第35話 例の事件を終えて
おそくなりました…
ヤクサナから帰国し、さらに数ヶ月が経った頃。春の訪れを感じる中で、王都に貴族たちが戻って来ました。
議会はすでに始まっていて、男性たちは会議場やコーヒーショップで意見を戦わせています。一方、女性はといえば……ドレスや宝飾品を手配したり、パーティーで演奏する楽団をリストアップしたりと、これから迎える本格的な社交期に向けて準備に余念がありません。
「お嬢様、今日の昼食会にこちらはいかがですか」
クローゼットを漁っていたローザが、灰がかったココア色のドレスを引っ張り出してきました。
ローザはヤクサナから戻った後も、私の侍女でいたいと願い出てくれたのです。アネリーンが元々いた侍女を引き抜いてからは、モニカに男爵家のお嬢さんを紹介してもらったのだけど……彼女も結婚を控えていて、少しの間だけという約束だったので助かりました。
「そんな素敵なドレスどこで……って、ドリス様か」
「もちろんです!」
婚約前の恋人期間からドレスの贈り物はよくあったのですが、最近は殊に多い。もう本当に多くて、きっと今年一年で全てを着ることはできないんじゃないかしらって思うくらいです。
「こんなにいらないって言ってるのに……」
「自分の羽をプレゼントして求愛する鳥がいるそうですよ、確かフクロウが」
ローザが私の髪をまとめ上げながら歌うように言いました。振り返ろうとしたけどムギュっと頭を押さえられたので、鏡越しでお喋りです。
「これって求愛行動なの? ドリス様ってフクロウだったのね?」
「他にないですわ」
「陛下とお会いする機会が増えたからだと思ってたのに」
「そういうところ鈍感ですよね」
「胸に刺さるお言葉やめて」
ドリス様が気持ちを言葉にしなかった、とは言っても「態度に出てただろう」とノヒト殿下がチクチク言ってました。だって守ってくれるのも大切にしてくれるのも、能力目当てだと思ってたから……。仕方ないじゃないですかーもー。
や、確かに言われてみればちゃんと愛されてたな、とは思うんですけど。
「あ、俯かないでくださいー。思い出し照れするのやめてほしいですー」
「ごめんなさいー」
なんてふたりでじゃれ合っていると、来客が知らされました。というか、ドリス様が迎えにいらしたのです。
急いで準備を進めて慌ただしくエントランスへ降りると、キラキラの髪を後ろでひとつにまとめたドリス様がニコニコ笑顔で待っていました。
「きゃーお待たせしました」
「よく似合ってるね。今日はどのドレスを着てくれるだろうとわくわくしていたから、待つ時間だって全然苦じゃないよ」
「甘」
ドリス様はヤクサナでのあの事件以来、気持ちを言葉にすることに躊躇いがないというか、ずっとお砂糖みたいな言葉を垂れ流しているというか。彼と喋ってるだけで太っちゃいそう。
「それにしたって贈り物が多すぎます。ローザなんて、ドリス様のことフクロウみたいって」
「鳥にできることなら僕はなんだってやるよ。歌うし美味しい食事を用意するし、着飾ってダンスも踊ろう」
「えぇ……」
「快適な巣を作ることも忘れてないさ。今ちょうどアプシル領のカントリーハウスの内装について考えていて――」
「まっ、待って。どんな反応していいかわかんないから待って」
何もかもが甘すぎて逆に不安になってきたので黙ってもらいました。ドリス様はクスクス笑うばかりですが、私の心臓の状態は笑い事ではありません。
そんなわけで屋敷を出発。本日はお城で陛下と一緒に昼食会です!
ヤクサナから帰国した後も私とドリス様は領地へは戻らず、王都で過ごしていました。というのも、例の事件の残務が山のようにあったからで。
おかげさまで、国王陛下ともほとんど緊張せずお話できるようになりました。もちろん陛下がとっても気さくな方だからなのですけど。でも今ならドリス様の言っていた「身分さえ飛び越えてしまう」という言葉の意味も少しだけわかるかも。
従者の案内に従って会場へ向かうと、私たちの到着とほとんど同時に陛下もいらっしゃいました。
「ああ、楽にしてくれ。儂らしかおらん」
「ありがとうございます」
陛下の言葉通り、座席は三人分だけ。給仕も壁の端に待機していて、必要なときだけ近くにやって来るようです。
とはいえ。それで本当に楽にできる人がどれくらいいるかって話ですよ。まったくもー。
「ヤクサナからは最終的にダノーギとその他協力者を死刑とする、と連絡があった」
死刑かぁ……となんだか暗い気持ちになりました。ヤクサナの小離宮で快適に過ごせたのは、ダノーギ子爵のおかげだったわけで。罪の重さを考えれば死刑は当然だと思う一方で、顔見知りの人が死んでしまうというのはどうにも受け入れがたいものです。
確かマーシャル元子爵とゲールツ元伯爵も、死刑と決まったと聞いています。夫人と子女については罪は問われていませんが……貴族でなくなった上に財産も没収されるわけなので、キェル様やアネリーンは今後かなり苦労すると思われます。
子女、と言えば。
「あの、ルナル様はどうなりますか」
北の森からヤクサナの王都ギムへ戻ったとき、ダノーギ子爵のご令嬢ルナル様にはお会いできませんでした。翌日には帰国しましたし、親切にしてもらったのにご挨拶もできず残念だったのですが。
ルナル様はこの件について、どこまでご存じだったのでしょうか……。
陛下は少し考える様子を見せましたが、しばらくして「ああ」と呟きました。
「ダノーギの妻と娘は、早々に西へ逃がしたようだな。彼女らがどこまで知っているかはわからんが、もしこちらの機密を握って逃げたとなると――」
そこで言葉を切りました。
ダノーギ子爵の裏には、西の大国の影が見え隠れしているそうです。いくら尋問しても、その点については黙秘を貫いているとか。
「情報が漏洩していると知れた時点で、こちらも体制を強化するなりしていますから大きな問題にはならないと考えますが……。ノヒト殿下はどうなりますか」
今回の件はノヒト殿下の扱いが焦点となっていました。というのも、王子が戦争を企てたなど民の知るところとなれば、王家の信用問題です。しかもダノーギに操られて、というのが一層良くない。
とはいえ、お咎めなしでは両国間にわだかまりができますしね。
おふたりの話を聞きながら、難しい話はよくわかんないなーなんて心の中でため息をつきます。そんなことよりこのスープおいしい。コクがあってまろやかで。ウミガメのスープだそうです。おかわりほしい……。
と、そのとき。陛下が思い出したように少し大きな声をあげました。
「実は客人があってな」
陛下が手をあげると、扉が開いてひとりの男性が入って来たのです。
「おいっす!」
ノヒト殿下でした。なんでここにいるの……。




