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私に内緒は通じません。~婚約破棄された令嬢はその夜、難攻不落の伯爵様と運命的な出会いをする~  作者: 伊賀海栗


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第13話 真実は期待を裏切るもので


 バートンパークでの散策を終えた私たちは、夜にも観劇に行こうと約束をしてボガート家のタウンハウスへと戻りました。

 朝には朝の、昼には昼の、かつ自宅用や散歩用のドレスがあるように、夜のお出掛けにはそれ相応の装いが必要ですからね。


 ドリス様は私を送り届けると、夜にも連れ出す旨をお父様に告げてからご自宅へ戻られました。お互いに着替えを終えてからあらためて出掛けよう、ということです。


 お父様はドリス様を見送った後、私をそっと抱き締めてからご自分の部屋へと戻って行かれます。


「お父様」

「ん?」


 私のこと好きですか、と聞きたくなって呼び止めて。

 だけど振り返ったお父様の目があまりにも優しかったから、私は「なんでもない」と首を振りました。


「ありがとうって、言おうと思って」

「お前が幸せになったとき、また聞かせておくれ」

「ん」


 思えばお父様もお母様も、それにお兄様も、私に嘘をついたことはないんですよね。隠し事をしようとしてもできなかった、ということもきっと何度もあったでしょう。それでも彼らは不気味に思わずうざったがらず、常に真面目に真っ直ぐに私を愛してくれた。

 私はこの家に生まれて本当に良かったです、本当に。


 夜になって再びいらっしゃったドリス様と、劇場へお出かけです。

 馬車はお城へ向かうときとは違う、少し小さい二人用のクーペでした。劇場は繁華街の中心にあり、小さいほうが小回りが利くからでしょう。

 けれど並んで座れば触れ合う左肩ばかり意識してしまって、なんだか頬っぺたが熱い。今までこんな気持ちになったことないのに。

 一方ドリス様は彼我の距離の近さなんてまるで気にならないみたいに、いつもと変わらない調子でふわりと笑顔を浮かべています。

 夜会に出席するたびに夜の王都を走るわけですから、窓の外は見慣れた光景……のはずなのに、今夜はいつもの五割増で輝いて見えます。

 ガス灯の炎がその下を歩く人々を温かく照らして――。炎といえば、私、パークで不思議なものを見た気がします。


「炎……」

「どうかした?」

「さっき、キェル様の手が燃えたように見えたのですが、どうにも見間違いだと思えなくて」

「ああ。あれは僕の魔法です」

「は?」


 びっくりした。とってもびっくりしました。

 事もなげに言うけど、それってすごいことです。この国では魔術師が滅多に生まれないし、生まれたら大喜びで王国の魔術師団に入ってエリート街道をひた走るのが普通なんですから。

 なんで普通の……いえこの人は全然普通じゃないけど……一般貴族みたいな顔してるんでしょうか。


「なんで秘密にしているんだって顔だね。答えは簡単で、隠密行動に都合がいいから」

「それ他人に言っていいことじゃないですよね」

「ニナはもう他人じゃない。僕は生まれながらに国の陰でひっそり動くことを義務付けられていたんだ」

「全然陰から出てますけど」


 美貌も成果もまるで隠れていないのに何が隠密だって言うんでしょう。

 でも待ってください。ドリス様は能力が目的で私に近づいてきていたんですよね。彼の本当の任務がデータいじりではなくて、国家機密に類するものだったとして。私にそれを伝えるってことは?


「ふふ。いろいろ知りたいのでしょう。どうぞ、なんでも聞いてくれて構わないよ」

「私、知りたいです。あなたのこと。だけど、聞くのが怖い。真実を知るのが怖いのではなくて、秘密を暴くことが」

「そうだったね。じゃあ魔力を意識することから始めよう。力の使い方を覚えるって言ったろ? 僕が教えてあげるから、聞きたいこととそうでないことを意識して質問できるようになろう」


 そう言って彼は私の手を握りました。子山羊革(キッドスキン)の手袋越しに、何か温かなものが私の手を包み込むのを感じます。そのうち、全身がポカポカして来ました。


「これが魔力。身体の中を巡ってるのがわかるね?」

「はい」

「動かせる? 右手に意識を向けて、血液が流れていくようなイメージで」


 彼の言葉に従っていくつかの行程を終える頃には、体内の魔力の存在を感じ取れるようになりました。言葉に魔力を乗せる、というのも未熟ではあるけどなんとなく区別できるような気がする。

 ドリス様は満足げに頷いて私から手を離します。


「それじゃああらためて、さっきの話だけど」

「私はまだ上手に質問ができないので……ドリス様の判断で、言えることを教えてください」


 大丈夫、魔力は乗っていないはずだし、それに質問したわけでもないはず。きっと大丈夫。

 わかった、と言って語り出した彼の言葉は、本音を言えば期待していたものとは違っていました。


「昔、ブレスレットの盗難事件があったね」

「ぶれすれっととうなんじけん」

「ゲールツ伯爵令嬢がブレスレットを我が物にしようとしてた」

「あー。拾ってくれただけだと思って大喜びしたやつ」


 モニカも「アネリーンが盗んだ」みたいな趣旨のことを言っていたように思います。

 古い話をよく覚えて……っていうかやっぱりみんなアレは盗難という意識だったんですね?


「うん。あのときに僕は君が能力者だと気付いたんだ。魔術の分析が仕事のひとつだったせいもあってね。当時すでに国の仕事をしていた僕はすぐに陛下に報告し、君を観察する任が命じられた――で、その能力について大体把握できた、というわけだ」

「任務……」

「僕は君を守るためにいる。でもそれは能力者だからというだけじゃない。ニナを好きだと言ったその言葉に偽りはないよ」


 ドリス様は私を抱き締めてくれたけど、私は生まれて初めて相手の言葉を疑ってしまったのです。

 必ず真実を知ることができるという能力を封じた結果、相手の言葉が信じられなくなってしまった。能力の存在を知らなかったときと何も変わらないはずなのに、私は疑うことを覚えてしまったのだとわかりました。


 なんて言っていいかわからないまま、私たちは劇場へと到着してしまいました。ドリス様の手をとって馬車を降りると、彼は私の顔を覗き込んで笑い出したのです。


「そんな悲しい顔をするくらいなら、無理に本音を聞き出せばいいのに」

「や、いやです、そんなの」

「ああ、そういうところも好きなんだよ。覚えておいて」


 彼は私の手を取りそっと唇を落とすと、意地悪そうな笑みを浮かべました。そしてそのまま私の手を握りしめ、劇場へと入って行きます。

 なんだか誤魔化されたような気もするし、だけどやっぱりちょっとだけ嬉しい。そんな複雑な気持ちのまま彼について歩いていると、前方によく知った顔を見つけました。

 ゲールツ伯爵夫妻およびマーシャル子爵夫妻。キェル様とアネリーンのご両親です。彼らは人目を忍ぶように暗がりで難しいお顔をしていて……そしてドリス様はそんな彼らを鋭い目で見つめていたのでした。


 ああ、これはデートではなく任務でここに来たのだと、直感的に理解したのです。




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