127.誤算。あるいは慢心
127話目です。
よろしくお願いします。
「この国の連中は、閉じ込めた相手を焼き殺す決まりでもあるのか?」
不寝番をしていたブルーノは、建物の壁に剣で開けた穴から見える光景を見て、吐き捨てるように言った。
片手に松明を持ち、もう片手に乾いた小枝を大量に抱えている。同じような状況をつい数日前にも目にした彼は、すぐに状況が分かった。
「陛下、陛下」
「ん。ブルーノか。どうかしたか?」
眠っていたヴェルナーは、ブルーノに揺り起こされてすぐに目覚めた。普通の貴族たちと違い、ヴェルナーは有事に素早く覚醒することに慣れている。
「流石は陛下。うちの部隊の寝坊助どもとは大違いだ……数人の敵が近づいてきます。恐らくはこの建物ごと我々を焼却処分するつもりでしょう」
「そうか。よし、全員を起こそう。静かに、な」
「わかりました」
自分の部下たちから起こそうとブルーノが離れると、ヴェルナーは目を擦り、身体を起こした。
「……器用なもんだな」
今はイレーヌがヴェルナーに膝を提供していたが、座ったままくぅくぅと眠りこけている。森を往復して疲れがたまっているのだろう。だが、だからと言って寝かせておくわけにもいかない。
「イレーヌ、起きろ」
「ふえ……? あ、陛下。し、失礼しました」
自分が寝入ってしまったことに気付き、イレーヌは慌てて髪を整えて立ち上がる。
「良い。それよりも、敵が近づいている。アシュリンたちを起こしてくれ。静かにな」
「了解です」
こうして、一分とかからずに全員が起床し、それぞれに武器を携えた。
外からはかすかに焦げ臭い煙が入り込んできている。
「行動は3ステップ」
ヴェルナーは全員を前にして、落ち着いた様子で指を立てた。
「オータニアの救出。長の誘拐。本船への帰還だ」
オータニアについては、本人を見つけてからその意向次第となる。また、交代で外の様子を監視していた限りでは彼女がどこかに移動させられた様子は無い。自然、目的は最初に訪れた大きな家となる。
「長を連れていくのですか?」
「人質だな」
デニスの質問に、ヴェルナーはきっぱりと答える。
「こっちの人数が少ないから、念のため。それと、直接交渉をするのにも都合が良い。……いや、交渉というよりは、脅迫か」
本格的に敵対した以上は、落とし前をしっかりと付けさせる。
ヴェルナーの宣言に、全員が頷いた。
●○●
「火は回ったか?」
長に命じられて、真正面から火を点けていた男は、もう一人が裏手から戻ってきたのを見つけて尋ねた。
熱く燃える火が、仲間の顔を照らしていた。
「ああ。完全に火が囲んだ。音も静かなもんだ。寝たまま焼け死ぬんなら、まだ楽な死に様だろうさ」
「それにしても……」
二人並び、燃える火を見つめる。
「これが燃えてしまったら、片付けと再建築だ。面倒なことだな」
「しっ。あまり迂闊なことを言うと、誰かに告げ口されるぞ」
注意され、慌てて口をつぐんだ男は周りを見回した。
オータニアの目に触れることはほとんど無かったが、密告と凄惨な処刑が今の長の地位を安堵していた。
反対者はそれこそ晒し者のように扱われ、楽に殺されることなどなかったのだ。
そうして自らが治める郷を恐怖で縛り上げ、早々に周囲の郷を脅迫と懐柔、時には実力行使で以て押さえつけた。
ある意味では統治者としての手腕はあるのかも知れない。
だが、決定的に敵を増やしすぎたことは、長にとって予定外だったのだろう。強いリーダーがまとめることはあっても、利益のためにまとまることがほとんどない森林国の民たちは、長に反対する勢力として協力し始めた。
口八丁でどうにかオータニアを差し出すことを了承させ、これを機に敵対勢力の強調にくさびを打ち込もうと考えている。
だが、長の誤算はもう一つあった。
長が考える以上に、捕らえた者たちが強かったことだ。
「ある程度燃えたら、もう良いんじゃないか?」
「馬鹿言え。終わったら水をかけて始末しておかないと、大変なことに……」
と、話し合っている二人の目の前で、火の粉をまき散らして閂ごと扉が吹き飛ばされた。
「……え?」
突然のことに硬直している二人は、扉が消えた開口部に小柄な少女が拳を突き出した状態で立っているのが見えた。
「見事な正拳突きだ」
「陛下のご指導のたまものです」
そんな会話が聞こえたとき、男たちの目の前にはデニスとブルーノが迫っていた。
「反応が遅い」
「そんなんじゃあ、うちの軍隊じゃ一兵卒から上がれねぇな」
同時に斬り倒された男たちは、建物から悠然と出てくる青年の姿を見ながら事切れる。
