第5話 ~何としても聖都を死守しましょう……っ~
「僕の、義妹なんです」
ノイシュは思わず掌を強く握った。再びその場に驚きとささやきの声が広がっていく――
「暗紅の悪魔はノイシュさんの義妹……彼女は、元々リステラ王国の人間なのですね」
デドラ女王がまっすぐにこちらを見据えている。ノイシュは奥歯を噛み締めながら頷いた。
「はい……っ」
「では、暗紅の悪魔はお前が責任をとって対処すればよいっ」
不意に聞き覚えのある声を向けられ、ノイシュが振り向くとそこには若く恰幅のよい男の姿があった。忘れもしない、トドリム公爵だった――
「まったく、レポグントとの折衝で手一杯だというのに……余計な難題を持ち込みおって」
彼の言葉を聞いた瞬間、ノイシュは勝手に唇が震えるのが分かった。強い衝動が胸中から迫り上がってくる――
「誰がっ、誰が彼女を悪魔にしたと思ってるんだッ」
思わず声を荒げる自身に驚いたが、やり場のない思いが次々と溢れ出して止まらない――
「ミネアは自分を犠牲にしてまで、エスガルを止めてくれたんだッ、なのに……っ」
「ノイシュさん、陛下の御前です」
すぐ傍で大神官の言葉が耳に届き、ノイシュは再びうつむいた。目頭が熱くなり、眼前の景色が滲んでいく――
――戦争さえなければミネアは、優しいミネアのままだったんだ……っ
ノイシュは強く眼を閉じ、自ら発した言葉が自身へと返ってくるのを感じた。それとも義妹が悪魔になってしまったのは、戦場へと導いた僕のせいなのだろうか――
「……ご無礼をどうか、お許し下さい。失礼します」
ノイシュは居並ぶ人々に背を向けると大扉に向かって床を踏み締めていく。一刻も早くこの場を離れたい、たとえ不敬と罵られようとも――
「ノイシュさん、お待ち下さい……っ」
背後からデドラの気遣いに満ちた声が届く。その優しさに胸の奥で感謝しつつも、構わずに歩を進めていった――
「ご注進っ、女王陛下にご注進ッ……」
次の瞬間、大扉が音を立てて開くと一人の衛兵が室内へと駆け込んでくる。
「味方の斥候より至急の知らせでございますっ……レポグントの軍勢に大きな動きが見られるとの事です……っ」
「なにっ」
周りにいた廷臣達が驚愕の声を上げていく。ノイシュは眼を細めながら伝令の衛兵を見据えた。
「敵方はバーヒャルトからの増援を加えて、さらにその数を増やしている模様っ……準備が整い次第、聖都に向けて進軍する見込みです……っ」
「レポグント軍が……ッ」
「ついに来るかっ」
そう告げながら廷臣や衛兵の誰もが狼狽し、深い憂慮の表情を見せている。ノイシュは室内が緊張で充満するのを肌で感じた――
「皆さんっ、陛下よりお言葉がございますッ」
突如としてヨハネスの大声が周囲に響き渡り、ノイシュは他の家臣達とともにデドラへと顔を向けた――
「……皆様、お聞きの通りです」
視線の先ではデドラがゆっくりと階段を下りていた。やがて大神官の隣に並んだ女王は家臣達を見渡していく。彼らは一斉にその場で座すと、彼女の言葉を待った――
「残念ながら、和平の道は完全に絶たれました。こうなった以上は抵抗する他ありません。皆で力を合わせ、何としても聖都を死守しましょう……っ」
やがてデドラに視線を向けられ、ノイシュは眼を細めた。彼女のまなざしは、美しくも悲壮な覚悟を宿していた――
「……我々は、最後まで女王陛下のために戦います」
ノイシュはそう告げながら、赤い絨毯の上に自らの片膝をつけた。
「そうだ、陛下と最後まで……っ」
「必ずや聖都を守り抜くのだッ」
口々に廷臣や衛兵から声が上がり、ノイシュは奥歯を噛み締めた。ついに聖都での戦いが始まるんだ――
「ありがとう、皆さん」
目の前で、女王陛下がゆっくりと頷いた。
「全員で力を合わせ、レポグント軍を迎え討ちましょう」
~登場人物~
ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手
ヨハネス……リステラ王国の大神官であり、メイ術士学院の校長。術士。男性。
デドラ……リステラ王国の女王。
トドリム……王弟であり公爵。リステラ王国軍の総大将。男性。




