第9話 ~ミネアッ、ミネアッ、ミネアアァ――ッッ~
――まさか、超高位秘術……っ
「いくぞっ」
暗紅の光芒に包まれた少女が、歯を見せながら笑った。
「今です……っ」
不意にヨハネスの呟く声が聞こえた。一瞬の後、ノイシュは視界の端に激しい散光をとらえる――
――あれはっ……
急いでノイシュが視線を注ぐと、それはレポグントの術士隊から放射された雷撃だった。彼らの術連携が甲高い音を立てて上空に佇む少女へと向かっていく。相対するミネアが表情のない顔つきで神官達を見下ろす――
「――死ぬがいい」
ミネアの唇が滑らかに動くのをノイシュは見逃さなかった。その身体が瞬く間に一閃し、彼女の手にした槍の穂先から小さな火がほとばしる――
「かつての戦友共よ、さらばだ」
直後、小さな火の玉が一気に膨張していく。そして眼前には火炎の巨塊が現出した――
「にっ、逃げるんだッ……」
とっさにノイシュは大声を上げるが、ほぼ同時に燃え上がる炎が地上へと放たれていくのを視認した。地上に棲むどの生物よりも巨大な猛き炎の悪魔は神官達の雷撃を呑み込みながら落下、敵術士隊へと躊躇なく接近していく。耳許に焔の燃え盛る轟音が鳴り響き、肌を刺す熱気を否応なく感じた――
「「う、うわあぁぇぁ――ッ」」
敵術士隊から悲鳴が重なり上がった。次々とその場から彼らが逃げ出していくが、その殆どはもう間に合わない。その頭上へと容赦なく炎の塊が降り注いでいく――
次の瞬間、燃え猛る破壊術と地と激突して爆炎が広がった。瞬時に激しい熱風が周囲に吹き荒れていき、ノイシュは地に片膝を着けた。余りの熱さにそれ以上身動きが取れない。眼前には炎の巨塊に圧し潰され、黒焦げになっていく幾つもの人影が――
「今度は、お前達だ」
上方から容赦のない声を聞いてノイシュが眼を見開きながら振り向くと、ミネアの身体にまとわりついていた暗紅の魔蛇達が生き残った術戦士達へと殺到していくのを視認する――
――そんな、止めるんだ……ッ
ノイシュが叫ぶ間もなく暗紅の悪魔が術を散り撒いていく。超高位秘術により生を受けた蛇魔達は逃げ惑うレポグントの戦士達へと殺到し、瞬く間に彼等の身体に喰らっていく――
「がッッッ」
「ぁッあぁあァ……ッ」
戦士達の苦悶の声を聞き、ノイシュは肌が粟立つのを覚えた。超高位秘術を浴びた者達は糸の切れた人形の様に次々とその場で崩れていく。やがて魂を抜きとった使役魔達は次々とミネアのもとへと戻っていく。新たな霊力を得た暗紅の悪魔が恍惚の表情を浮かべた――
「ミネア……ッ」
ノイシュは無意識に義妹の名前を呟いている自分に気がついた。途端に彼女への想いが胸中で膨らんでいき、抑え切れなくなる――
「ミネアッ、ミネアッ、ミネアアァ――ッッ」
叫び声に義妹がこちらへと視線を向けてきた。
――ミネア……ッ
その暗紅の瞳から注がれるまなざしにノイシュは眼を細めた。温かさなど微塵も感じられない、まるで路傍の石を見る様な目つきだった。すぐに手負いの大神官へと視線を変えると、冷酷な笑みを再び浮かべていく――
「猊下、お覚悟を……っ」
――ヨハネス校長まで、君は……っ
ノイシュは急ぎヨハネスへと視線を向けた。大神官は対抗すべく術句を紡いでいるが、深傷のせいで意識を集中できずにいるのが見てとれる――
「ふふ、我が血肉となるのです」
やがてミネアの身体が激しく瞬き、これまで幾度も姿を見せたあの忌々しい使い魔達が姿を現していく――
「ともにこの荒廃しきった世界を終わせましょう……っ」
ミネアが片手を突き出した瞬間、魂を求める魔蛇達が地上へと放出されていった。瞬時に距離を縮めていく超高位秘術に対し、ヨハネスは未だ術句を結べずにいる――
「ミネアッ、だめだアアァァ――ッ」
そう叫んだ瞬間、不意に脇から小さな影が飛び出してくるのをノイシュは視認した。
――な、なんだ……っ
思わず注視すると、それは銀髪の髪と灰色がかった瞳を持った少年だった――
――あれはヒャルト君……ッ
不意にノイシュは大きくかぶりを振った。
「ダメだっ、早く逃げてッ……」
刹那の後、ヒャルトの身体が一閃した。彼が掌をミネアへと向けた瞬間、巨大な波動が放出されていく――
――こっ、これは……ッ
ノイシュは両眼を見開いた。紫紺に輝く彼の波動攻撃は大神官ヨハネスさえも凌ぐ巨大なものだった――
~登場人物~
ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手
ヨハネス……リステラ王国の大神官であり、メイ術士学院の校長。術士。男性。
ヒャルト……バデォン部族の男子。
エルン……バデォン部族の女子。
ミネア・ルンハイト……ノイシュの義妹。魂吸収術という超高位秘術の使い手。通称『暗紅の悪魔』。