「周囲に人はいませんが、巡回などがいる可能性もあります。急ぎましょう」
剣を拭いながらデニスが進言すると、ヴェルナーは頷いて走り出す。
それに続いて全員が走り始めると、すぐに目的の建物は見えて来た。
「派手にやろう。宣戦布告代わりだ」
「では、あたしが!」
ヴェルナーに並んでいたイレーヌが、建物の前に立っていた見張りを雷撃で倒し、その間に突出したアシュリンが正面から扉を蹴破った。
「ひゅーっ、派手だねぇ!」
「暢気なことを言っていないで、私たちも続くぞ!」
ブルーノを叱責しながら、デニスはアシュリンに続いて建物内に踏み込んだ。
中ではまだ家の者たちは寝静まっているらしく、不寝番でもしていたのか、交代の途中だったのか、一人の男がいた。すでにアシュリンの手によって殺されていたが。
建物の中はいくつかの部屋に分かれているようだが、数はそう多くないようだ。
それぞれ数名ずつのメンバーに分かれ、ほぼ同時にすべての部屋へと飛び込む。ミルカとレオナは、建物の外で見張りを引き受けた。
兵士たちやデニスなどは単なる物置や無人の部屋に行き当たり、ブルーノはオータニアの部屋を引き当てた。
「えっと、……ぶ、ぶ……」
「ブルーノだ!」
見張りなのだろう。室内には女性が一人いたのだが、ブルーノは腹を殴って気絶させた。
「陛下……ヴェルナー様が助けに来た。ああ、そうだった。ええっと……」
ブルーノはヴェルナーが説明していた内容を思い出す。
「お前が外の世界をまだ見たいと思うなら、来い!」
もちろん、とオータニアは立ち上がり、いくつかの荷物を抱えてブルーノに続いた。
そして、アシュリンとイレーヌを従え、一番立派な扉を蹴破りながら突入したヴェルナーは、狙い通りに長の部屋を引き当てた。
三人同時に部屋へと飛び込んだ瞬間、室内にいた女性たちの悲鳴が上がった。
「ちっ、暢気な野郎だ」
女性たちは薄絹を着ているのみで、数人は大きな扇を振るってベッドへと風を送り、中にはただ飲み物を持って、ひたすら立ったまま待機している者もいた。
女性たちが恐怖に顔を引きつらせているが、当の長は大きな腹を突きだしていびきをかいている。
「失せろ。俺たちの目的は、その男だけだ」
ヴェルナーの言葉に、女性たちは一目散に逃げだした。誰一人、長を守ろうという動きは見せない。
「寝所に見張りもいないのですね」
イレーヌがふと疑問を口にすると、ヴェルナーは頷いて返す。
「この郷そのものが、こいつに従順だったんだろうな。建物がどうとかじゃなくて、郷そのものがこいつを外敵から守っていたのだろう」
話している間に、アシュリンが長の肥えた身体を転がし、手早く後ろ手に縛りあげた。
「手際が良いな」
「海軍ではロープを使うのは日常のことですので、憶えました」
また船に乗りたいのだろうか、とヴェルナーは観光船を作るのも金儲けに良いかもしれない、と考えながら、尚も寝ている長の顔を平手で三度ほど打ち据えた。
「う、う……?」
ようやく目が覚めた長は、動かない腕と周囲にいるはずの女たちの姿が見えないことに驚き、遅れてヴェルナーたちの存在に気付いた。
「おはよう。というのは少し早いが、移動の時間だ。俺はラングミュア王国国王ヴェルナー・ラングミュア。そしてここにいるのは“俺の家臣”だ。俺が一言命じれば、お前を瞬時に殺す程度には腕が立つ」
「き、貴様が……」
言葉の途中で、アシュリンが長の口へと無理やり布を噛ませて縛り上げ、」猿ぐつわにする。
「お前の意見は聞いていない。懇願も聞く気は無い。ただ、俺と王国の利益のために、お前を最大限に利用する。早死にしたくなければ、大人しくしていることだ」
そうして、罪人のように引き出された長はデニスに剣を突き付けられた状態のまま、郷の者たちが遠巻きに見つめる中をヴェルナーたちに堂々と連れ去られた。
「しばらく預かる」
人質を取られて、遠巻きに見ているしかない様子でいる郷の男たちは、弓を持って機会を狙っているようだ。
「イレーヌ。軽く脅してやれ」
「はい」
即座に雷撃が走り、弓を持っていた男たちは硬直したかと思うと、力なく倒れた。
「余計なことを考えると、長だけでなく村そのものを失うぞ? こんな風に」
ヴェルナーが指を鳴らすや否や、長の家は爆薬によって完全に粉砕された。
「では、失礼する」
呆然としている郷の者たちと、突然の大きな音に集まってきた者が加わり、ざわめきと悲鳴が入り混じる中、ヴェルナーは悠々と郷を去った。
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