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私に内緒は通じません。~婚約破棄された令嬢はその夜、難攻不落の伯爵様と運命的な出会いをする~  作者: 伊賀海栗


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第33話 夕日に包まれる君が見たい


 ニナを部屋からどうにか締め出して振り返ると、ソファーにふんぞり返るノヒト殿下が右手の親指をグッと立てた。なんで自慢げなんだ。

 言いたいことはたくさんあるが、今は為すべきをなさねば。努めて冷静を装い、席へ戻る。


「続けましょう」

「ニナがいなくていいのか?」

「確実に必要だったのは殿下が内通者であると認め、黒幕について証言することだったので。以降の質問には答えずとも構いません。どうせ王都に戻れば繰り返し聞かれるでしょうし」

「面倒だからこの調書で全部通してよ」


 ノヒト殿下が力なく笑う。ニナがいてもいなくても、今の彼はつまらない嘘などつかないだろう。彼が求めてやまなかったものを、実際は彼自身が切り捨てて来たのだと気付いたのだから。


「それで、ダノーギの目的は?」

「俺を玉座につけると言ってたな。俺はそんなこと望んでないが……俺みたいな馬鹿なら傀儡にできるとでも思ったんだろ」

「ニナと会った場所……魔導省管轄の土地で密談をしたのはなぜです? よそ者は目立つはずですが。魔導省に仲間が?」

「ちょっと前に魔法薬の事故があって森の一部が立ち入り禁止になった。まぁその事故もダノーギの仕業なんだけどさ、その復旧人員に仲間を紛れ込ませとけば情報のやり取りが楽になるだろ。魔導省に仲間がいるかは知らねえよ」


 あの事故は一年以上前のことだ。僕がマーシャル子爵とゲールツ伯爵に目をつけたのもそれくらいの時期だったか……。

 異変を感じ取ってマーシャル・ゲールツ両家を泳がせつつ、ヤクサナでの半年に及ぶ調査を始めたのが一年前。半年滞在してわかったのは相手が小物ではないということと、用意周到であるということ。

 ノヒト殿下が黒幕だと思っていたのに、傀儡のほうだったとは。つまり、ダノーギの上にもまた別の大物がいるのだろう。最悪のパターンは西の大国が裏で糸を引いているというものだが……とにかく、ダノーギを押さえれば当座の危機は回避できるはずだ。


「ありがとうございました。では僕はこれで――」

「終わりか? 他に仲間はいないのかとか聞かなくていいのか? この状況がダノーギに筒抜けだったらどうすんだよ?」

「先ほど捕らえたスパイから定時の連絡についても聞いていますので問題ありません。ダノーギはしばらく泳がせます。というよりここから先はサキマ殿下に任せます」


 立ち上がって部屋を出ようとした僕の背中に、ノヒト殿下の声がかかる。


「符丁があるんだ。『今日は大雪』って言えよ、それが定時の挨拶だからな」

「ほかには?」

「あとふたつ、『曇天』が警戒しろって意味で、『いい天気』は今すぐ証拠を隠滅しろって意味」

「スパイの説明と違いますね」

「どっちを信じるかは任せるぜ――と、もうひとつ」


 彼の声のトーンが変わった気がして、僕も背筋を伸ばした。

 真っ直ぐに見つめる真剣な眼差しは、ヤクサナに嫁いだかつての王女にそっくりだ。僕も肖像画でしか見たことはないけれど、凛として美しい瞳だった。


「お前、頭いいのになんでアイツに勘違いさせたままにしてんだ?」

「……殿下はニナや僕の心の機微には敏いのに、周囲の本音にはずっと気付かなかったんですね」

「うるせぇ、傷口をえぐるな。でもニナも同じだったろ。周りから見りゃわかりやすいお前の態度も、ちゃんと言ってやらねぇと気づかないんだからさ。あーあ、ちゃんと口説けばよかった」

「すでに口説いてたでしょうに。まぁ、いろいろありがとうございました」


 部屋を出て応接室へ向かう。

 ノヒト殿下の自供およびスパイの検挙を受けて発足した捜査本部を、この応接室に設置したのだ。そこで指揮をとる者に「符丁」の件を伝え、僕のここでの役割を終えた。

 ダノーギやノヒト殿下をどう扱うかはヤクサナが決めることであって、僕らは関係ない。ただ、納得できない結果となれば抗議はするし、両国の関係に影響はするだろうけど。


「さて……行くか」


 さっきは恥ずかしくなって追い出したが、ニナと話をしないわけにはいかない。

 まったくあの王子は、僕のタイミングなどまったく無視でとんでもないことを仕掛けやがって。僕だってずっとこのままでいいとは思ってなかったし――。


「うわ」


 階段を上った先の大きな窓には物々しい鉄の格子が嵌まっている。この城塞の窓すべてがそうなっているのは、魔獣の侵入を阻むためだろう。

 その格子の向こうに、真っ赤な空が広がっていた。燃えるような夕空があまりに美しくて、それを誰かに伝えたいと思ったとき真っ先にニナが思い浮かんだのは……決して彼女の赤い髪を連想したから、だけではない。


 日が沈む前に彼女の元へ向かわなくては、そう思ったら自然と足が速くなった。

 彼女は「眩しい」としかめ面をするだろうか。それとも「すごいすごい」と喜ぶだろうか。どうせなら屋上でこの景色を見てみたい。赤い光に包まれた彼女はさぞ……。


 ニナの部屋の前まで来て、ノックをしようとした手が止まる。先に呼吸を落ち着けるべきではないか? 髪の乱れくらいは直しておかないと失礼だし、走ったせいでシャツも少しよれてしまった。それから――。


「わわわっ! アプシル卿、こんなところでしゃがみ込んでどうなさったのですか」

「……ローザか。いや、少し驚いただけだよ」


 まさか心の準備をする前に開くとは思わないだろうが!





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