第11話 ~また会おう。聖都を守る戦士として~
「――ミネアは、全ての大神官達の魂を取り込むつもりなんだと思う」
「ノイシュ、それって……」
少女の控えめな声音が耳に届き、ノイシュはそっとビューレの方へと視線を向けた。
「もちろん、僕は今のミネアの人格を完全に把握している訳じゃない。けれど――」
不意に義妹の姿が脳裏に浮かび、胸中で鈍い痛みがはしる。思わず自らの胸を強く握ると、ノイシュは静かに目をつむった。
「エスガルは、たしかに言っていた。この乱れきった世界を統べるには、圧倒的な魂が必要だって」
「圧倒的な魂……つまり、イアヌ大陸にいる全ての大神官達の魂のことか……っ」
不意にウォレンの声が耳に届き、ノイシュはゆっくりと頷いた。
「――エスガルという狂気の魂を取り込んだ義妹は、彼の亡霊として大神官達の魂を求めている――」
――ミネア……やはり君は魂達の渦の中に、呑み込まれてしまったんだね……――
「――そして大神官であるエルンのご両親とミネアが戦うことになった……そう言うことですね」
攻撃術士の言葉を聞き、ノイシュは両眼を開くとうなだれた。きっと凄絶な戦いだったのだろう。初めてエルン達を見た時の、あの絶望的な表情が脳裏に浮かび上がってくる――
「――あくまで僕の考えは、憶測に過ぎないけれど……」
「しかし、そう考えれば全て納得がいく。良い読みだと思う」
そう応えてくるマクミルの声が、胸の中で冷たい余韻を残した。周囲に広がる沈黙が耳に痛い――
「私っ……」
不意に義妹の声が上がり、ノイシュは彼女へと顔を向けた。
「私、どうすれば……っ」
――エルン……
「エルンちゃん……っ」
ビューレが義妹の肩にそっと触れていく。義妹もまた修道士へと視線を向けた。
「こんな事を言っても、気休めにしかならないけど……エルンちゃんのご両親の魂は、たとえどんな状態だろうと、あなたを見守って下さっています。きっと……」
「ビューレさん……っ」
そうつぶやいた義妹がうつむき、ゆっくりと肩を震わせていく。回復術士は静かに彼女の背中をさすっていた――
「……これからもミネアさんは、大神官達の魂を取り込み続けるのでしょうか……」
落ち着きのある声音が聞こえ、ノイシュはノヴァを見すえた。
「分からない……でも、ミネアがエルンの部族を滅ぼしてもなお、レポグントの陣でヨハネス様や術士達の魂を取り込み続けていた――」
「やはりあいつは、誰かの魂を求めて彷徨うのだろうな。暗紅の悪魔として」
脇からウォレンの声が耳に届き、ノイシュは黙って彼に視線を向けた。
「そう、誰かがあいつを止めなくちゃならないんだ」
巨躯の戦士ががそう言葉を続ける。ノイシュは強く掌を握り、両眼を閉じた。
――ミネア……もしまた君に巡り会えたら、僕はどんな顔をすればいいの――
「エルン、伝えておきたい事があるんだ」
不意に思い詰めた隊長の声音が耳許に届き、ノイシュは瞼を開けた。視界の先では彼と義妹が向き合っている。
「なぜノイシュが君を守ろうとするのか、俺にはよく分かった。君が彼の傍にいたいと願う、その想いもな」
隊長の言葉に、義妹がそっと目を細めた。
「マクミル様……」
「明日、俺達はレポグントと決戦するために出陣する。もし一緒に戦地へ赴けば君だって、死んでしまうのかもしれない……っ」
不意に隊長が深く頭を下げた――
「本当にすまないっ、君を巻き込んでしまって……っ」
――マクミル隊長……ッ
思わずノイシュは奥歯を噛み締めた。隊長だって本当は、まだ少女である彼女を同行させる事に迷っていたんだ――
「そんなっ、マクミル様……っ」
頭を下げ続ける彼を見ながら、義妹は首を横に振った。
「私の方こそ、勝手なお願いをしてゴメンなさい……っ、でも、どうしても、私……っ」
そう言ってエルンがこちらへと顔を向けてくる。ノイシュは奥歯を噛みしめると、そっと微笑んでみせた――
「……大丈夫だよ、エルン。僕はずっと君の隣にいるから」
「私も、エルンさんを守りますから」
背後から声がしてノイシュが顔を向けると、ノヴァがその凛とした雰囲気を湛えていた。
「安心するといい。俺が君の盾になるさ」
「もし怪我をしたら、私が治癒します……っ」
周りからウォレン、ビューレの声が続く。
「皆さん……っ、どうか、よろしくお願いしますッ」
瞼を震わせた義妹が大きく頭を下げた。不意に優しい風が頬をかすめ、草花が小さく揺れていく――
「――みんな……っ」
不意に隊長の声が聞こえ、ノイシュは彼へと視線を向けた。
「今日は皆とひとときを過ごせた事、本当に感謝している。明日は――」
マクミルがそっと眼を伏せ、そしてすぐに顔を上げた。そこにはいつもの鋭い眼光が宿っている事に気づき、ノイシュは静かに眼を細めた。
「――明日、また会おう。聖都を守る戦士として」
~登場人物~
ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手
マクミル・イゲル……ヴァルテ小隊の隊長。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、増強術という支援術の使い手
ウォレン・ガストフ……ヴァルテ小隊の隊員で、戦士。男性。あらゆる術を無効化する術耐性の持ち主
ノヴァ・パーレム……ヴァルテ小隊の隊員で、術士。女性。様々な攻撃術の使い手
ビューレ・ユンク……ヴァルテ小隊の隊員であり、術士。また修道士でもある。女性。回復術の使い手
エルン・ルンハイト……ノイシュおよびミネアの義妹。術増幅という超高位秘術の使い手
ミネア・ルンハイト……ノイシュの義妹であり、エルンの義姉。魂吸収術という超高位秘術の使い手。通称『暗紅の悪魔』。




