140.主戦場はいずこ
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グリマルディ王国から正式な返答を受け取ったロータルは「わかりました。その様に王にお伝えしましょう」と素直に受け取った。
「私どもの置かれた状況をご理解いただければ良いのですが」
「ええ、我が王は聡明な方です。きっとわかっておられるでしょう。ただ……」
グリマルディの返答は従順拒否であった。そのことでラングミュア王国がどう出るかは不明だったが、帝国に逆らう方が厳しい、とグリマルディ王政府は判断したのだ。
「な、何かご懸念が……?」
ロータルが口ごもると、使者は額の汗を拭って問う。
「いえ。グリマルディ王国も立派な独立国家なのですから、その独立性を何よりも重要視なさるのは当然のことです。しかし、その独立を守るだけの実力があればこそのものですから」
迂遠なようで直接的な言い回しで、ロータルは実力不足によってグリマルディは危機を迎えるだろうと伝えた。
「では、私は結果を上に報告せねばなりません。仕事も残っておりますので、これで失礼いたします。早めにお返事いただけたこと、感謝します」
そう言ってロータルは一礼したが、馬を乗りかえての最速で連絡をしたとはいえ、この港町で十日以上は待たされている。皮肉にも聞こえる言葉だった。
「し、仕事ですか」
「ええ。拒否された場合の動きも指示を受けておりますので」
「ちなみに、何をなされるので?」
「それは、秘密です」
にっこりと笑ったロータルは立ち上がると右手を差し出して使者と握手を交わし、軍で鍛えた腕力をいかんなく発揮して力強く握りしめた。
痛みに顔を歪める使者に、ロータルは低い声で伝える。
「ラングミュア王国は前代までの王が治めていた頃とは違います。貴方方の選択が正解だったか否かは、これから先、あまり遠くない将来にわかるでしょう。では、ご健勝をお祈りしております」
「ちょっ……」
使い走りでしかない使者はロータルを引き留めるための材料など持っておらず、交渉の権限も与えられていない。
アーデルを伴い、会談場所となった宿を早々に引き払ったロータルは、使者を引き離すかのように速足で港へと向かった。
「結局、グリマルディは帝国側についった、ということかしら?」
アーデルが問うと、ロータルは小さくため息を吐いた。
「その通りです」
独立国家としてというのは表向きの理由で、「帝国が怖い」というのが第一だろう、とロータルは考えていた。
「あるいは、帝国とグリマルディが手を組んで何かを考えている可能性はあります」
しかし、その内容を調査するにはまだ時間がかかるだろう。
「グリマルディももう少し利口な判断をするかと思ったんですが……。命令通りに行動します。アーデルさんの出番ですよ」
「承知した」
アーデルの言葉遣いががらりと変わり、低い声で返事をした。
隊員たちが待つ船着き場へとロータルが到着したとき、その傍らにアーデルの姿は無かった。
●○●
「少々物々しすぎはしませんか?」
ヴェルナーの妻であるマーガレットが首をかしげる。
その視線の先には、帝国との国境を睨む格好で布陣するラングミュア王国軍の陣容が広がっていた。
隣に立つ王妃エリザベートも、同じ光景を目にしている。
「防衛の用意ができている、とアピールすることで敵の指揮を削ぐということね。もちろん、帝国の耳目を集める意味もあるわ」
エリザベートの口ぶりは、すっかりラングミュア王国側の人間らしくなっていた。
「なるほど。こちらに意識が向いて、帝国の将兵が防衛のために国境に集まれば、ヴェルナー様も仕事がやりやすくなりますね」
帝国国境側の陣営は最大人数ながら、その役割は示威行動でしかない。
斥候と言いながら百人単位での部隊を国境の巡回に向かわせ、拠点として設営したこの地には数千名の兵がひしめいていた。
騎士たちも綿密な打ち合わせを行いながら、ミリカンの指示に従って部隊を交互に訓練させている。
いくつもある大きな天幕のうち、複数は二人の王妃が使うためのものだ。寝室であったり談話室として使うもの、衣装や道具などを入れておくものもある。
その中でひときわ大きく長いものがあり、そこだけは騎士隊が厳重な警備を行っていた。いざという時に彼女たちが使うための“秘密兵器”があるのだ。
兵器が収められた天幕を見て、エリザベートがほっとしたように息を吐いた。
「“あれ”は今回、出番はないかも知れないわね」
「そうですか。少し残念ですが、戦闘がなければ兵も死なずに済みますからね」
その兵器は、エリザベートではなくマーガレットの発案から技術部門のヘルマンに話が回り、興に乗った彼が全面協力して制作したものだった。
初お披露目になるかと思っていたマーガレットとしては、複雑な気持ちらしい。
しかし、彼女たちの予測は外れた。
「王妃殿下、こちらにおわしましたか」
軍を指揮するミリカンが、禿げ頭を乱暴に拭いながら二人のところへ駆けつけた。
「どうかしましたか?」
「帝国からの敵が接近しているという情報が入りました」
息せき切ってやってきたミリカンの言葉に、王妃たちは首をかしげる。
「予定通りではありませんか?」
「むしろ成功ですわ。何か問題でも?」
息を整えたミリカンは、王妃たちに対して苦い顔をする。
「帝国の行動は予定通りですが、その規模は想定外です。兵力はおよそ一万。帝国本土に残っていると見られていた兵数の大半をこちらへ差し向けたようです」
つまり、にらみ合いに終わる予定であったこの国境が、主戦場になるのだ。
最大戦力であるヴェルナーやアシュリン、イレーヌ。そしてアーデルなど強力な魔法使いがいないここが、最も激しい戦いの場になる。
そのことに気づいたエリザベートは、口の端を下げて不快感をあらわにした。
「ヴェルナー様の予測が外れた、ということかしら?」
「戦場というのは予想のつかないものです。ですから、陛下もこの場に最大戦力を置いたとも言えます」
王妃たちが出張ることまでは予想外であっただろうが、とミリカンは考えつつも口には出さない。
「まずは安全のために一度後方へお退きください。ここはわしらで何としてでも押しとどめ、帝国の侵入など許しませんので……」
「いけません。ここで私たちだけが早々に逃げ出したとあっては、兵たちに示しがつきません。それに、私だけが使えるものがあるではありませんか」
「そうね。それにわたくしの治癒魔法を存分に活かすためには、前線に近い場所の方が好都合よ。違って?」
「う……むぅ……」
唸ったミリカンだが、公然と拒否できるものでもない。
実戦では未使用だが、彼も天幕に隠された兵器の内容は把握している。その威力についても高かろうことは彼も認めていた。
また、エリザベートが主張する通り、彼女の治癒魔法は重傷者でも助けることができる。搬送距離が短ければ命を失わずに済む者も出るだろう。
「……わかりました。では、わしから離れぬようにお願いいたします。他の護衛騎士もすぐに臨戦態勢に入ります」
「よろしい。では、敵の位置と方角を教えて頂戴」
意見が受け入れられたことに大きく頷いたエリザベートが情報を求めると、ミリカンは一つの天幕を指した。
「軍議を始めますので、ご同席ください。斥候たちが得た情報をもとに、作戦を立てたいと考えております」
「そうね。では、参りましょう、マーガレットさん」
「ええ、エリザベートさん。主人がいない間は私たち妻が帰る場所を守るのが務めだと言いますもの」
意味が違う気がする、と思いながらも、ミリカンは口を引き結んで彼女たちをエスコートしていく。
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