第13話 ~みなさんっ、ご武運を……っ~
「あの声は、一体――」
とっさにそう告げた直後、隊長が大扉を押し開いた。
瞬く間に外光が差し込んできてノイシュが思わず眼を細める。
ゆっくりと視力を取り戻していく中、激しい喧噪が耳朶を打つのを感じた――
――これは……っ
思わずノイシュは眼を見開き、周囲を見渡した。
沿道には性別や年齢の別なく数多の人々が並んでいる。
彼らは沿道を進む戦士達の肩を叩き、熱のこもった声をかけている――
「「戦士達に栄光あれッ」」
「「みなさんっ、ご武運を……っ」」
――こんなに沢山の人が、戦いに赴く僕達の事を……っ
「行くぞ、ノイシュ」
不意にこちらの名前を呼ぶとマクミルが歩を進めていく。そして隊長の後をノヴァ、ウォレン、ビューレが続いた――
「お義兄様……」
隣から少女の声が聞こえるとともに手を握られる。ノイシュが振り返ると、義妹がこちらにまなざしを向けていた。その表情には不安とともに、小さな決意を宿しているのが分かった――
「……うん。行こう、エルン」
ノイシュは彼女にそっと微笑み、街路へと足を踏み出した。仲間に遅れないよう石畳を進んでいくと、沿道からこちらにも拍手や声援が送られてくる――
「「命を粗末にするなよ……っ」」
「「その魂に幸あらんことを――」」
頭上から降り注がれる幾多の花片が落ちていくのを見ながら、ノイシュは止まることなく通り路を下っていく。
やがて大通りに入ると更に沢山の人々が戦士達へと声援を送っていた。
前方ではマクミルもまた次々と肩を叩かれるが、彼は黙したまま下り坂を進んでいく。
その後に続くノヴァは微笑を浮かべながら人々に手を振っており、ビューレは指を折って沿道の人々に祝福を送っていた――
「戦士様、どうかこれを……っ」
ふと沿道から若い娘が進み出るのにノイシュは気付いた、
彼女は手にした木製の大皿を掲げてひざまづく。
そこには果実類が載せられていた。
ウォレンが会釈するとそこから一つを掴み取り、大きく頬張っていく。
ノイシュは彼女の表情が深い憂慮を浮かべている事に気づいた――
――違う、彼女だけじゃない……っ
ノイシュは静かに眼を細めた。沿道から発せられる声援もどこか悲痛なものを含んでいる。
きっと彼等は怖いのだ、いつこの都が略奪に晒されるか分からないのだから――
――僕達が敗れたりしたら、この街に住む人々はその命さえ危うくなるんだ……っ
「――ノイシュさん、あんた……っ」
不意に名前を呼ばれて振り向くと、一人の老いた男性が驚きの表情を浮かべている。
かつて幾らの金を施した老人だと、ノイシュはすぐに気付いた。
彼の両隣には、貧しい身なりの子どもが二人立っている。
容姿が似ており、彼らは姉弟だと分かる――
――確かあの子達は、僕が食べ物を配ってあげた……っ――
「お兄ちゃん、がんばって……ッ」
「負けないで……っ」
幼い姉弟の放った声に、ノイシュは思わず強く奥歯を噛んだ。
胸の奥が震えてとっさに自らの胸ぐらをつかむ。
鼻の奥から痛みが湧き上がった――
――僕はかつて君達の様な子どもを捨てた人間なんだ……あの子達に祝福を受ける権利なんて僕には、僕には無いのに……ッ――
「ノイシュ様……っ」
傍らから義妹の声が耳に届いた。ノイシュは溢れてくる涙を拭い、銀髪の少女に向かって微笑んでみせた――
「ありがとう、もう大丈夫だから」
眼前の少女は何も言わず、ただまなざしを向けてくる。
ノイシュは正面に向き直ると、静かに頷いた。
――戦わなきゃっ……何があっても僕達は、この都を守らなきゃいけないんだ……っ
未だ止まない沿道の喚声を聞きながら、ノイシュは街道の石畳を踏み締めた。
~登場人物~
ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手
マクミル・イゲル……ヴァルテ小隊の隊長。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、増強術という支援術の使い手
ウォレン・ガストフ……ヴァルテ小隊の隊員で、戦士。男性。あらゆる術を無効化する術耐性の持ち主
ノヴァ・パーレム……ヴァルテ小隊の隊員で、術士。女性。様々な攻撃術の使い手
ビューレ・ユンク……ヴァルテ小隊の隊員であり、術士。また修道士でもある。女性。回復術の使い手
エルン・ルンハイト……ノイシュおよびミネアの義妹。術増幅という超高位秘術の使い手




