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私に内緒は通じません。~婚約破棄された令嬢はその夜、難攻不落の伯爵様と運命的な出会いをする~  作者: 伊賀海栗


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第36話 混乱に混乱が重なって


 あっという間にノヒト殿下の席が用意され、彼は挨拶もそこそこに席へつきました。ドリス様は銀器を置き、姿勢を正して陛下へ問います。


「これは、どういう……?」

「今朝こちらへ到着されたのだ。()()だそうだよ」

「しゃざい」


 私とドリス様の視線が同時にノヒト殿下へと向かいます。彼はどこか得意げな様子で親指を立てて見せました。


従伯父(おじ)さんに感謝ってね」

「コレまったく謝罪しに来た人の態度じゃないですね」

「うっわ。ニナは相変わらず黙ってられねぇのな」


 ククっと笑うノヒト殿下に、陛下も苦笑しています。え、いやほんと笑い事じゃないと思うんですけども。陛下ってば従甥に甘いのでは?


「つまりヤクサナはノヒト殿下を罪に問わない考えということでしょうか」

「お。賢いアプシル伯爵くんにしては考えが浅いんじゃねぇか?」

「せめて謝罪に来た顔をなさってください」

「なんかニナに似てきた? まぁ話せば長くなるんだよ。まず大前提として、表向き俺は今回の件には関わってないことになってんの。そういう意味ではアプシル伯爵くんの言う通り」


 ノヒト殿下のお席に食事が準備され、殿下は言葉を切ります。それを陛下が引き取って続けました。


「ヤクサナの王族が関わったとなると、我が国の世論も過熱が懸念される。だがそれは望むところではない。すべての糸を引いているのが西側であるならば、我々に必要なのは対立ではなく協力であろう」

「それはもちろんですが――」

「もちろん、この小僧への処罰は別途必要だ。早々に結婚させ、王位継承権をはく奪することで合意……という方向で話を勧めている」

「けっこん」


 小僧と呼ばれたノヒト殿下を見ると、パンを口に放り込みながら片目をつぶって見せました。いや軽いな。

 ドリス様にいたっては両目閉じてしまってます。深く考えこんでいるご様子です。私に難しいことは全然わかりませんので、食べることに集中したいと思います。


 このタラのムニエル美味しいが過ぎる……! バターのまったりしたコクに、バルサミコ酢の酸味が合わさって最強のお味です。


「継承権を……? 貴賤婚姻ということですか」

「ああ」


 目を開け、居住まいを正したドリス様に陛下が頷きました。

 我が国では王家の男子の婚姻については基本的に他国の王女または、自国の公侯爵家令嬢が相手と定められています。ヤクサナも同様の慣例があるようだとは思っていましたが、「貴賤婚で継承権をはく奪」ということなら、法令にもその記載があるのでしょう。

 つまり身分差のある結婚をした場合に、王族男子およびその直系子孫には王位継承権が認められなくなるというものです。


「妥当なところでしょうね。必然的にノヒト殿下の影響力が弱まり、今回のように彼を担ぎ上げようとする者もいなくなるはずです」

「そ。あくまで今回のこととは無関係で、突然の熱愛からの結婚ってことにするんだってよ。で、俺がここに来た本来の目的は、ダノーギ尋問の協力依頼だ」


 ノヒト殿下が真っ直ぐに私を見つめました。

 尋問の協力ということですから、なるほど、私の能力が必要であるということですかね……?


「私、ですか」

「そんなこと――」

「断られることは百も承知だけど、まずは交渉させてほしい」


 到底認められないとでも言いたげなドリス様に対し、ノヒト殿下は手をあげてそれを制します。陛下も少し難しいお顔。

 我が国からどのような情報が漏洩したかは、マーシャル元子爵とゲールツ元伯爵から聞き出せば済むこと。ダノーギ子爵への尋問はヤクサナの責任で執り行うのが筋なわけです。

 でも結局のところ、ダノーギ子爵から真実を聞き出すことは両国にとっても利になるわけで。

 それ以上の難しい話は後日あらためて、ということになり、ひとまずはお食事を楽しんだのでした。


 食事を終え、まずは陛下が退室。残った三人それぞれが席を立ったそのとき、ノヒト殿下が私の名を呼びました。


「ニナ。いや、ボガート伯爵令嬢」

「なんですか、あらたまって」


 いつもなら軽口で返すノヒト殿下が、今日は珍しく黙ったまま私の目の前までやって来たのです。異様な雰囲気に呑まれて緊張してしまいます。

 ドリス様は少しだけこちらににじり寄りましたが、やはりそれ以上は動けないようでした。


「突然で混乱させるとは思うんだけどさ」

「え、ちょ」


 そう言って跪くノヒト殿下。

 ていうか王族が何やってるんですか!


「俺と結婚してほしい」

「はぁ?」

「は?」


 私とドリス様から同時に不敬な感じの「は」が出ました。

 でも相変わらずノヒト殿下はそんなことは気にしない様子で。


「ニナも知っての通り、俺は生まれてからこの年齢になるまで、誰のことも信じないまま……それに信じてもらえないまま生きてきた。そのツケが、貴賤婚による浄罪だ」

「そう、ですね」

「だが俺はこれを、好きな女を伴侶にする最大のチャンスにしたい」


 んん?

 いまサラッと「好きな女」っておっしゃいましたか? 聞き間違った?


「ちょっと理解ができな――」

「俺はお前が好きだからお前と結婚したい、って言った」

「ニナは僕の婚約者です、殿下。どうぞ頭をお冷やしあそばされてください」

「わかってる。でも求婚するくらいいいだろ」

「いいわけないでしょう」


 ドリス様とノヒト殿下が言い争いを始めました。


「なんか間違って了承してくれるかもしんねぇじゃん!」

「させませんよ、そんなこと! 本当に国際問題にするつもりか、このバカ王子は」


 お口が悪くなってきたドリス様が新鮮でもう少し聞いていたい気もしますが、これ以上はまずいですよね、はい。


「ノヒト殿下と結婚はしません! 私はドリス様と婚約してますので!」

「知ってる。だけど、気持ちを伝えないと後悔すると思ってさ」

「お気持ちは、ありがたく……」

「だからこの国に滞在してるうちは口説かせてくれよな!」


 ノヒト殿下はそれだけ言うと、パっと立ち上がって部屋を出て行ってしまいました。それはもう嵐のように。

 ドリス様は「今すぐ帰れ!」と悪態をついてますし、もーなんでこんなことになってしまうんでしょうか。


 けれど、困ったことというのは重なるもので。

 翌日、ヤクサナから魔術師の使役する伝令鳥が、国王陛下に宛てて飛んで来ました。伝令鳥はその名の通り、急ぎのメッセージを届けてくれる使役獣です。

 そのメッセージというのが……、ダノーギ子爵が行方不明になった、というものでした。




ヤクサナ編、完です

もう少しだけ続くんじゃ…ですが、

2週間ほどお休みいただきます。連載再開は10/21予定!

ブクマなどはどうぞそのままでお待ちくださいませー

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