第4話 ~暗紅の悪魔、何とおぞましい……っ~
「ノイシュさん、参りますよ」
扉が開いた途端、ヨハネスがそう告げながら歩を進めていく。
「はっ、はい」
急ぎノイシュは大神官の背中を追った。壁や天井など室内は更に白の基調が強くなり、もはや純白といって良い。床の中央には真紅の絨毯が敷かれて奥へと続いており、その周りを廷臣や衛兵らが囲む様に整列していた。その粛然たる空気に思わず気後れしてしまう――
――しっかりしろ、僕……っ
ノイシュは強く頭を振り、馴れた足取りで先に進む大神官と歩調を合わせた。やがて絨毯は階段を登り、最上段に据えられた重厚な椅子の前にたどり着く。そしてそこには――
「デドラ陛下、貴方様の下僕ヨハネスが帰国致しました」
そう告げるとヨハネスが立ち止まり、その場にかしずいた。
「猊下、よくぞお戻りになりました」
そう告げながら一人の女性が立ち上がるのをノイシュは見据えた。
――あれが、女王陛下……っ
不意に胸の鼓動が強く脈打つのをノイシュは感じた。年齢はまだ二十代だろう。背が高く、細い顔つきをした女性だった。長い巻き毛を後ろで綺麗にまとめ上げており、絢爛な礼装からのぞく肌はこの室内に溶け込みそうなほど白い。その傍らには黄金や宝物を散りばめた王冠が据え置かれていた――
「ノイシュ君」
老齢の御仁からたしなめられる口調が耳に届き、ノイシュは急いで大神官の礼にならう。
「敵陣ではお命を狙われたと聞き、猊下の身を案じておりました」
デドラが両手を胸の前で組むと、大神官は静かに首を振った。
「もったいないお言葉です、陛下」
「報告は全て聞いております。残念ながらラードヘルン殿は和睦を拒絶したそうですね」
そう言ってデドラはゆっくりと眼を閉じると、ヨハネスが頭を垂れていく。
「陛下のお望みを叶える事が能わず、申し訳ございません……罰あらば、この身に存分と」
デドラは静かに首を横へと振る。
「猊下、何を言うのです。このうえは百人部隊をも退ける貴方様が頼りです」
「全く、ラードヘルンの傲慢な考えには憤りしか感じませんな」
居並ぶ廷臣達の中から声が上がる。
「勿体なくもデドラ陛下は和平条件として、婚姻まで提示したというのに――」
「よいのです、大臣」
ゆっくりとデドラは両眼を開き、そのままこちらへと視線を向けてくる。
「ヨハネス様、この方は……」
大神官がこちらを一瞥してくるのに気づき、ノイシュは頭を下げる。
「ヴァルテ小隊所属、ノイシュ・ルンハイトです。猊下の命により私も交渉に同席致しました故、共に参内つかまつりました」
そう告げてから静かに顔を上げると、デドラは微笑みながらも綺麗な眉を僅かにひそめた。わざわざ自分と謁見する必要があるのか、分からずにいるのだろう――
「実は此度の和平交渉の際、もう一つお伝えせねばならない災厄がございました」
すかさずヨハネスが声を発していく。
「災厄……何ですか、それは」
デドラの声に不安が含まれていく。
「突如として凄まじい霊力を持つ一人の戦士が現れ、我らを襲ったのです」
――ミネア……ッ
不意にあの惨劇が脳裏で思い起こされ、ノイシュはうつむいた。未だにあれが、ミネアの起こした事だと思えない――
「暗紅の悪魔と呼ばれたその少女は瞬く間に私の護衛や敵術士隊を壊滅させ、彼らの魂を取り込んでいきました。その身を舞空させ、赤黒い瞳と長い髪をした恐るべき相手です」
「一体、その者はどれ程の強さなのです」
「私の知っている限り、誰よりも圧倒的な魂を宿しています」
直後に周囲から息を呑む呼吸が聞こえ、すぐに静寂へと変わった。女王もまた眼を大きく見開いている。
「そんな、ヨハネス猊下をも凌駕するというのですか」
驚きを隠せないデドラの言葉に、ヨハネスは静かに再び頭を垂れていった。
「あの場では何とか追い返しましたが、いつこの聖都にも現れるか分かりません。陛下には早急な対応を、お願いしたく」
「何という事だ」
「暗紅の悪魔、何とおぞましい……っ」
口々に廷臣達からの悪口がささやき聞こえ、ノイシュは深くうつむいた。違う、彼女は……っ――
「それで、その少女とノイシュ殿とは一体――」
デドラ女王からの問いに、ノイシュはたまらず顔を上げた。
「僕の……っ」
そう声を発すると、その場にいた全員が一気にこちらへと視線を向けてきた――
「僕の、義妹なんです」
~登場人物~
ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手
ヨハネス……リステラ王国の大神官であり、メイ術士学院の校長。術士。男性。
デドラ……リステラ王国の女王。




