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121.反駁

121話目です。

よろしくお願いします。

 森の中に入り、オータニアの案内で集落から離れた場所へとやってきたデニスたち。追手が来ていないことを慎重に確認して、ようやく腰を落ち着けることができた。

「彼、どうしたの?」

 イレーヌが広げた布の上に、デニスがそっとヴェルナーの身体を横たえる。

「はは……」


 ブルーノが乾いた笑いを浮かべ、部下たちは冷ややかな視線を浴びせた。

「火を点けられたからって慌て過ぎっすよ」

「陛下を殴るとか……これは打ち首確定ですね」

 好き放題に言われて、ブルーノはがっくりと肩を下した。

 そのまま草の上に座り込むと、デニスに向かって頭を垂れる。


「えー……どうか、苦しくないようにお願いします」

「早まるな。お前の処分は陛下が決めることだ。それよりも状況の説明を。上陸したのはもう一隊いたはずだが」

 そうだった、とブルーノは顔を上げると、デニスを見て頷く。

「その通りです。騎士ジーモン・ヨアヒム船長が率いる五名の部隊が同行しておりましたが、連中は別のところへ移送されたようで……。それも捕まった直後でしたんで、今はどうしているやら」


 さっぱり確認のしようがない、とブルーノは報告した。嘘や希望的観測を伝えても仕方がない。現状を明確に伝えるのが軍人の役目である、と彼も教育を受けている。

「わかった」

 デニスは一言だけ呟く。

 ブルーノと部下たちの健康状態に問題がなさそうなのは見てわかるし、今はこれ以上の情報は望めない。


 そうなると、デニスにとって問題は一つだけであった。

「なんですか?」

 デニスの視線に気づき、オータニアが首をかしげる。

 判断は保留となっていたが、このまま彼女を連れて帰るのが正解か、それとも関わり合いにならぬとして、多少の食料なりを渡して置いていくべきか、判断に迷った。


「……食料を渡す。だから」

「デニス様」

 一人で郷へ帰るようにと言いかけたデニスを、イレーヌが止めた。その隣では、アシュリンもデニスをしっかりと見据えている。

「陛下なら、そういう判断はなさいません」


「しかし」

 デニスは苦い顔をして、二人の女性騎士を連れてその場を離れた。

「彼女の立場が問題だ。このまま連れていけば森林国との外交問題に発展する可能性もある。今だって……」

「ここで放置して、万一森の獣に彼女が殺されてしまえば、それは私たちの責任です」


「自分も、イレーヌの意見に同意します。陛下はお優しい方です。陛下の回復を待ってから結論を出すことにして、今は森の案内も兼ねて同行してもらう方が良いかと」

 アシュリンがすらすらと意見を言ったことに驚いたデニスだが、彼女も騎士訓練校を卒業した一人前の騎士なのだ、と見直した。

「わかった。そうしよう」


「それに、彼女を連れていくことが問題になる可能性はありますが、逆にこちらの有利な条件となる可能性もあります。……陛下なら、そういった方法もお考えになられるでしょう」

 それだけの計算ができる人物だ、とイレーヌは訴えた。

「有利に、か……」

 単純に考えれば森林の有力者に対する人質や、交渉などをする際の交換材料に使える。


 幼い少女をそういう理由で利用する王かと考えると、デニスは今一つ納得がいかない。だが、イレーヌが言う何らかの方法を考え付くのではないか、という期待はデニスも頷けた。

「……わかった。彼女には案内役を依頼し、陛下が気付かれた時に改めて沙汰を問うことにしよう」

 オータニアたちのところへ戻ったデニスは、全員に出発する旨を告げた。


「オータニア。海岸までの道はわかるだろうか? 案内をお願いしたんだが」

「お任せください。行ったことはありませんが、道はわかります」

 デニスは再びヴェルナーを背負い、アシュリンが先頭、イレーヌが最後尾を守る形で歩いていく。

 ブルーノと部下たちは武器を持たないので、今回は守られる側になる。


「まあ、横から襲われても拳一つで獣程度ならどうとでもなるな」

 笑っているブルーノに、デニスが射るような視線を向けた。

「少しは反省しろ。お前の早とちりで陛下がお怪我をされたのを忘れたのか」

「そりゃ、そうだけど……」

 肩をすくめたブルーノだったが、自分の頬を両手で叩くと、逆にデニスを睨み返した。


「俺だって悪気があってやったわけじゃない。自分と部下の命を守るために懸命に戦ってたんだ。陛下が俺たち指揮官に常々言っていた言葉をあんたも知っているだろう」

「貴様は……。陛下の名を出して自らを擁護するか!」

 抑え気味の声ではあるが、明らかな苛立ちを含む声でデニスは叱責した。

 しかし、ブルーノは引かない。


「陛下を利用するなんて考えてねぇよ。陛下のお言葉に忠実に従った結果だと言っているんだ。第一、俺もお前も肩書は違っても同格の騎士爵だってのに、陛下のお傍で働いているからと言って、偉そうにするのは変じゃないか?」

