俺らは揃ってないと意味がない4
「お目当てさん、来ると思う?」
隣を歩く琉愛に、哀は尋ねてみた。琉愛はあっけらかんと答えた。
「来てくれなきゃ困るよね」
哀の心配を悟ったのか、ふふっとイタズラっぽい笑みを浮かべて笑う。
「大丈夫っしょ。計画通りに動けば問題ないって」
その表情越しに、一台のタクシーが近付くのが見えた。
琉愛、と小さく合図する。平然を装いながら、そのタクシーが通り過ぎる瞬間に後部座席に座った人物を凝視する。
壮年の白髪姿―—青嶋だ。
来た、と呟きが漏れる。タクシーが角を曲がったのを見届けて、二人は一斉に走り出す。料亭は角を曲がったすぐそこだ。
「もう一人いたね。誰だろう」
「秘書とか護衛とか……まあ、関係者なのは間違いないね」
角を曲がると、タクシーのテールランプが駐車場の入り口に消えて行くところだった。その後ろを追いかけながら、哀はマネにメッセージを送る。
駐車場の入り口に立つと、暗闇の中にディランと叶楽が潜んでいることに気付いた。通信状況を見て、入り口が見える位置に移動したのだろう。
四人は目が合い、哀と琉愛が頷く。
青嶋を乗せたタクシーは店内出入り口付近で停車中だ。そこ目掛けて、ディランと曽良が走り出す。哀と琉愛もそれを追いかけるよう、地下に足を踏み入れた——その瞬間。
赤い警告灯が辺りを照らし、けたたましい警告音と騒音が響き渡った。
哀は足を止めて振り返る。
二人がくぐった出入り口、そして店内出入り口の天井からシャッターが降りてきていた。
そこが封鎖されては車も人もは出入りできない。つまりは密室だ。
ヒリヒリと緊張感が迫り上がり、引き攣った笑いが溢れた。
「……計画通り、ね」
***
『青嶋来たよ』
哀からそのメッセージを受け、車を出す準備をしていたところだった。
今度は哀から通話が来て、嫌な予感がした。
『車はダメだ!閉じ……た!』
「どうしたんです?何があったんですか!」
通話からは、哀の声を掻き消すような騒音が響いている。
「何の音です?」
『ッター、シャッターが!』
駐車場といえば夜間の防犯目的でシャッターが備え付けられているのものがほとんどだ。それがこのタイミングで降りてきたということは。
「青嶋に計画がバレている……!」
ドール達が集まったところを見計らって、何かしらの方法で料亭の警備を乗っ取り地下駐車場に閉じ込めたのだ。曽良と佳樹だけでは足りないというのか。
『……っくけど、計画は止めないよ。絶対に』
マネの考えを先読みするように哀は断言した。マネはボイラー室での記憶と戦うように、スマホを強く握りしめる。
しかし通話の背後で、パァン!と破裂音が響き、誰かの悲鳴が聞こえた——琉愛さん?
被せるようにディランの悲痛な叫びが続いた。
『琉愛ァー!』
『マネさ……て、早く!』
それを最後に通話は切れた。
『逃げて』と言ったのか『来て』と言ったのかは判断つかない。しかし、途切れ途切れの声は低く激怒していることは明らかだった。
哀は『計画は止めない』と断言した。それならば、あの四人の誰かは青嶋を撃つだろう。願った本望だ。
ただ、脳裏にチラつくのは、地下のボイラー室で曽良が転落した直後のこと。
佳樹はその場の誰かを恨む訳でもなく、ただ曽良が消えた場所へと手を伸ばしていた。
曽良を殺した相手を恨んで仕返しするのには、興味はないと言わんばかりに。
もしもそれがドールの本質だとしたら?
『ドールは殺しの依頼を受けない』ではなく、『ドールは誰も恨まない』だとしたら?
彼らは尊いほどに優しい。表立っては見えないが、一年半も一緒にいたマネには分かった。
あと数分もすれば、あの中の誰かが人殺しになるだろう。
『誰も上手くいくなんて思ってないだろうね』と話していた哀。
彼らはきっと人を殺せない。ナイフを銃に持ち替えたって変わらない。心の底から憎んでいても、どこかでブレーキがかかる。例え目の前で仲間が死んだとしても。
でもそれじゃあ、彼らの無念は晴らせない。
マネの中の良心が疼く。
彼らに人殺しはさせられない。そもそもこうなったのは自分が原因なのだから。
ならば自分が動くしかいないじゃないか――通話の切れたスマホを握りしめ、マネは車を降りて駆け出した。




