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第20話 ~あれを合図に女王である私が兵を率い、援軍に駆けつける手筈となっていたはずです~



「部隊長殿っ、大扉が開きました……っ」


 すぐ傍らで声を聞き、デドラは顔を向けた。


 そこにはかしづく男と、彼に向き合う甲冑を着た戦士の姿があった――


「全員、門外にて整列せよっ」


 部隊長の男が胸を張って声を上げると、居並ぶ戦士達の前列の者から開放された門へと向かっていくのをデドラは見た。


 隊伍を乱す事のなく進むその挙動は見事であり、彼等の表情には緊張と悲愴な覚悟が浮かんでいた――


「デドラ陛下……っ」


 不意に聴き慣れた声がして振り向くと、そこには壮年の男が立っていた。


 その顔には深い憂慮が浮かんでいる――


「本当に良いのですか。このセシル、陛下の今の様なお姿を見るなど……」


――セシル…… 


 デドラは眼を細めて自らの姿を見やった。


 そこにはこれまでの様な刺繍のある被服や、煌びやかな宝石など見受けられない。


 代わって視界に映るのは鈍い輝きを放つ小札という金属片であり、それらを繋ぎ合せてできた甲冑だった。


 自らの細い身体には想像以上の重量であり、自分の腕を上げるだけでずしりとくるものがあった。


 でも――


「――何を言うのです。セシル」


デドラはゆっくりと首を振った。


「角笛の響きが聞こえなかったのですか。あれを合図に女王である私が兵を率い、援軍に駆けつける手筈となっていたはずです」


「しかしっ……」


 不意にセシルがこちらへと詰め寄ってきた。


「これより先は戦場でございます。陛下の御身に、もしもの事があらば――」


「それでも、私は行かなければなりません」


 そう告げると静かに両眼を閉じた。


 セシルはこれまで自分に長く仕えていたので、その心配する気持ちも分かった。


 自分が幼い頃には教師として、両親が死んでからは親代わりとしてずっと傍にいてくれた――


――今までありがとう、セシル……


「陛下、ご乗車を」


 不意に呼ばれて振り向くと、すぐ傍らで部隊長がまっすぐにこちらを見据えていた。


 既に戦士達の姿は門内にない。代わって彼の隣には数名が搭乗できる車と御者の姿があった。


 そして戦車には身体の細長い二頭の獣が繋がれている――


「――ともに参りましょう、セシル」


 そう告げるとデドラは戦車へと一歩を踏み出した。


 後ろから続く足音を確認しながら戦車へと向かっていき、そのまま乗車していく。


「陛下、縁におつかまり下さい」


 御者の声を聞いた直後、鞭のしなる音が響いた。


 獣達が鳴き声を上げて歩み出し、戦車が少しずつ動き出していく。


 デドラは揺れを感じて車体の縁を握った。


 視界の先では聖都の入り口である巨大な門が迫ってくる――


――そう、聖都の為に戦っている戦士達が、私に助けを求めているのですから……っ


大門に差し掛かると視界が薄暗くなっていった。


 戦車はそのまま広い通路を進み、車軸の回る乾いた音が周囲に響くのをデドラは聞いた。


 近づいてくる出口からは差し込む光が、やけに明るく感じる――


――信じております、ヨハネス様。今は暗い私達の国もきっと、明るい未来があるはず――


次第に向こう側の景色を視認できるようになり、デドラはそっと眼を細めた。


 手勢の衛兵達が整然と隊列を組み、自分の命令を待っているのが分かる――


――この国のこれからの為に、私も戦います……っ


門を抜けた瞬間、一気に視界が開けた。


 手前で居並ぶ衛兵隊の先――思ったよりもすぐ側に戦場は広がっていた。


 集団で詠唱している大神官率いる術士隊だけでなく、その先で繰り広げられる術戦士隊の交戦する姿さえも視認できた。


 更にその奥では獅子を綴った数多の軍旗がひしめいている。


 言うまでもなくレポグント軍のものであり、その様子から既に味方の前線部隊は包囲されてしまっているのが分かった――


――トドリム……ッ


 不意に身体が外側へと引かれるのを感じ、デドラは手前に視線を向けた。


 そこでは戦車が大きく旋回し、手勢の部隊のすぐ脇を迂回いくのが見えた。


 思わず手許の縁を強く握った。


 何とか体勢を保っていると、やがて戦車が速度を落としていく――


「デドラ様」


 セシルの声がして目線を上げると、彼は別の方向を見やっていた。


 つられて自らも視線を向けていくと、そこには隊列を組み終えた戦士達の姿がある。


 獣達のいななきが耳朶を打った途端、戦車が停止した――


「陛下」


 先ほどの部隊長が足許へと駆け寄り、素早く片膝をついた。


「聖都に残った戦士達は全員、ここに揃っておりますっ……ご命令をっ」


 デドラは戦士達を見渡していった。


 決して兵数は多いとは言えず、半数は親衛隊の見知った顔ぶれだ。


 これまで自分の側で付き従い、この身を守ってくれた彼等に戦場で死ねと命令しなければならない――


――ごめんなさい、私の力が及ばずに……


「――皆さん」


 デドラが静かに眼を細めた。


「前線の様子をご覧になったでしょう。あそこでは味方の戦士が、一緒に笑った友が、大切な恋人や愛すべき子ども達が戦っています」


 そのまま両腕をゆっくりと、自らの胸へと持っていく。


「この瞬間にも彼等は我々の為に命を懸けています。手傷を負い、血を流しながら……っ」


デドラは眼を閉じ、首を横に振った。


「彼等を見捨てるなど、私はできません。助けに行かなければ。皆さんも、一緒にきてくれますか」


 直後に居並ぶ戦士達が拳を振り上げ、次々と喚声を上げていった。


「聖都のためにっ」


「女王陛下のために……ッ」


――皆さん、ありがとう――


「陛下……っ」


 すぐ後ろからセシルの声が聞こえた。振り向くと老翁が固く唇を引き結んでいる。


「見事な、お言葉でした……っ」


そう告げる彼に向けて、デドラはそっと微笑んだ。


「セシル、貴方のお孫達もあそこの前線で戦っていましたね……さぁ、参りましょう」


不意にセシルが大きく息を吸い、俯いていった――


「――はいッ」


 デドラはひとり頷くと手にした鉄仮面を被った。


 瞬く間に視界は狭くなり、驚く程の重量を感じるものの静かにこらえる――


「――全軍、出撃ッ」


 デドラが声を発すと、前列の戦士達が力強く歩を進めていった。


~登場人物~


 デドラ……リステラ王国に君臨する女王。女性。


 セシル……リステラ王国の廷臣。男性。


 トドリム……王弟であり公爵。リステラ王国軍の術戦士隊の大将。男性。

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