第10話 ~ミネアは、全ての大神官達の魂(アニマ)を取り込むつもりなんだと思う~
「――そうだ、みんなこれを見てよ」
ノイシュはわざと声を上げ、手を叩いた。そして脇にある手提げカゴから白い包み紙を取り出すと、敷物の上に置いていく。
「これは何だ……」
いぶかしむマクミルの声に、ノイシュは隣で座る義妹へと眼をやった。彼女が強張った顔つきで口を開く――
「あの、どうぞ良かったら……っ」
義妹が包み紙を開くと、中からは焼き菓子が姿を見せる――
「これ、エルンさんが作ったのですか」
ノヴァに驚きの声をかけられ、義妹が恥ずかしそうに頷いた。
「はい……穀物に動物の乳、糖分を使ってます。私の部族で好まれているおやつです」
「いい匂い……っ」
「一つ、食べてみていいかな」
周囲の仲間達が次々と義妹の手作り菓子を摘まむと、口に運んでいく。ノイシュは胸の鼓動が早くなるの感じながらも、彼らの反応を待った――
「これはっ……」
「すごく美味しいぞ」
「甘い物なんて、ずっと食べてなかった――」
ビューレだけでなく、ウォレンやマクミルまでが頬張りながら声を上げた
「お義兄様……っ」
義妹がこちらへと振り向いた。その安堵の笑みが、とてもまぶしく見える――
「エルンちゃんの故郷の事、聞かせてくれるかい」
ウォレンが早くも二つ目の焼き菓子を手にしながら、義妹に声をかけた。彼女がこちらに眼差しを向けてくるので、ゆっくりと頷いた。
「エルン、彼等は信用できる。隠し事はいらないよ」
そう告げると自らもまた居住まいを正す。彼女の身上については、まだ知らない事も多かった――
「――私の育った集落は、ずっと高い山々の奥深い所にあります。ここの聖都に比べたら、何もない静かな場所です」
義妹が語り出す言葉を仲間達は真剣な表情で聞いていた。時おり不安げな視線を向けてくる義妹に対しては微笑み、続きを促していく――
「みんな自分の畑を耕したり、家畜を育てる生活で……ずっと平和に暮らしていたんです」
「エルンさんの家も、そうなのですか」
そうノヴァが告げると、義妹はゆっくりと頷いた。
「はい。大神官の家系とは言っても、本当に小さな集落ですから暮らしは他の人と変わりません。違うことと言えば、霊祭日に母が小さな儀式を行う事くらいで……」
そう言ってかぶりを振る彼女に、ノイシュは思わず眉尻を上げた。しかし、それでは――
「でも、もしそうだとしても……」
不意に別の少女の声が聞こえ、ノイシュは視線を向けた。そこには遠慮がちに義妹を見据えるビューレがいた。
「どうして、ミネアはエルンちゃんの村を襲うなんて事を――」
そこまで修道士が声を発した直後、ノイシュは思わず大きく息を吸い込んだ。脳裏にヒャルト少年の姿が浮かぶ――
「――そうだっ、確かヒャルト君もレポグントの陣でミネアの接近に気づいていた……っ」
思わずそう声を発すると、皆が一斉にこちらへと顔を向けてくる。義妹は静かに両眼を閉じた。
「……ヒャルトお兄様は、魂の感応能力を持っていたんです」
――魂の、感応能力……っ
ノイシュは不意に瞼を細めた。
「それはつまり……その人の持つ魂の気配みたいなものが、分かるって事かい」
視界の奥に映るウォレンが口をそう告げると、義妹は首を縦に振った。
「はい、その通りです」
――そうか、ヒャルト君は感応能力を使って、義妹の居場所を探っていたのか――
そっとノイシュは視線を落した。そういえば大神官エスガルもバーヒャルトやグロム河では、ケアド様や義妹の存在に気づいて接近してきた。
おそらく彼も魂の感応能力を有していたのだろう。そしてエスガルの感応能力は今、義妹に引き継がれて――
「――ミネアは、全ての大神官達の魂を取り込むつもりなんだと思う」
~登場人物~
ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手
マクミル・イゲル……ヴァルテ小隊の隊長。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、増強術という支援術の使い手
ウォレン・ガストフ……ヴァルテ小隊の隊員で、戦士。男性。あらゆる術を無効化する術耐性の持ち主
ノヴァ・パーレム……ヴァルテ小隊の隊員で、術士。女性。様々な攻撃術の使い手
ビューレ・ユンク……ヴァルテ小隊の隊員であり、術士。また修道士でもある。女性。回復術の使い手
エルン・ルンハイト……ノイシュおよびミネアの義妹。術増幅という超高位秘術の使い手
ミネア・ルンハイト……ノイシュの義妹であり、エルンの義姉。魂吸収術という超高位秘術の使い手。通称『暗紅の悪魔』。




