第40話 彼はそんなこと言いません
昨日は完全に更新忘れてました…!
ごめんなさい!
ダノーギ子爵はまだ魔術を使われたことには気付いていないようです。
魔術師だとバレないためには、これ以上魔術を使うべきではないのだけど……。でもまだ全然知りたい! ぅぅ、ひとりチキンレースだ……。
「数は少ないですが、我が国にも魔術師団が結成できる程度の魔術師がいます。彼ら全員を嫌っているのですか?」
「いや、そういうわけではないが。それよりあなたはまず箱から出たらどうか」
「あっ」
蓋を開けてもらって立ち上がっただけで、身体は箱に入りっぱなしでした。箱入り娘です。
ドレスが邪魔でなかなか箱から出られずにいると、ダノーギ子爵の指示で護衛と思しき男の人が手伝ってくれました。手がかかる箱入り娘ですみません。出ました。
そのままダノーギ子爵の対面に案内され、テーブルを挟んで席につきます。拘束されるわけでもないし、思ったより待遇は悪くない。
「少しくらいなら、長い夜の慰めにちょうどいい。話してやろう」
「……はい」
語りたがりなおじさまでよかったー! 魔力を温存できそうです。
ダノーギ子爵はテーブルの上に置かれたワインをグラスへ注ぎ、くるっとまわして香りを楽しみました。私の分はないようです。
「もう十年は前になるか。わたしは人生の集大成となるであろうプロジェクトを始動したところだった。魔術に関わる大規模研究施設……魔術省管轄エリアがあるだろう、あなたが迷子になった区画のことだ」
「素晴らしい施設ですわ。自然が豊かで、土地に住む人々の雇用の促進にもなったとか」
「フン、あんなもの……。巨額を投じて劣等国に利益をもたらすだけの製剤施設に成り下がったではないか」
「ちょっとおっしゃっている意味が」
ダノーギ子爵はワイングラスを傾けて喉を鳴らすと、小さく息をつきます。手元を見つめていながら、その目は過去を映しているかのようでした。
「わたしに魔力はない。娘にもだ。我が国の魔術師は総人口の一割を超える程度で、あくまで多数派は魔術を持たない人間だ。だが、そこに格差が発生しているのも確か」
「理解はできます。我が国でも魔力があれば将来は約束されたようなものですもの」
「だからわたしのプロジェクトでは後天的に魔力を得る方法について研究するはずだった」
思い付きで魔力回復薬を飲んでみよう、と試した人の話をたまに聞きます。もちろんその程度で魔術師になんてなれないことは周知の事実です。
が、国を挙げて研究するとなれば、あらゆる可能性を多角的に試験したりするのでしょうから……魔力の無い人はきっと期待するでしょうね。
「そういえば、魔術師が生まれるには土地の魔素が関係しているようだ、との研究結果を発表したのはヤクサナではありませんでしたか?」
そう私が言うと、彼は手のひらでテーブルをバンと叩きました。びっくりして身体中の毛穴がビビビビってなった。何か禁忌に触れてしまったようですね、ごめんなさい。
「それだよ! 我が国の王は『魔力を持たない国を調査することで得るものもある』と言って、劣等国から若者を呼び寄せた。研究者ですらない、青二才をだ」
「もしかしてドリス様……ですか」
ドリス様がそんな昔からヤクサナと関係があったとは知りませんでした。
ダノーギ子爵は頷いて話を続けます。
「ドリス・リッダーは王太子サキマと一緒になってわたしのプロジェクトをめちゃくちゃにしたんだ。劣等国の土を持ち込んで農園を作り、薬草畑にした」
「その薬草で作る薬は出来がいいと聞いています。それに、土を研究したことで魔素と魔術師の生まれに関連があるとわかったわけで――」
「だからそんなものは製剤施設だと言っている。……国は魔術師を増やすことが最終目的だった。魔力を持たない者を魔術師にするのも、これから生まれる魔術師を増やすのも、どちらでも構わなかったんだ。それをあの若造は」
彼はそこで口を閉ざし、グラスにワインを注ぎます。
静かな時間が流れました。護衛と思しき男性もすっかり油断して窓の外を眺めているし、子爵ご本人はお喋りに飽きたのか黙ったままだし。んもう、そこが大事なところなのに。
「あの若造が、どうかしましたか……?」
これほどまでに嫌われるなんて、ドリス様とダノーギ子爵との間で一体なにがあったのか気になって仕方がありません。
魔力を乗せて発した私の質問に、ダノーギ子爵が囁くように答えます。
「あれはな、『非魔術師を魔術師にするなど時間の無駄だ』と言ったんだ」
「そんなまさか!」
「嘘などつくものか。そう言ったのを聞いた人間がいるし、その話の直後に国は魔素研究のほうを中心に進めることを決め、わたしは外交担当へと配置換えになった。お払い箱というわけだ」
空になったグラスに再びワインをそそぐダノーギ子爵。飲みすぎでは?
何も言わない私に、彼は勝ち誇ったような、けれどどこか自棄になったような顔で笑いました。
「あの男自身は魔術が使えるのだから、わたしの研究に興味などないだろう。魔法薬は研究協力の見返りとして安値で仕入れているし、魔素の研究を進めたほうが自国の得にもなるわけだからな。ヤクサナはあの男と劣等国に利用されておるんだ。そしてわたしの研究は潰された!」
「そんなこと――というか、一体どこでドリス様が魔術師だという情報を得たのですか?」
「あなた方が婚約する少し前か。キェル・マーシャルから聞いたよ。それで長年の疑問が解けたのだ。奴はわたしの研究に興味がないから己の利益だけを求めたのだとな」
キェル様がなぜ知っているのかしら、と思ったのですが……そういえば以前、公園でキェル様に襲われかけたときにドリス様が魔法を用いて助けてくれたのでした。あの時に気付いてしまったのでしょう。
いつの間にか瓶を空けてしまったダノーギ子爵は、話は終わりだとばかりに席を立ちました。
「さっきから気になっていたんだが、あなたも魔術師か」
「え……っと」
「ずいぶんと余計なことを喋らされたが、まぁいい。その能力ならシカードでも役に立つだろう。亡命後の地位を固めるのに、手札は多いほうがいい」
部屋を出て行こうとする彼の背中に、私は思わず叫んでしまいました。
「私、ドリス様を信じますから。あの人はあなたの研究を『時間の無駄』だなんて、絶対言わないもの!」
ダノーギ子爵は振り返ることなく出て行ってしまいました。ドリス様に関しての誤解を解くにはいたらず、残念だわ。
魔術師とバレても殺されはしませんでしたが、シカードでの交渉材料にされるのも嫌なものです。……どうにかして逃げ出せないかしら。