「……私が、陛下の威厳を笠に着ているとでも言いたいのか?」

「違うように聞こえたか? 言い直した方が良いか?」


「ちょっと、やめなさいよ」

 イレーヌが後ろから声をかけ、ブルーノの部下たちも彼を止めようと声をかけるが、振り払われてしまった。

「陛下に従うのは当然のことだし、今回の件は俺のミスだ。それは認める。だが、それを陛下本人ではなくお前に言われるのは納得いかねぇ」


 鎧は着ていないが、それゆえに鍛え上げられて黒々と日焼けした肉体を晒しているブルーノは、拳を突き出した。

「海で陸で、腕っぷしを頼りに汗を流して戦っている俺たちが、あの状況でどれだけ苦労していたか、城詰めのお前にはわかるまいよ」

「ああ、わからないな。碌に確認もせずに陛下を殴りつけ、挙句に現場の不満を海軍大将のオスカー殿ではなく私にぶつけるとは」


 いつの間にか歩みが止まった集団は、険悪な雰囲気でにらみ合うデニスとブルーノを中心に一触即発の雰囲気になっていた。

「……うん? ちょっと、待ってて」

 やや遅れて後ろがついてきていないことに気づいたアシュリンが、オータニアに待機するように言ってにらみ合う二人の間に入った。


「喧嘩?」

「喧嘩ではない。捕虜生活のうっぷんをぶつける相手を間違えている奴がいるから、指導しているだけだ」

「こうやって馬鹿にする奴が目の前にいるから、一発ぶん殴っておこうと思ってな」

 それぞれが口にする言葉を聞いて、アシュリンは頷いた。


「やっぱり、喧嘩だね」

「そうね。あたしから見てもすごーくくだらない喧嘩ね」

 イレーヌに確認をとり、アシュリンは大きく頷いた。

「前に陛下は言っていた。喧嘩両成敗、と」

 ぐぐ、とアシュリンの拳が握りしめられた。


 身体強化まで使っているらしく、手甲がミシミシと音を立てるほどの腕力に、デニスもブルースも同時に顔から血の気が引いた。

「ま、待ってくれ! 喧嘩というか、まだ何も始まっていない!」

「その通りだ! 俺だって本気じゃあねえよ、なあ?」

「陛下はお休み中。騒ぐのは駄目」


「ぐおっ!?」

「うげっ!」

 それぞれに軽くボディブローを入れて、うずくまるデニスの背中からヴェルナーを抱えあげたアシュリン。

 ぐったりとしているヴェルナーの身体を軽々と背負い、オータニアのところへ戻ったアシュリンは、どこか嬉しそうだった。


「まさか……」

 悶絶する二人に「出発しましょう」と淡々と声をかけるアシュリンを見たイレーヌは、ヴェルナーを背負う役が欲しくてそうしたのではないか、と勘繰った。

 だが、デニスやブルーノに同情はできないので、黙っておくことにする。

「うぅ……。仕方ない、ここは休戦としよう」


「いてて……わかった。陛下が目を覚まされたら、許可をもらって決着をつけようじゃねぇか」

 お互いにふらふらと立ち上がり、強がりを言いながら腹をさすっている二人の騎士を見て、イレーヌは小さくため息を吐いた。

「はあ、陛下には早めに目を覚ましてもらわないと、まとめ役がいないわね」


 その夜、野営中にようやくヴェルナーは目を覚ました。

「……んあ? あれ、これは……」

 ぼんやりとした視界に目を擦るヴェルナーに、すぐ近くから声がかかる。

「お目覚めですか? 無理なさらずにそのまま横になっていてください」

「ああ、アシュリンか……あ?」


 自分がアシュリンに膝枕されている状態だと気付いて、ヴェルナーは慌てて立ち上がろうとした。

 だが、がっちりと肩を押さえられている。

「安静にしてください。イレーヌが、この体勢が良いと言っていたのです」

「イレーヌめ……」


 視線を横に向けると、干し肉を千切りながらニヤニヤと笑っているイレーヌとオータニアの姿が見えた。そして、その手前に膝をそろえて座っているブルーノと兵士たちの姿がある。

 その隣には、デニスが膝を突いて頭を垂れていた。

「デニス、と……お前たちが捕まっていた兵士たちだな」

「はっ」


 デニスが首肯すると、ヴェルナーはしばらく迷ったがアシュリンが離してくれそうにないのを見て、仕方がないと話を続けた。

「気を失っていたのか、情けないな。……報告を頼む」

「かしこまりました」

 ヴェルナーは救助に飛び込んでからの一部始終を聞いてから、顎関節に違和感が残る口を開いた。


「デニスの判断を支持する。一度、船に戻ろう」

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


【お知らせ】

 昨日(13日)から、新作「『月刊・魔王』編集部」なる新作を公開しております。

 良かったら、こちらもぜひお願いします。

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