第39話 劣等種だそうです
麻袋に包まれた私は、まるで荷物のように担がれ運ばれました。ご丁寧に袋の上から紐で縛られていて自由はほとんどありません。幼虫みたいにくねくねするのがやっとです。
最初は恐らく荷馬車。ガラガラまわる車輪の音や馬のいななきが聞こえましたし。それになにより、乾いてささくれだった板の上に転がされたせいで体中が痛くて!
次が列車。人々のざわめきや特徴的な蒸気の音に交じって、係員のアナウンスも聞こえました。そのアナウンスによると西へ向かう列車へ乗車したようです。
そんな中、私は麻袋ごと箱に詰められて荷物車へと積み込まれたらしく。捕まったときも馬車で運ばれている間も周囲が騒がしかったため、私の唸り声が誰かの耳に届くことはありませんでした。それは駅や列車の中でも同じで。
一体誰がなんのために私をさらい、そしてどこへ連れて行こうというのか……まったく見当もつきません。
人の気配もない中で叫んでも体力を消耗するだけ。暴れまわった結果、麻袋から抜け出ることはできました。が、木箱には太刀打ちできませんでした。厚い板をどうにかしようとして、両手両足は真っ赤に腫れてしまったし疲れも溜まってしまったしで……。
仮に箱を壊すことができたとしても、無事に逃げおおせる気がしません。そもそも走行中の列車から飛び出せばただでは済まないですし。次に助けを呼べそうなタイミングが来るまで、大人しく待つことにしましょう。
ガタゴト揺られるうちに睡魔に襲われ、けれど寒さに耐えられなくて目が覚めて、というのを繰り返していると……。別の車両から誰かがやって来たようでした。
「おい、どれだっけ? 似たようなのばっかりで」
「これこれ。つーか、もう一人くらいいたほうがいいんじゃないか」
「女ひとりだぜ、軽いだろ」
「軽いとか軽くないとかじゃなくて、この箱が持ちづらいだろって話――ああ、もう着くな」
箱の外から聞こえてくる会話の通り、列車はゆっくりと速度を落としていきます。
「こんなとこで一泊するくらいなら始発にすりゃよかったのに。午後の便じゃここが終点になるのわかってたろうによぉ」
「それな。王都の夜のほうが楽しいよなぁ、飯は上手いし女は美人だし」
そんなことを言いながら、男たちが私の入った箱を持ち上げました。突然大きく傾いたから鼻をぶつけるところだったわ。もっと丁寧に運んでもらいたいものです。
ですが、これは情報を聞き出すチャンスでは? 幸い、暴れて麻袋から出られた際に口を塞いでいた布も外してますからね。
「ねぇ、目的地はどこ?」
「は? え、シカードだけど。あれ、猿ぐつわ外れちまったのか」
魔力を乗せた言葉に、箱の向こう側から困惑が伝わって来ました。
シカード……。今のタイミングでその国名が出て来るだなんて、嫌な予感がします。ただの身代金目当ての誘拐ならまだよかったのに。
「まぁどうせもう宿だし、いいんじゃね」
「あなた方のボスは誰? なんのためにこんなことを?」
「そりゃ、ダノーギさんに決まってる。金払いもいいし、仕事は楽だし、なんつってもシカードでそれなりの仕事くれるって言うしな」
やっぱりダノーギ子爵の名前が出てしまいました。我が国を経由したほうがシカードへの入国が容易いというのは理解できますが、ではなぜ私を……。
「私はなんのために?」
「さぁ? 取り引きがどうのとか言ってたけど詳しいことは。よーしついたぞ!」
彼らは少しの魔力でもよく話してくれます。言い換えれば、たいした口止めをされていないし、重要な情報は知らないということ。
シカード方面へ向かう列車で午後便の終点なら……アプシル領へ入ったあたりでしょうか。ドリス様はどうしているかしら。
ガチャンと重い金属の音がしたかと思えば、私の入った箱が男たちの掛け声に合わせてゆらゆらと運ばれていきます。
周囲に人の気配がないわけではありませんでしたが、騒ぐのはやめておきました。ただの誘拐ならともかくダノーギ子爵が相手なら、あまり一般の人を巻き込まないほうがいい気がしたのです。
そうして、やっとこの箱から外へ出たときには、私はもう宿屋の中にいました。目の前にはおひげをピンと跳ねさせたダノーギ子爵。
「あなたに特別恨みはないが……」
「では、なぜ」
まずは魔法を使わず話を聞いてみたいと思います。彼が私の能力を知っているのかわかりませんが、念のためあまり警戒されないように。
「なぜ、だって? あなたはとても有用だ。まずアプシル伯……ドリス・リッダーの婚約者であるということ。わたしはあの男が嫌いだ。だから彼を苦しめられると思えばそれだけで十分価値がある。さらにノヒト王子殿下の心まで掴んでしまったそうじゃないか。あなたひとりのために、二国が動くということだ」
「そんな大げさな」
「大げさかどうかはこれからわかる。……あなた方の国はもっと早くに滅ぶべきだったんだ」
「どういう意味ですか」
私の質問にダノーギ子爵は首を横に振るばかり。これ以上は答えるつもりはないということでしょうか。
「私は国同士の諍いの種になんてなりたくありません。どうしてもこの国を滅ぼしたいというなら、他の方法で――」
「違う。言ったでしょう、わたしはドリス・リッダーが嫌いだと。あの男を苦しませることが第一なんだ」
言っている意味がわかりません。なぜドリス様が嫌われているのでしょう。
どんな善人であっても万人に好かれることなどあり得ないし、それなりの理由があるのだろうとは思いますけど、もし万一誤解があったとしたら。
私は少しだけ魔力を言葉に乗せました。
「なぜ彼を嫌うのですか」
「え……? 彼は魔法が使えるからね。劣等種のくせに」
「劣等種?」
「この国の人間のことだよ。劣等種は劣等種らしく、ちまちま金属部品でも作っていればいいのに」
「こ、この国の魔術師が嫌いってことですか」
「そうだ」
つまり私にも魔力があると知れたらまずいってことなのでは……? 魔法使っちゃったのに!




