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第6話 ~彼らの力になれば、少しはあの日の過ちを償えるかな~


幕舎を出ると茜色が眼に差し込みノイシュは思わず眼を細めた。既に陽は大きく西に傾いており、温かみのある茜色が空一面を染め上げている。自然が彩るその情景に心易くなるのを感じつつも、依然として胸にわだかまる思いは拭えなかった。自分の少し前を歩む大神官へとノイシュは視線を向ける。彼もまた沈痛そうな表情を見せていた。しかし、それも仕方ないだろうとも思う。レポグントの諸神官と行った和睦交渉は、お世辞にも芳しいものとは呼べなかった。ヨハネスが何とか条件の折り合いをつけようとするものの、肝心なところで向こう側はきまって『ただし最終判断はラードヘルン陛下が下されるのである』と述べるに留まった。若き女王陛下との婚姻をさえも大神官は提示したのにも関わらず――

 ノイシュは大きく息を吐き、かぶりを振った。


――この交渉は本当に上手くいくのだろうか。それともやはり僕達は敵軍の占領を受け入れ、ただ相手の厚意にすがって生きていくしかないのだろうか……もしもそうなった時、女王陛下や聖都に暮らす人々は一体どうなってしまうのだろう――


「ノイシュさん」


 不意に声が聞こえ、ノイシュが振り向くとヨハネスとバスティが怪訝な顔でこちらを向いている。


「私達の宿所に着きましたよ」


「あっ、はい」


 ノイシュは目の前に立つ幕舎を見上げた。大型できれいな造りではあるが、それは同時に皆が同じ幕舎で床を共にするという事だった。これは王族と同位である大神官に対する待遇ではない――


「ヨハネス様、食事をお持ちしました」


 不意にノイシュは背後から声を聴き、振り向くと粥の入った椀を盆に乗せて立つロンデの姿があった。思わずノイシュは胸の奥から皮肉に満ちた笑いがこみ上げてくるのを感じ、必死にそれを耐えた。一体、ラードヘルンはどれほど自分達を粗末に扱おうとするのだろう――


「ロンデさん、あの子達もこの幕舎の中にいるのですか」


 ヨハネスの問いに、お盆を持った護衛は首を横に振った。


「いいえ、彼らは隣の寝所で休んでおります」

 ロンデの言葉に安堵を覚え、ノイシュは小さく息を吐いた。


「この食事はまず彼らに差し上げて下さい」


 主人の言葉を聞いたロンデはこちらを一瞥すると、ゆっくりと盆を差し出してきた。


「さあ、持って行けよ」


 ノイシュは会釈してそれを受け取る。はっきりと彼は言ってくれないけれど、僕の事を認めてくれた気がする――


「ロンデさん、有難うございます」


「何かあればいつでも言って下さい」


 そう告げて幕営の中に消えていく大神官と護衛達を見送った後、ノイシュは椀を溢さないよう気をつけながら隣の幕舎へと移動する。彼等の宿所はさすがに大きくはなかったが、あと大人一人なら入れるだろう――


(お兄様……)


 ノイシュが入り口の幕をめくろうとした時、ふと中から控え目な声が漏れ聞こえてくるのに気づく――


(頼むぞ、奴はきっとここに……)


(でも私、怖い……)


(……っ、誰か来るっ)


 彼らに気取られた事が分かり、とっさにノイシュは頭から中に入っていく。


「気分はどうだい」


 そう努めて穏やかな声を発しながら視線を彼等に向けていく。眼前には小さな椅子と机、そして組み立て式の寝台が二つ置かれていた。そのうちの一つに身体を横たえた銀髪の少女は素早く身体を起こし、怯えた瞳をこちらに向けてくる。その傍らには同じ髪色の少年が少女を庇うように寄り添い、警戒心を隠さずにこちらを見据えている――


「たしか、あなたは……っ」


 そうつぶやく少女の瞳から少しだけ警戒心が和らぐのに気づき、すかさずノイシュは微笑んでみせた。


「覚えていてくれたの? 河畔で君達を見つけた時は驚いたよ、でももう大丈夫だから」


「あなたが、僕達をここまで……」


 そう告げる少年に対し、ノイシュはゆっくりと頷いた。彼の外見からはまだ十四、五才くらいにしか見えない。つまり彼の妹らしい少女は、もっと年下ということになる――


「僕はノイシュ。君たちが全快するまで面倒をみさせて欲しいんだ。よろしくね」


 そう告げた途端、彼等はうつむいてしまった。しかし無理もないとノイシュは思った。まだよく知らない年上の男性から突然、一緒に暮らすよう告げられたのだから――


「お腹すいているんじゃない。これ、自分で食べられるかい」


 そう言ってノイシュは敢えて二人に近づき、手にしたお盆を彼等に差し出す。少年は困惑したように視線を泳がせた。まだ知り合って間もない人からの厚意に対し、どうして良いか分からないのだろう――


「ですが、そんな……」


「ほら、持って」


 ノイシュが急かす様に告げてみると、少年は釣られる様に両手でお盆を受け取った。



「ノイシュさんっ、ありがとうございますっ」


 銀髪の少年は震えながら大きく頭を垂れていった。初めて出会った時から密かに感じていたが、彼

らの雰囲気や立ち振る舞いはどことなく気品があった。それなりに地位のある身分の子息かもしれない――


「遠慮せずに食べてよ」


 ノイシュはそう告げながら数歩下がった。銀髪の少年は寝台にいる少女の隣へと腰掛けた。そして互いに目配せをした後、緊張した面持ちで椀を取った。匙で粥をすくい口に運んでいく――


「……おいしい」 


 そっと少女の呟く声をノイシュは聞いた。そのまま無言で椀の中身を平らげていく二人の様子を、ただ静かに見すえた。


――陣中の料理なので味付けなど無いも同然なのに……ずっと食事さえも取れなかったのかな――


 不意に少女の匙の動きが止まるに気づき、ノイシュは少女を見つめた。彼女の瞳から一滴の涙が頬を伝い、せきを切った様に次々と溢れさせていく。少年も顔を伏せながら小刻みに震えていた――


 ノイシュは静かに奥歯を噛み締めた。かつて孤児達を引き取っていた時、同じ様な光景を何度か目にした事があった。思わず顔をそらしながらノイシュは立ち上がった。


「……ゆっくり食べてて良いからね。僕は隣の幕舎にいるから」 


そう告げると、ノイシュは急いで外に向かって歩み出す。


「あの……」


 少女のか細い声が耳に届き、ノイシュは歩みを止めた。ゆっくりと息を吐き、自らの感情を落ち着けてから彼女の方へと振り向いていく――


「ありがとう……」


 少女の真摯な眼差しにノイシュはそっと目を細めた。


――彼らの力になれば、少しはあの日の過ちを償えるかな……ねぇ、ミネア……――


 ノイシュは努めて微笑むと、再び幕舎の外へと歩き出した。


~登場人物~


 ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手


 ヨハネス……リステラ王国の大神官であり、メイ術士学院の校長。術士。男性。


 バスティ……リステラ王国の術戦士。ヨハネスの護衛。


 ロンデ……リステラ王国の術戦士。ヨハネスの護衛。


 パウエル……レポグント王国の密使。


 銀髪の少年……バデォン部族の男子。

 

 銀髪の少女……バデォン部族の女子。


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