第7話 ~その為にはお前も、その娘の力も必要なんだ~
ノイシュはそこで唇を閉じると、静かに顔を上げた。視界には素朴な寝台や家具などが置かれた自室の景色とともに、うつむく小隊の仲間達の姿があった。
自分のすぐ近くではエルンが寝台に腰かけながらもこちらへと眼差しを向けている。敵陣での強襲から聖都決戦に至るまでの顛末を聞いた仲間達は、誰もが不安を隠せずにいる様だった――
「……そうですか。遂に、レポグント軍がこの聖都へと……」
落ち着きを払ったノヴァの声が聞こえ、ノイシュは彼女を見据えた。隊内唯一の攻撃術士もまたこちらへと視線を向けている。どこか凛とした佇まいを見せる彼女に向かって、ノイシュはゆっくりと頷いてみせた。
「ここが陥落すれば――」
「リステラ王国は滅亡、という事だな」
不意に別の方向からこちらへと声がかかり、とっさに顔を向けるとウォレンの姿を視認する。
「それと、気になる事がもう一つある」
「ミネアさんの事、ですね」
そう会話を交わすウォレンと攻撃術士の視線に差し迫ったものを感じ、思わずノイシュは視線を外した。
「ミネアは……自我を失っていたよ」
脳裏に変わり果てた義妹の姿が浮かび、ノイシュは眼を細めた――
「――ヨハネス様だけじゃない、ミネアは抵抗する者の魂は全て取り込もうとしていた。この子が暮らす村は、彼女により全員が……」
そうして銀髪の少女へと近づき、そっとその頭をなでる。ゆっくりともう一人の義妹がこちらに顔を上げてきた――
「そんな……っ」
ビューレの絶句した声を聞きながらも、ノイシュは義妹に微笑んでみせた。
「ノイシュ、この子はいったい……」
再びウォレンの声を聞きながら、ノイシュは未だ落ち着かない表情を見せるエルンの肩に両手を置いた。
「この子の名前はエルン……大神官の血を継いでいるんだ。筏に乗って兄妹で漂流していたのを僕が助けたんだけれど、お兄さんの方はやはりミネアの手にかかって……」
そう告げたところでエルンが強く眼を閉じ、こちらの掌を握ってきた――
「……そんな中でも、この子は僕を助けてくれた。彼女のもつ超高位秘術で……」
途端に息を呑む周囲の様子が伝わり、ノイシュは彼等へと振り返った。
「そして僕は彼女のお兄さんと約束したんだ。僕がエルンを引き取るって――」
「だがなノイシュ、いま俺達にとって最も重要な事は、何だ……っ」
奥から鋭い言葉を浴びせられて思わず振り向くと、部屋の奥には剣呑な表情のマクミルが腕を組んで立っている――
「もう一度言うぞ。俺達のすぐ近くまで迫っている脅威とは、何だ」
ノイシュは隊長に向けて静かに頷いた。
「分かってます……まずはレポグント軍から聖都を、死守しなくちゃいけない」
そう告げて隊長を見据えると、彼がこちらへと歩を進めてくる。
「そうだ。勝利に一縷の望みがあるなら、俺は命をかけて戦うつもりだ」
不意にマクミルが立ち止まり、エルンを一瞥した。一瞬だけその下瞼に柔らかいものを浮かべると、すぐに鋭い眼光を取り戻していく――
「――その為にはお前も、その娘の力も必要なんだ」
その衝撃的な言葉に思わずノイシュは大きく眼を見開いた。
「隊長っ……まだ子どもの彼女まで、戦いに巻き込むつもりですかッ」
~登場人物~
ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手
マクミル・イゲル……ヴァルテ小隊の隊長。男性。ヴァル小隊の術戦士で、増強術という支援術の使い手
ウォレン・ガストフ……ヴァルテ小隊の隊員で、戦士。男性。あらゆる術を無効化する術耐性の持ち主
ノヴァ・パーレム……ヴァルテ小隊の隊員で、術士。女性。様々な攻撃術の使い手
ビューレ・ユンク……ヴァルテ小隊の隊員であり、術士。また修道士でもある。女性。回復術の使い手
エルン……ノイシュの義妹。術増幅という超高位秘術の使い手。
ヨハネス……リステラ王国の大神官であり、メイ術士学院の校長。術士。男性。




