第15話 ~みんなに知らせてきます。聖都を巡る戦いが始まったって~
左右から伸びてくる葉をノイシュは掻き分けた。
足許に眼を懲らし、下草が踏まれている場所を確認しながら進む。
この道筋で合っているはず、そう理性が告げるものの道なき道を進むのでどこか不安は拭い切れない。
傾斜の急な坂のため足取りが重く、背中から多量の汗を感じる。
時おり立ち止まって周囲を見渡すが、不審な人影は見受けられなかった――
――本当に僕は、小心者だな……
ノイシュは思わずかぶりを振った。
どうしても敵の斥候がどこかにいるのではと疑ってしまう。
しかし同時に無理もないと思った。
大神官ヨハネスにより若輩の自分達が、敵本隊への奇襲攻撃という大役を任されたのだから――
ノイシュは視線を正面に戻し、再び人の通った痕跡をたどった。
この先に隊長がいるはずった。
やがて律動を刻む音を聴覚がとらえる。
それは歩を進めるごとに大きくなっていき、道程が間違いない事を確信する。おそらく陣太鼓であろう。つまり、どちらかの軍が動き始めたという事か――
視界の先が少しずつ明るく開けてきた。もうすぐ森が途切れる、そう思うと自然に速足になっていく――
「遅いぞ、ノイシュ」
ようやく坂をのぼり切り、ノイシュは激しく呼吸しながら声のした方に視線を送った。
そこでは背中を向けたまま佇むマクミルの姿があった。
彼の奥では視界が一気に開け、そこから先は崖になっているのが分かった。
「申し訳ありません、隊長」
そう告げながらノイシュは隊長の傍に向かって歩を進めた。既に耳許には戦士達の喧噪までもが届いていた――
「ついにレポグントが動き出した」
マクミルがゆっくりと腕を上げて一点を指し示していった。
ノイシュがその先を追うと、そこには黒地に金色の獅子をあしらった無数の旗が立ちのぼっていた。
敵陣からは太鼓の音が激しく打ち鳴らされ、整列した各部隊がその律動に合わせて進撃している――
「向こう側を見てみろ」
マクミルが別の方向を指し示し、ノイシュが再び視線を向けるとそこには別の軍団がレポグントの陣と対峙している――
――あれが、味方の軍……っ
ノイシュは眉間に力を込めた。
視認する限り、敵の兵数の半分にも満たない。
やはりこちら側が劣勢に立たされている――
「ヨハネス様や陛下は大丈夫でしょうか、本当に……っ」
そこでノイシュは固く唇を引き結び、その先に続く言葉を押し留めた。
本当に、この戦いで僕達は勝てるのか――
「さあな」
そう応える隊長の方に思わず視線を向けた。
「でも、このままじゃ――」
「分かっている……っ」
マクミルがこちらを見据えてきた。
「しかし、俺達の任務は敵の間隙を突いた急襲だ。あれだけの敵部隊がラードヘルンを守護していては、こちらも身動きがとれない」
眼前に立つ戦士の双眸は、静かでありながら強い闘志の色をたたえていた。
その姿に気圧されてノイシュは息を呑み、うつむいた。
――僕達は、一方的に蹂躙されていく仲間達の姿を黙って見ているしか……っ
ノイシュは強く眼をつむった。ふと義妹の姿が脳裏に浮かぶ――
――ミネア、君に逢いたい。今すぐに……っ
「間もなく両軍が、激突するぞ」
隊長の声を聞き、ノイシュは奥歯を噛んだ。
――これがリステラ王国の存亡を懸けた、最終決戦になる……っ
ノイシュは身体の向きを変えると、先ほど来た方向へと歩み始める――
「どこに行く、ノイシュ」
隊長の声が背中にかかり、ノイシュは静かにかぶりを振った。
「みんなに知らせてきます。聖都を巡る戦いが始まったって――」
~登場人物~
ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手
マクミル・イゲル……ヴァルテ小隊の隊長。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、増強術という支援術の使い手
ウォレン・ガストフ……ヴァルテ小隊の隊員で、戦士。男性。あらゆる術を無効化する術耐性の持ち主
ノヴァ・パーレム……ヴァルテ小隊の隊員で、術士。女性。様々な攻撃術の使い手
ビューレ・ユンク……ヴァルテ小隊の隊員であり、術士。また修道士でもある。女性。回復術の使い手
エルン・ルンハイト……ノイシュおよびミネアの義妹。術増幅という超高位秘術の使い手




