第7話 ~もう、戦うしかないのか……っ~
頬に横風を受けながらノイシュは少年達のいる宿営へと進んでいった。不意に頭上から重低音が鳴り響き、空を仰ぐと陽の落ちた空には黒雲が立ち込めている。その奥部では僅かに稲妻の瞬きさえ視界に映った――
目当ての幕舎にたどり着き、ノイシュは思わず足を止める。結局こんな刻限なるまでここに戻れなかった。できるなら中に入りたくないとさえ感じる。あの兄妹が見せた絶望的な表情が脳裏に浮かび、足が竦んでしまう。また自分を責めてしまいそうになるのが恐かった。彼等を助けようと決めたのは、自分なのに――
――しっかりするんだ、僕……っ
ノイシュは強く目を閉じ、首を激しく左右に振った。そして大きく息を吸って両眼を開く。自己嫌悪を無理にかき消して入り口の幕を払いながら中に入ろうとした瞬間、遥か頭上から閃光とともに激しい轟音が続く――
「きゃ……っ」
不意に甲高い少女の悲鳴が上がり、毛布をかき抱く銀髪の少女の姿を視認する。とたんに胸中から温かい気持ちが湧き上がってくるのを覚え、ノイシュは思わず息を吐いた――
「ごめん、驚かせちゃったね」
そう告げながらノイシュが少女の元へと向うと、すぐ奥の寝台で横たわっていた少年もまた起き上がるのが視界に入る。どうやら二人ともまだ起きていたらしい――
「眠れないのかい」
とっさに微笑みをつくりながらノイシュがそう告げると、少年がゆっくりと頷いた。
「……はい、なかなか戻ってこられなかったので」
彼等の言葉を聞き、ノイシュは思わずうつむいた。今までの自分の考えが間違っていた事に気づく。彼等はこうして自分を待ってくれていたのに――
「……ごめん、心配かけて」
ノイシュは手前の寝台に腰を下ろした。
「まだ名前を聞いてなかったね」
向かい合う二人にそう問いかけると、少年の方が小さく頷いた。
「ぼくの名前はヒャルト……そして後ろにいるのが妹のエルンです」
「ヒャルト君か……よろしく」
そう告げてからノイシュはすぐ傍でこちらを見つめている少女と視線を合わせる。彼女はまだどこか緊張している様だった――
「ほらエルン、挨拶して」
後ろから聞こえてくる兄の言葉におされ、少女がぎこちなく頭を下げていく。
「……エルンです」
「良い名前だね。よろしく」
ノイシュが努めて優しい声を出すと、少女は少しだけ顔を上げてこちらをのぞき込んできた。先程とは違い、緊張は幾らか和らいで様に見える。これならば今まで胸の奥に伏せていた疑問を聞いてみても良いだろうか――
「……そう言えば、なぜ君達は筏に乗っていたの」
さりげなさを装って尋ねると、途端にヒャルトが小さくうつむいて押し黙る。ノイシュは静かに彼の言葉を待った。やがてヒャルトが意を決した様に、力強く顔を上げていく。
「……それは――」
次の瞬間、再び外から激しい稲光が瞬く。そして沢山の人影が幕越しに去っていくのをノイシュはとらえた。あれは、レポグント兵……っ――
直後、激しい雷鳴が周囲に鳴り響いた。
「ノイシュさん、今のは……っ」
「君達はここにいるんだッ」
ノイシュは踵を返すと急いで駆け出した。幕を捲り上げて外に出た途端、強い風にあおられて思わず眼を細めながらも大神官のいる幕舎へと視線を走らせた――
――…ッ
直後、ノイシュは思わず眼を見開いた。そこには武装した大勢の戦士や術士達が幕舎の前に佇むヨハネスや護衛達を取り囲んでいる――
「貴様ら、この方が大神官ヨハネス猊下と知っての行いかっ……」
そう言って剣呑な表情のバスティが敵の群衆へと一歩前に進み出た。しかし、相手方は何も答えようとしない――
「これは明らかな敵対行為です。レポグントは戦争を継続するつもりである、と判断してよいのですね」
そう言ってヨハネスが眼を細めた。バスティが剣を抜刀すると、その音を合図にヨハネスとレポグントの術士集団が同時に詠唱していく。低く乾いた声が周囲に響く中、土を躙りながら近づいてくるレポグントの戦士達に対してロンデも剣を構えていく――
――もう、戦うしかないのか……っ
ノイシュは胸の中で叫び出したい感情を懸命に抑えながら、腰に帯びた大剣の柄に手をかけた――
その刹那、風が止んだ。
「……おい、あれは何だ」
不意にレポグントの集団から声が上がる。
「空から、何か……」
そう告げながら上空を指し示すロンデの姿に思わずノイシュが顔を上げると、黒雲の中から静かに降りてくるものを見据えた――
「髪の長い少女……?」
誰かがそう呟くのが聞こえ、ノイシュは全身が粟立つのを感じた――
~登場人物~
ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手
ヨハネス……リステラ王国の大神官であり、メイ術士学院の校長。術士。男性。
バスティ……リステラ王国の術戦士。ヨハネスの護衛。
ロンデ……リステラ王国の術戦士。ヨハネスの護衛。
ヒャルト……バデォン部族の男子。
エルン……バデォン部族の女子。




