第10話 ~やつは全力でくるっ、早く超高位秘術を……ッ~
「なっ、なにッ」
暗紅の悪魔が初めて驚愕の表情を見せる。少年の放った波動術はミネアの使い魔達を次々と跳ね退け、彼女へと迫っていく。直後に彼女の身体が瞬き、その周囲に燐光が広がった。
直後に白い輝きが辺り一面を包む。閃光が網膜に張り付いて離れず、思わず錯乱しそうになるのをノイシュは懸命に耐えて両手で視界を覆う。耳をつんざく高音が他の物音を遮り、何が起きているのか全く分からない――
――一体、どうなって……ッ
やがて眼の奥にまで浸食していた白い光彩が消えていき、ノイシュが双眸を開けると不可解なものを視認する。今まで見たことのない不可思議な紋様がヒャルトの足許に刻まれていた――
――な、なんだっ、これは……ッ
次の瞬間、その現象はまるで幻のごとく消失していった――
「くそっ、倒れない……っ」
眼前で佇むヒャルトが険しい目つきで上方を見据えながら毒づいた。急いでノイシュは彼の視線を追うとそこには肩口や直垂れ等が焼き焦がす暗紅の悪魔がいた。確か直前に術防壁を展開させていたはずだが、ヒャルトの術攻撃はそれさえも破ったという事か――
――ミネア……ッ
とっさに心臓から激しい痛みが迫り上がり、ノイシュは奥歯を強く噛みしめた。ミネアが傷つく姿にどうしても嫌悪感を覚えてしまう――
「お、おのれ……っ」
ミネアが髪を振り乱しながら両腕を振り上げた。
「私を本気にさせた事、後悔するがいいッ」
眉を吊り上げつつミネアが術句を紡ぎ始めると、その身体より光芒が発せられていく――
「貴様こそ、父王の魂を喰らった報いを受けるがいいっ……」
そう叫ぶとヒャルトもまた術句を紡ぎ始めていくが見えた。やがてその身体を白い輝きが灯ってい
くものの、彼を包む光の明度は余りにも弱い。先程の攻撃を放ったとは思えないほどの希薄さだ――
「エルン、やつは全力でくるっ、早く超高位秘術を……ッ」
語気を荒げるヒャルトが向ける視線の先をノイシュが追うと、そこには怯えた様子の少女がいた――
「はい、お兄様……っ」
直後、エルンが強く目をつむるとその場で膝を折った。
――あれは一体……っ
次の瞬間、ノイシュは下方より湧き上がる輝きに気づいた。とっさに視線を落とすと、彼の足許を中心に先ほどの紋様が再び地面より浮かび上がっている――
「よしっ……」
力強い声とともに前へと進み出るヒャルトを見て、思わずノイシュは息を呑んだ。囲む光芒は既に暗紅の悪魔にも劣らない煌きを放っている。つまり、エルンの術とは……っ――
「貴様ら少数部族など、真っ先に淘汰されるべき存在なのだっ、お前も葬ってやろう」
ミネアが掌を天にかざすと、空を焦がす音とともに先程を上回る巨大な業炎が膨れ上がっていく――
「お前の心臓の鼓動、必ず止めてやる……っ」
ヒャルトがその憎悪を隠さずに暗紅の悪魔を睨め付けていく。彼の手からは純白の気体が溢れ出し、触れた周囲の下草を瞬時に白く凝結させていく――
――今度は凍結術……ッ
「ならば、これでどうだ」
義妹がもう片方の腕を振り上げた瞬間、その身体が再び一閃した。再び赤黒い靄がミネアの身体から生じ、すぐさま帯状にまとまると蛇の様なうねりを見せる。
――超高位秘術……っ
次の瞬間、ミネアが腕を横に振り払うと魂放出術が勢いのまま落下していく。、その先には斃れたバスティやロンデの身体があった――
「まさか、そんなっ……」
~登場人物~
ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手
ヨハネス……リステラ王国の大神官であり、メイ術士学院の校長。術士。男性。
ヒャルト……バデォン部族の少年。攻撃術士。
エルン……バデォン部族の少女。超高位秘術の使い手。
ミネア・ルンハイト……ノイシュの義妹。魂吸収術という超高位秘術の使い手。通称『暗紅の悪魔』。




