第12話 ~自分の居場所はここなんだと思えた。 たとえそれが、戦場に向かう小隊だったとしても~
扉の向こうから床を踏む足音が耳に届き、ノイシュは耳をそばだてた。
靴音は次第に大きくなり、金属が擦れる音も聞こえてくる。
やがて扉の前を過ぎるとともにそれらは小さく、遠ざかっていく。
ノイシュは息を吐き、はやる鼓動を抑えるべく胸に手を当てた。
今朝から部屋の外では数多の戦士達が往来しており、その度に緊張を強いられてしまう――
――やはり行くんだな、みんな……
ノイシュは奥歯を噛み締めた。
この宿舎に住んでいるのは全員が戦士もしくは術士だ。
今日という日を迎えた以上、支度ができ次第、僕達は出陣しなければならない――
ノイシュはかぶりを振ると衣装棚を開けた。
吊された鎖帷子が視界に入り、両手にとると上腕に容赦のない重みを伝えてくる。
膂力を込めてそれを引き出すと頭から一気に被った。
そのまま袖を通し、着込み終えるとため息をつく。
ふと棚の裏扉に据えられた鏡面へと視線が移り、その奥でこちらを見据える青年と視線が合う。
戦士とは思えないほどの細身と、覇気のない顔――
ノイシュは静かに眼を細めた。
これまで自らの容姿はずっと嫌いだった。
なのに今は、どこか親しみさえ感じられる。
頼りないけど、しっかりな、僕……――
ノイシュは自らに向かって頷くと、その脇に吊るしてある戦士服へと視線を移す。
前後に丈の長いその布地を掴み、着込んでいく。革帯を腰に巻き、片手剣を備え付ける――
「お義兄様」
ふと自分の名前が呼ばれて振り向いた。
そこにはいつの間にか義妹が扉の近くに立ち、こちらへとまなざしを向けている。
少女は首元から膝丈までがひと綴りでできた厚手の被服をまとい、さらにその身を革製の上着で覆っていた――
「似合ってるよ、エルン」
そう告げると努めて微笑んでみせる。
成長途中の彼女に重い防具は厳しいので、なるべく丈夫で動きやすいものを選んだつもりだった。
「はい……っ」
彼女も緊張しているのだろう、その声音はどこか硬い響きを含んでいた。
「準備はいいかい」
そう告げながら兵糧や日用品等を詰めた皮袋を持ち上げる。
義妹は唇を引き締めながらも頷いた――
「じゃあ、行こうか」
ノイシュは扉の前まで歩いていくと、壁に掛けてあった大剣を手に取った。
息をついて扉の取っ手を下し、そのまま押し開いていく。
廊下へと一歩踏み出したところで、ふと後ろに振り返った。
そして視界に映る自分の部屋を静かに眺めた――
――また僕は、この部屋に戻って来られるかな……――
ノイシュは強く眼をつむり、大きくかぶりを振った。
――止めよう、今はやるべき事だけを考えるんだ――
ノイシュは眼を開くと歩を進めた。
義妹も廊下に出たのを確認したところで扉を閉め、しっかりを鍵をかける。
顔を上げて周りを見渡すが、そこには誰の姿もない。
少し前までは忙しく足音が聞こえていたが――
「……外に出るよ、エルン」
そう告げるとノイシュは足早に歩を進めた。
人の熱気が残った空気を感じながらも突き当たりで身体を捻ると、側にあった木製の階段で下へと降りていく。
何故だろう、自分だけが取り残された様な気がして焦りを覚えてしまう。
戦場へ行くことには、不安しかなかったはずなのに――
ようやく玄関の広間へと足を着けた時、不意に肩が叩かれた――
「ノイシュ」
自分の名前を呼ばれて慌てて振り向くと、こちらの動きに驚いた様子の少女がそこにいた。
白の修道服と黒の外套を着込み、肩まである髪を後ろで束ねた黒い瞳の女性――
「……ごめん、ビューレ」
思わずそう告げると、修道士の少女は静かに首を振った。
「……行こう。みんな、集まってるよ」
そう言って彼女が入口に視線を送るので、こちらも同じ方向を見やった。
大扉の脇では既に小隊の仲間達が集い、こちらを見据えている。
気高く鋭い眼光をもつ隊長、まるで塑像に整った容姿と凛とした佇まいの淑女、微笑みながらもどこか悲壮な雰囲気が漂う巨躯の戦士――
――マクミル、ノヴァ、ウォレン――
彼等の姿を見て、ノイシュは自分の鼓動が落ち着いていくのを覚えた。
自分の居場所はここなんだと思えた。
たとえそれが、戦場に向かう小隊だったとしても――
「待たせてごめん。みんな……」
「そんな事ありません」
ノヴァがゆっくりと首を振った。
「これで全員、揃ったな」
ウォレンは静かに一人うなずいた。マクミルはその鋭い視線で仲間達を見渡していく――
「行くぞ、他の部隊は既に出陣している」
そう言って彼は外へと繋がる大扉に手をかけた。ふと、ノイシュは戸外が何やら騒がしい事に気づく――
~登場人物~
ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手
マクミル・イゲル……ヴァルテ小隊の隊長。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、増強術という支援術の使い手
ウォレン・ガストフ……ヴァルテ小隊の隊員で、戦士。男性。あらゆる術を無効化する術耐性の持ち主
ノヴァ・パーレム……ヴァルテ小隊の隊員で、術士。女性。様々な攻撃術の使い手
ビューレ・ユンク……ヴァルテ小隊の隊員であり、術士。また修道士でもある。女性。回復術の使い手
エルン・ルンハイト……ノイシュおよびミネアの義妹。術増幅という超高位秘術の使い手




