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147.犠牲の意味

147話目です。

よろしくお願いします。

「どうして我々が攻撃されているのだ!」

 左右後方から矢の雨が降り注ぐ中、大盾で守られながらヴェットリヒが叫ぶ。

 自分たちが敵を追いかけていたはずが、いつの間に追い立てられる立場に変わったことに遅れて気づいた彼は、理由を周囲の護衛たちに求めた。

 しかし、誰にも明確な答えは出せない。


 というより、ヴェットリヒの耳に入りやすい言葉は出せなかった。

「敵の罠かと思われます……!」

 護衛の一人が絞り出したような声で言うのを、ヴェットリヒは厳しい視線で受け止めた。

「罠だと!?」

 馬を走らせながら、ヴェットリヒは顔の横を矢がかすめたことに気づいて蒼白となる。


「貴様! 盾をしっかり支えんか!」

 と、叱責と共に隣をみたが、先ほどまで並走していた護衛の姿が無い。

「彼は死にました!」

 一人の騎士が空いた場所へと馬を寄せ、片腕に固定した盾を掲げてヴェットリヒをかばう。

 死んだかどうかは確認したわけではないが、集団で走っている途中に矢を受けて落馬したのだ。後続に踏まれて死んだのはまず間違いないだろう。


「ちっ! 脱出するぞ!」

「逃げ場所がありません! 後方は半分包囲された状態で、次々後方から削られております!」

 ヴェットリヒら指揮部隊は全体の後方にいる。削り取られて本格的に攻撃にさらされるのは時間の問題だ。


「……前に走れ! とにかく前方の敵指揮官を殺せ!」

 それで追撃も止まるはずだ、とヴェットリヒは言う。

 しかし、周囲の騎士たちは疑問を感じざるを得なかった。指揮官を殺せたとして、それを後方の敵に知らせるにはどうするのだろうか。

 もっと深刻な予想として、正面を走る敵大将が単なる釣り餌であり、偽物である可能性も高い。始めから罠であるとしたなら、本物を置く必要は無いのだ。


 疑問は絶えないが、指揮官の命令に従うほかない。

 騎士たちにとっても、他に脱出路が見いだせないのだ。

「側面に……」

 と言って隊列からやや外れて脱出方向を模索した騎士は、あっという間に矢でハリネズミのようにされて落馬した。


 ここで「なぜ隊列から離れた者が集中的に狙われるのか」と冷静に観察している者がいれば、多少は違っていたかもしれない。

 だが、兵士たちは後方から指揮官に追い立てられて前へ進むしかなく、後ろに巨人と矢の雨を背負った後方部隊は前の兵士たちが邪魔に思えるほどに焦っていた。

 ヴェットリヒは自分が安全な後方から督戦する立場だと思っていたのが、あっという間に生命の危機にさらされて混乱している。


 こうして帝国軍は数百名を失いながら、最初は自主的に、そして時間を経て強制的にラングミュア王国内を疾走させられる事態へと陥っていった。


●○●


「そろそろだな」

 ミリカンは後方を確認して呟いた。

 人間、逃げるにも追うにも全力で長く走れるものではない。まして帝国のほとんどの兵は徒歩である。ミリカン達は騎馬でまだ然程体力を失っていないが、見れば最前線の兵士たちは完全に疲労しており、足をもつれさせて倒れる者も出ているようだ。


