第12話 ~どうか、僕の義妹になって欲しい……っ~
「ノイシュさん、どうか彼女に口づけを……ッ」
――……ッ
ノイシュは眼を見開いてヒャルトを見据えた。
「……い、妹の超高位秘術を……使う事を許されるのは……近親者だけ……なのです……っ」
少年は既に喘ぐ様な呼吸を繰り返しているが、それでも唇を押し開こうとしていた――
「この秘術を手にしようと……部族内で、かつて沢山の血が……流れて……だから……グゥッ……」
直後にヒャルトが強く眼を閉じ、小さく身体を仰け反らた。
「……どうか妹を……許嫁に……守ってやって……」
一筋の涙を瞳から流し、彼は動かなくなった――
「お、お兄様っ、お兄様アアァァ――ッッ」
突如として周囲に絶叫が響き、エルンは兄の亡き骸にすがった。ノイシュは自分の胸を強く握ると静かに空を仰ぐ。ミネアはただ眼を細めながら少年の死を見届けていた――
――ミネア、遂に君は、少年の命まで……っ――
不意に奥から何かが一閃し、ノイシュが顔を向けると既に死霊兵達は身体に燐光をまとっているのが見えた――
――くっ……
とっさにノイシュは口を開くと術句を紡ぎ始めた。その脅威を否応なく感じ、鼓動が早鐘を打つ。掌の汗腺が一気に緩んだ――
「ノイシュ様……っ」
不意にわななく声が耳に届き、ノイシュが顔を向けるとエルンがこちらに眼差しを向けていた。彼女は溢れ続ける涙を拭うこともせず、その双眸には驚くほどの強い輝きを宿している――
「お兄様のご遺言……どうか、叶えて下さい……ッ」
エルンがしゃくり上げる喉に力を込め、きつく瞳を閉じていく。その身体は細かく震えていた――
――エルン、君は……っ
ノイシュは少女の奥に視線を向けた。そこでは術の煌きを刀身に宿し、剣を振り上げていく骸戦士の姿が映る――
――迷っている場合じゃない……っ
ノイシュは瞼に力を込めた。そして眼前の少女の両肩をつかむ。
――ごめんね、ミネア……ッ
そのまま彼女の額に、自分の唇を添えた――
――僕はもう、誰かを見捨てたくない……っ
ノイシュが彼女から離れると、銀髪の少女はゆっくりと両眼を開いていく。
「義妹でも、良いかな」
そう告げると、眼前の少女は眼を大きく見開いた。
「ノイシュ様……ッ」
「どうか、僕の義妹になって欲しい……っ」
エルンが、その瞳の奥を潤ませていく――
「……はいっ」
ノイシュは眼を細め、ゆっくりと頷いた。
――有り難う、エルン……ッ
「エルン、術増幅を……ッ」
義妹がこちらに頷きを返し、その場でひざまずいた。眼を閉じると両手の甲を組み、祈る様な姿勢を取る。
急ぎノイシュが骸戦士達に視線を向けた次の瞬間、彼等が次々と剣を大きく振り下ろしていく。直後にその剣先から光芒が消失し、甲高い音が耳朶を打つ――
――衝撃剣の多段攻撃か……ッ
~登場人物~
ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手
ヒャルト……バデォン部族の少年。攻撃術士。
エルン……バデォン部族の少女。超高位秘術の使い手。
ミネア・ルンハイト……ノイシュの義妹。魂吸収術という超高位秘術の使い手。通称『暗紅の悪魔』。




