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第6話 ~僕の力で守りたいんです、今度こそ~


 律動的に身体が揺れるのを感じながらノイシュは大きく息を吐き、車窓へと顔を向けた。そこには石畳みの街道や家々が視界に映り、ゆっくりと流れていく。両輪が軋む音や客車を曳く獣の息づかい、馭者の振る鞭の音が耳朶を打つ――


「とうとう決戦ですね」


不意に正面から声がかかり、ノイシュは顔を向けた。視界には向かい合うかたちで革張りの椅子に座るヨハネスが映る。車内は意匠を凝らした木彫りの鳥獣に囲まれており、彼が手配した牽引車が高位聖職者の経済的な豊かさを否応なく物語っていた――


「……はい」


 ノイシュは大神官を見据え続けた。彼は相変わらず微笑みを絶やさずにおり、その微笑の奥にある本心は窺い知れなかった――


「レポグント軍に勝てるでしょうか、我々は」


 ノイシュは言葉を発すると、自らの胸を強く握った。


「分かりません」


 そう告げるとヨハネスは押し黙った。ノイシュはただ彼から続く言葉を待った。やがてヨハネスが双眸を静かに閉じていく――


「敵は間違いなく大軍を動員してきます。対してこちらの手勢はごく僅かでしょう」


「はい……」


 ノイシュは静かにうつむいた。予想はしていたので驚く事でも無かったが、大神官から明確に現実を突きつけられるとやはり気落ちしてしまう。この戦局を覆すには思い切った作戦が必要となるはずだ――


「ところでノイシュ君」


 不意にヨハネスの声音が変わり、ノイシュはとっさに顔を上げた。


「あの少女を、どうするおつもりですか」


 今度は大神官にまっすぐ視線を向けられる。ノイシュは視線を外さずに小さく頷いた。


「……僕が引き取りたいと思います」


なおも大神官はこちらを見定めてくる様な眼差しを向けていた。ノイシュは眼を細め、奥歯を噛んだ。そうして自分の思いを確かめてからゆっくり唇を開く――


「――ずっとエルンと一緒に、暮らしたいなって……」


「そうですか。もし君にとって彼女が重荷だったのなら、私が預かっても良かったのですが」


 大神官が再びこちらへと微笑みをたたえていくのが分かり、ゆっくりと頭を下げた。


「本当に色々と有難うございます。でも、僕の力で守りたいんです。今度こそ――」


 思わずノイシュは眼を強く閉じた。


――今度こそ自分を必要としてくれる人を、手放したりしない。決して……っ


「猊下、邸宅に到着しました」


 不意に馭者の声が耳に届き、ノイシュは顔を上げた。


「ご苦労様でした。屋敷の皆にも到着を伝えて下さい」


 ヨハネスがそう告げる声を聞きながら、ノイシュもまた腰を上げようとした――


「ところで修道士様がお一人、門前でお待ちです」


「修道士――」


 馭者がそう呟くのを聞き、ノイシュは急いで車窓から顔を出した。そこには後ろ髪を一つに束ねた背の低い少女が立っている。その顔の半分は、深い青痣に覆われていて――


――ビューレ……


 ノイシュは車外に出るとそのまま顔馴染みの回復術士のもとに歩を進めた。


「一体どうしたの、ビューレ」


「ノイシュ……」


 彼女は静かに首を横に振り、うつむいた。


「ビューレさん、よく我々が気がつきましたね」


 後方から声がしてノイシュが顔を向けると、大神官がこちらに向かって歩を進めてくる。


「ヨハネス様、ご無沙汰しております」


ビューレは顔を上げるとすぐに礼式をとった。


「先ほど牽引車が通るのをお見かけしたので、もしかしたらと思い……」


「そうでしたか」


「ヨハネス様」


 不意に奥から別の声が聞こえてノイシュが振り向くと、ヨハネスの邸宅から使用人達が開いた門扉からやってくるのを視認する。


「猊下」「猊下、お帰りなさいませ」


「皆さん、ただ今戻りました」


大神官が慣れ親しんだ者達に向かって微笑みを浮かべた。ふと、彼ら使用人のうち一人がビューレへと顔を向けてくる――


「おぉ、修道士様。今日もいらしていたんですね。大切なお友達に会えたみたいで、本当に良かった……」


 彼の言葉を聞き、ノイシュは眼前の少女の方へと振り向いた。回復術士はただ深く、うつむいていた――


「では、私はこれで」


 ヨハネスの声が聞こえ、ノイシュは視線を大神官へと向けた。


「ノイシュくん、改めてお話したいことがありますので。また後刻に」


 そう言ってヨハネスが従者達と去っていく。ノイシュは大神官に向かい礼式をとりながら、彼の姿がなくなるまで見送った。


「……ごめんね、なかなか顔を見せられなくて」


 ノイシュは後ろに立つ少女に声をかけた。そして静かに振り返り、努めて微笑んでみせる。視界の先ではビューレが静かにうなずいた――


「――会いたがってた。みんな……」


 思わずノイシュは眼を細めた。彼女の顔を見られたのが素直に嬉しかったし、他の仲間達にも会いたいという思いが急速に胸の中で大きくなっていく――


「――帰ろう。みんなの所に」


「うん」


次の瞬間、奥から金属音が響きノイシュは顔を向けた。そこでは鉄の門扉を開けてこちらへと駆けてくるエルンの姿があった。


「お帰りなさい、お義兄様っ――」


 そこでエルンがビューレの姿に気づき、足を止めるのが見えた。そして表情を曇らせながらこちらと修道士の少女を交互に眺めていく――


「ただいま、エルン」


 義妹に向かってそう告げると、努めて微笑んでみせる。


「ノイシュ様、その人は……」


 未だに不安な顔を見せる義妹に向けて、ゆっくりと頷いた。


「エルン、君に会わせたい人達がいるんだ」


 そして再び回復術士の方へとノイシュは視線を向けた。


「ヴァルテ小隊のみんなにも、大切な話があるから」


~登場人物~


 ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手


 ビューレ・ユンク……ヴァルテ小隊の隊員であり、術士。また修道士でもある。女性。回復術の使い手


 ヨハネス……リステラ王国の大神官であり、メイ術士学院の校長。術士。男性。


 エルン……ノイシュの義妹。術増幅という超高位秘術の使い手。


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