからマネは元いた車へ向かった。
そしてドール達を乗せてきたワンボックスカーではなく、その隣に停めてあるバンの後部座席の扉を荒々しく開けた。
それから運転席の方をキッと睨んだ。
「まだ上官は僕に期待しているんですか。せっかく逃げ出したっていうのに。無理なものは無理ですよ」
マネは慣れた手つきで乗り込み、深く腰掛け息を吐いた。
「急に人を寄越したと思ったら誘拐ごっこさせられて。挙げ句の果てには本人の顔すら拝めませんでしたよ」
一ヶ月前、自宅に梅川が突然やってきた。
上官が寄越した部隊の人間だと言うことはすぐに分かった。姿を消していたはずのマネは梅川の脅しのような指示に従うしかなかった。
しかし結果は――青嶋をまた取り逃した。
この任務で失敗するのは何度目だ。
今回の敗因は、やはりあの『タダでは言うことを聞かない』ドールを使ったことだろうか。
上官はドール達を見込んだらしく、拳銃やら手榴弾を借す条件として、『ドールを売り渡せ』と言ったそうだが――誘拐の偽装工作から作戦の運びまで全てを言い当てられ、思わず動揺してしまった。
殺すつもりはなかったのに――とはいえ、身柄を渡したら最後、ドール達は海外の犯罪組織に売り飛ばされるのがオチだろうから、先程の爆発は彼らの寿命が少し早まっただけのことである。
――と、言い切れてしまえば気持ちは楽なのだが。それが出来ないほどに、マネはドールに情が移ってしまっていた。自分から無碍に裏切ったというのに。
マネがいる組織は闇深い。青嶋をボスとする裏組織で、全体像は構成員でも把握しきれていない。知っているのは、組織内に過激な権力争いがあり、所属していた部隊が青嶋の反対派閥だったということだけ。
一年前、表向きの任務がひと段落し、消息を絶って部隊を抜けたつもりだったのだが、簡単に居場所を掴まれ、未達成だった裏任務、青嶋の暗殺に続投させられた。
姿を消していた二年間で築き上げたドール達との信頼関係も、マネという人格も全て作戦に利用され、自分は再び全てを失った。
「人手不足だからってポンコツを使い回しすぎです。余計な死人まで出ちゃいましたよ……」
あの四人を殺さなければ、上官に身柄を渡す前にどうにかしてドール達を逃す手段があったかもしれない。四人だけでなく、曽良も佳樹も――
「だァれが死んだって?」
気怠そうな声が助手席から聞こえ、背筋が凍った。
咄嗟にドアを開けるがロックが掛かっており開けられず、運転席から銃口を向けられ右手に何かを打ち込まれる。右手が麻痺し始めると同時に運転席から聞こえた声は、二時間前にその遺体の前で手を合わせた人物だった。
「ダメだよ~マネさん。手挙げて?ていうかさ~、さっきの爆発音なに?俺らの大事な仲間に何してくれちゃったわけ?」
「そーだよなァ?もっと言ってやれよ曽良」
「ヨ、佳樹さん、曽良さんまで……どうして……」
危機を察知して心拍数が上がるのと同時に、聞きたかった声に何か思いが込み上げてくる。
「手上げろって聞こえなかったか」
その渋い声と同時に後頭部に硬いものが押し当てられ、喉まで競り上がった感情が萎んでいった。それが銃口だというのは経験則で直感した。
「……マコトさん」
「チカゲさんがいてマコトさんが居ないわけないでしょう?」
「おいコラ。俺とあの放蕩野郎をセットにすんじゃねぇ」
ケラケラと座席で笑い転げる二人は、紛れもなく生きている。つまり十日前に霊安室で拝んだあの姿も、ここ十日間毎日病室で眺めていた姿も、それどころか地下のボイラー室での乱闘騒ぎすら、全て嘘――よく考えればそうだ。琉愛誘拐の時点で自分が裏切り者だと見抜いていたなら、ドール達が命を落とす必要なんてない。
「じゃ、じゃあさっきの駐車場の爆発は……」
「あれはね〜、タクシーに特殊な装置を付けといたんだよね。スイッチを押せば爆風と砂煙が舞うようになってたの」
「マネさんが持ってた手榴弾は、ぜんっぶ俺らが芯管抜いたんだよ。爆発なんかしねェし、アイツら今ごろ腹抱えて笑ってるよ」
ピノが投げた手榴弾は、思ったよりも威力が強かった。あれは手榴弾ではなく、見せかけの工作だったのだ。そしておそらく、非常口のシャッターの穴も意図的に作られたもの。全てはピノを油断させ、この車に乗せるため。
でも、そこまで手の込んだ工作をするなんて――さすがに体の力が抜けるのを感じた。
「全て見通した上で僕を泳がせていたんですか……どうしてそこまで……」
「コイツらが指示を聞かねぇからだ。青嶋理事長には秘密にしろだの、現行犯になるまで動くなだの、デカい口叩きやがって。そのせいで本当に命狙われてんだから救いようもねぇ」
「だってその方が演出的にいいでしょう~?あとはまあ……ワンチャン、改心してくれねーかなーって、ね?」
「それに関しては俺は何も言ってねェよ。主にお前とディランと叶楽だろ。俺らのプレゼントで心入れ替えてくれないカナっとか言ってたの」
ピノは思わず天を仰いだ。半年前にもらったあのグラスの意味。描かれたゼラニウムの花言葉は『信頼』だった。仲間に入れてくれたと思い込んでいた自分が恥ずかしい。
「その様子だと知らなかったみたいだね。白いゼラニウムには『偽り』っていう意味もあるんだよ」
曽良が眉を下げて呟いた。ピノは思い返す。確かあの時はまだ上官に居場所を掴まれておらず、今回の作戦も動く前だった。右手に撃ち込まれた薬剤が効いてきたのか、全身に力が入らないし頭が朦朧としてきた。
「ということは、あのグラスをいただいた時……例の誘拐騒ぎの前から、僕が裏切り者だと気付いていたと……?」
「そうそ。何ならもっと前。一年半前にディランと叶楽がマネさんを拾ってきた時から、全部始まってたんだよなァ」
季節外れの猛暑日に倒れかけたあの時。陽炎の中から現れた二人の悪魔のようなやんちゃな二人組。全て仕組まれた出会いだったというのか――
「コイツらは組織を抜け出したアンタの監視役。俺の指示でドールなんつう洒落た肩書き作ってアンタを……ピノを見張らせてたってわけだ。おい曽良、そろそろ車出せ」
ほーい、と間延びした声が遠くで響いて車が揺れ出した。遠のく意識の中で、ドール達との思い出が、走馬灯のように駆け巡っていた。




