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第29話 ~美しくもどこか妖しい旋律の詠唱が始まる。 彼女の華奢な肢体が輝きに包まれていった――~



「白獅子の軍旗まであと少しだっ、一気に突っ切るぞ」


 先導する隊長の声が聞こえ、ノイシュは仲間達とともに速度を上げた。


 頬に受ける風がさらに強くなっていく。


 次第に視界がぼやけて映る。


 それでもひたすら力強く地を蹴り、隊長の背中だけを追った。


 少しずつ息が切れ始め、振り上げる手足が重くなっていくが懸命に突き進む。


 やがて周囲の喧噪までも間延びしていき、はっきり知覚できるのは仲間の声と自分の呼吸音だけになっていった。


 ふと人だかりに遭遇するものの、構うことなく隊長の後を追って一気にその脇を通過した。


 おそらく敵戦士の隊列だったのだろう――


「前方っ、はっきりと敵本隊を視認できますっ……他に敵部隊は見当たりませんっ」


不意にすぐ前を走る修道士の声が耳に届き、ノイシュは荒い息を吐きながら前方へと眼を凝らした。


 そこには壮麗な装備で身を固めた戦士や術士の一団が居並んでいる。


 思わずノイシュは掌を強く握った。ついに、僕達は敵本隊へと到達したんだ――


「――敵本隊に術連携を使わせるなっ、こちらから先手を打つんだ……ッ」


 すかさずマクミルの指令が耳朶を打った。


「私がやりますっ」


 素早く反応したノヴァの声を聞き、ノイシュは思わず顔を向けた。


 視界の先で彼女が速度を緩めていく。


 その光沢ある唇が開き、美しくもどこか妖しい旋律の詠唱が始まる。


 彼女の華奢な肢体が輝きに包まれていった――


「――発現せよっ、【激震断裂】……ッ」


 ノヴァが術句を結んだ次の瞬間、その輝きが一閃するのをノイシュは視認した。


 直後に重低音の響きが自らの耳朶を打った。


――まっ、まずい……ッ


 無意識に自らの両脚に制動をかける。


 その動きは理性というよりも本能だった。


 視界に映った他の小隊の仲間達も、次々とその動きを急いで止めていく。


 自分達のすぐ前方に居並んだ敵部隊の足許が、その震えを激しくさせていくのが分かった。


 やがてその地表から次々と網の目状の亀裂がはしっていく。


 自らの躍動に耐え切れなくなった地面が、縦横に断ち割れていくのをノイシュは視認した――


「じっ、地面がぁァッ」


「足許が、崩れていく……ッ」


敵本隊から驚きや悲鳴に似た声が湧き上がっていく。


 その間にも地面の崩壊が進み、轟音を立てながら無数に地面が柱のように隆起し、また深く陥没していくのを繰り返す。


 周囲から舞い上がる粉塵が彼らを呑み、大地の煙幕に敵本隊が覆われていった。


 絶叫とともに敵戦士達の弄ばれる光景が広がっていく。


 ある術士は激しく宙へと噴き上げられた。断ち割れた地面の裂け目へと落下していく者もいた――


それらの光景をこれ以上は正視できず、ノイシュは背を向けた。


 ふとノヴァへと眼をやると、彼女は真摯な面持ちのまま術を発現させて続けている。

 

 その姿は理不尽さを覚えるほどに強く、美しい――


「みんな、あそこを見て……っ」


~登場人物~


ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手


マクミル・イゲル……ヴァルテ小隊の隊長。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、増強術という支援術の使い手


 ウォレン・ガストフ……ヴァルテ小隊の隊員で、戦士。男性。あらゆる術を無効化する術耐性の持ち主


 ノヴァ・パーレム……ヴァルテ小隊の隊員で、術士。女性。様々な攻撃術の使い手


 ビューレ・ユンク……ヴァルテ小隊の隊員であり、術士。また修道士でもある。女性。回復術の使い手


 エルン・ルンハイト……ノイシュおよびミネアの義妹。術増幅という超高位秘術の使い手



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