「閣下」

 一人の伝令が馬を寄せて来た。

「わかったか?」

「はい。敵の総大将はどうやら集団のかなり後方にいるようです。先ほどまでは健在でしたが、そろそろ矢が届くかも知れません」


「では、急ぐとしよう」

 ミリカンは総大将を討つことは考えていなかった。多くの護衛に守られた者を討ち取ろうとすれば味方にも多くの犠牲を強いることになる。

 そして、大将が残っており命令を発することができる状態である方が、罠に嵌めるには楽なのだ。大将一人をそそのかせば全体が動く。これが散兵になってしまうと難しい。


「次の手を発動しろ」

「はっ!」

 ミリカンの命令を聞いて、二つの色の狼煙が上がる。数種類の植物を乾燥させたもので、火を点けると赤や黒、白などの煙が上がるので、戦場での命令としては使い勝手が良い。

 無風の戦場で狼煙がゆらゆらと上昇していくと、ラングミュア兵たちの動きが変わった。


 まず発生したのは大爆発だ。

 地響きと共に爆炎を上げているのは、先ほどまでラングミュア兵たちが野営地として天幕を設置していた場所だった。

帝国兵たちの動揺が手に取るようにわかる状況で、ミリカンの隣にいる騎士が大きく頷いた。彼は仲間が持った狼煙に火を点けた火打石を持っていた。


「やはり陛下の魔法で作られたあの粘土はすさまじい威力ですな」

「それゆえ、扱いも気を付けねばならぬ」

「確かに」

 ミリカンの言葉に再び大きく頷き、騎士は手にしていた火打ち石を布で包んで腰の袋へ放り込む。


 帝国兵のうち、野営地に残っていた兵士たちは即死か、ほどなく死ぬほどの怪我を負っているのは間違いないだろう。

 そして、ラングミュア国内に入った部隊の中腹も爆発の影響を受けているのは間違いない。野営地を通り過ぎるようにして帝国軍は隊列を伸ばしており、そこから外れないようにミリカンたちは走っていたのだから。


「これで、敵はさらに分断されました」

「その通り。では、わしらも反転攻勢に出る!」

 爆発を合図にして、進行予定で伏せていたラングミュア王国兵たちがミリカン達の周囲に集まってきた。

 さらに、後方部隊を削り続けていた伏兵たちも、攻撃対象を再分断された帝国軍のうち前方部分へと標的を変えている。


 さらには巨大騎士も塹壕から出てきて包囲部隊と共に前方部隊への攻撃―――と言っても、ほとんど威嚇のようなものだが―――を開始する。

 結果、帝国軍総大将を含む後方部隊に対しての圧力は一気になくなる。

「今なら後方へ行ける! 帝国へ帰れる!」

 ヴェットリヒにも聞こえたその声は、ミリカンが命じて敵軍近くに伏せたラングミュアの斥候が叫んだものだ。


 しかし、誰が言ったかなどは帝国の兵たちには無関係だ。

 自分たちに対する矢の雨は通り過ぎ、前方へと攻撃は集中している。そして、蓋をしていた後方の敵はいなくなった。

「ま、待て! 撤退は許さん!」

 ヴェットリヒは叫び、騎士たちは兵士に逃げるなと命じるが、一度逃走を始めた帝国兵たちの足は止まらない。


 結局、兵士たちが減って周囲が無防備になり始めたことに気づいたヴェットリヒも撤退を余儀なくされた。

 目の前にいる前衛部隊は完全に包囲されて袋叩きにされているのだ。包囲網を外から攻撃しようにも、部下たちは逃げることしか考えていない。

「おのれ……!」


 ラングミュア王国内へ入った帝国軍五千名。

 そのうち、約一千五百が死亡し、残りは帝国領へと逃げ帰った。

 対してラングミュア王国軍は二千名のうち約百名が死亡した。かなりの部分の負傷者がエリザベートの魔法によって回復したが、対応できる人数にも限界があり、即死した者はどうしようもない。


 国境での防衛線はラングミュア王国の大勝であった。

 それでも、決して少なくない人数が死んだ。特に目の前で死にゆく者たちを多く見たエリザベートの心境は、強く動揺している。

「戦争というのは、どうにも好きになれませんわ。彼らは国を守るために死んだ、というのはわかりますけれど……」


 エリザベートの視線が、国境方面へと向けられる。

 王都へと続く道のあちこちに倒れる帝国兵の死体。矢傷を受けたものが多いが、中には味方に踏まれたと思しき凄惨な死体も数多くある。

「彼らは、何のために死ななければならなかったのかしら」

 彼女の護衛はそれに答えることはできず、ただ彼らにはっきりとわかることだけを伝えた。


「王妃殿下。殿下のお力があって多くの者が死のさだめから逃れることができました。これも事実でございますから……」

「ええ、そうね。ありがとう」

 感謝の気持ちは痛いほどわかったが、それでもエリザベートはぎこちなくしか微笑むことができなかった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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