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第9話 ~このまま明日なんて、来なければ……~


頭上から降り注ぐ日射しにノイシュはゆっくりと頭を上げた。木々の隙間を縫って差し込むそれは繁った葉をまるで宝石の様に輝かせている。


 思わず立ち止まり、大きく呼吸をしてみると少しずつ胸中に溜まった重い気持ちが晴れていく。どこからか鳥のさえずりが聞こえてきた―― 


「ノイシュ、どうしたの」


 自らの名前を耳にして振り向くと、そこには修道服をまとったビューレがいた。


「いや……何でもないよ」

 

 そう告げて微笑んでみせると、彼女もまた静かに笑みを返してくる――


「お義兄(にい)様、こちらです……っ」


 ふとエルンの呼ぶ声がしてノイシュは視線を向けた。視界には緑樹に挟まれたゆるい坂道と、そこで手を振る義妹(いもうと)の姿があった。彼女の穏やかな表情に思わず心が賑やかになる。


 そして彼女の傍らにはノヴァやウォレンの姿もあった。この日彼らが身にまとってるのは戦士服ではなく、聖都メイに住む人々が身に着ける普段着だった。もちろん、自分もそうだ――


「今、行くから」


 義妹に向かって大きな声で返事をすると、彼女は頷いて続く道へと歩き出していった。その進む先はまばゆい程に光りが差しており、すぐに彼女の姿が見えなくなる。


 ノイシュは義妹を追うべく足取りを速めた。そしてようやく彼女のいた場所まで来ると突如として左右の木々が途切れ、視界が開ける。


 そこには野原と湖沼が広がっている。不意に風が起こり、草花が小さく揺れて水面に波紋が広がっていく。湖畔を前にたたずむエルンの姿があった――


「素敵な景色……っ」


 感嘆の声を発する義妹を見据えながらノイシュは眼を細めた。レポグント軍が侵攻してくる騒ぎのせいか他に人気はないものの、普段ここは景勝地としてそれなりに知られていた――


「エルンちゃん、水がとっても綺麗だよ」


 不意に湖岸の先から声が響き、ノイシュが顔を向けると膝下までを水に浸けたマクミルの姿があった。湖中へと少女を誘うなど普段の彼の姿からは全く想像ができず、思わず苦笑してしまう――


「え、あ……」


 義妹が困った様な表情をこちらに向けてくるので、頷いてみせる。異国の少女は戸惑いながらも靴を脱ぎ、腰巻の先を胴元で縛るとゆっくり水面につま先をつけていく――


「あっ……」


 視界の先で突如として義妹が声を上げる。マクミルが彼女に向けて水しぶきをかけていた――


「あの、止めっ――」


 義妹はとっさに顔を覆うが、マクミルはお構いなしに湖水を浴びせ続けていく。


「――んぅっ……」


 ふと義妹の顔つきが厳しくなり、負けじと隊長に向かってやり返していく。


「うっ、うお……っ」


 水量を控えめにしていた隊長に反し、義妹は激しい水音を立ててマクミルに反撃していく。瞬く間にマクミルはずぶ濡れとなって陸地へと退散していくが、おかんむりの少女は容赦なく追撃をかけていく――


「皆さん、お昼ご飯にしましょう」


 ノヴァが天使の救済の如き声を上げると、ようやく義妹が動きを止めた。その隙にマクミルは這々の体で上陸を果たし、革袋から着替えを取り出していく。その光景に苦笑していると義妹がこちらへと視線を向けた。みるみるその顔を紅潮させていく――


「エルン、おいで」


 たまらずにノイシュがそう声をかけると、銀髪の少女はうつむきながらシャバシャバ、と水音を立てて湖畔へと向かってくる――


「はい、これで拭きな」


 ようやく目の前へとやってきた義妹に対し、ノイシュは微笑みながら厚手の手拭いを彼女の頭に被せた。


「さぁ、行こうか」


 ノイシュが優しく義妹の頭を拭きながら皆の待つ場所へと連れていく。向かう先では既にノヴァやビューレが敷物の上に座り、提げ籠から包み紙を取り出しているのが見えた。


 ウォレンやいつの間にか着替えを済ませたマクミルもまた、手ずから用意した食べ物を敷き物の上に置いている。


 ノイシュは義妹とともに履物を脱いで座ると、植物の蔓で編んだカゴの蓋を開けた。中から朝のうちに調理しておいた薄目の粉焼き(パン)や肉団子、切り揃えた果物などを取り出し、広げていく――


「美味しそう……っ」


 そう呟くエルンの姿をノイシュは横目で覗いた。その瞳には新鮮な驚きと輝きが見て取れた――


「かつてその空身に宿りし(アニマ)達よ、糧を供して下さったことに深く感謝いたします――」


 ビューレがそう声を上げると皆が一斉に眼をつむり、黙礼を始めていく。困惑する義妹にそっと作法を教えると、ノイシュは自らも眼をつむった――


「――さあ、食べよう」


 マクミルの声にノイシュが顔を上げると、仲間達が敷物に並んだ皿へと手を伸ばしている。いただきます、どれにしようかな、と彼らが声を上げていた――


「ほら、エルンもどうぞ」


 ノイシュは料理の中から適当なものを選び、飲み物とともに隣に座る義妹へと差し出す。


「い、いただきます……っ」


 エルンが肉の揚げ物を口の中にふくみ、ゆっくりと咀嚼していくうちにその表情が再び緩んでいく――


――エルン……


 静かに眼を細めながらノイシュは彼女を見つめた。本当は戦いではなく、こうして穏やかに暮らせる日々こそ彼女には必要なんだ――


「久し振りです、こんな時間を過ごすの……」


 不意にノヴァの声が耳に届き、ノイシュは顔を向けた。食べ物を囲んで座る仲間達が皆頷いている。


「あぁ、ようやく気が休まるよ」


 そう声を発したのはウォレンだった。その目線はどこか遠くを見ている――


「このまま明日なんて、来なければ……」


 ビューレが小さな声でつぶやくと、途端に皆の動きが止まった。修道士の少女が慌てた表情で周囲を見渡していく――


「ごめんね、今日は戦いの話をしないって、そう決めてたのに……っ」


 視線を落としていくビューレの姿を見て、ノイシュはたまらずにかぶりを振った。


「うぅん、ビューレの気持ちもよく分かるから……」


 何とかそう言葉を発するが、他の仲間達もまた伏し目がちになっていく。重苦しい空気が周囲を包み、ノイシュは居たたまれずに息を吐いた――


――僕だって本当は怖い……決死隊となって、敵本陣に突撃するなんて……っ――


 ふと誰かに掌を握られるのが分かり、振り返ると義妹がこちらに眼差しを向けている。


――エルン……


 ノイシュは彼女に向かって微笑みながら、その手を握り返した――


――でも、僕は戦場で斃れる訳にはいかないんだ。君のために――



 ~登場人物~


ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手


マクミル・イゲル……ヴァルテ小隊の隊長。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、増強術という支援術の使い手


 ウォレン・ガストフ……ヴァルテ小隊の隊員で、戦士。男性。あらゆる術を無効化する術耐性の持ち主


 ノヴァ・パーレム……ヴァルテ小隊の隊員で、術士。女性。様々な攻撃術の使い手


 ビューレ・ユンク……ヴァルテ小隊の隊員であり、術士。また修道士でもある。女性。回復術の使い手


 エルン……ノイシュの義妹。術増幅という超高位秘術の使い手


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