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第15話 ~戦力となれる者の治療を、優先すべきだっ~


「こちらに回復術士はおられますかッ」


 遠くから叫ぶ様な声を聞こえてノイシュが振り向くと、少し離れた所で複数の戦士達と二つの担架を担ぐ衛生兵が見えた。


 おそらく最前線での戦いで手傷を負ったのだろう――


「あの、私が……っ」


すぐ隣にいたビューレが声を上げると、衛生兵達が急いでこちらへとやってくる。


「どうか、この者達に治癒を……っ」 


彼等の下ろした担架を、ノイシュは回復術士とともに見渡した。


 一人は鎖帷子を着込んだ女性で、腹部から驚くほどの出血をしている。


 おそらく深傷は臓器にまで達しているだろう、すぐに手当をしなければ危険な状態なのは明らかだった。


 そしてもう一人は輝く甲冑に身を固めた男で、大腿部に大きな青痣があった。


 打撃による打撲か骨折だろうか――


「この女の人、腹部の損傷が酷いっ、すぐに手当を……っ」


 そうビューレが声を上げると、深手を受けた女戦士の方へと身体を屈めていく――


「ビューレ、待てッ」 


不意にマクミルの強い語気が降り注がれ、修道士の少女がびくっと身体を震わせた。


 ノイシュは眼を細めながら、ゆっくりと隊長へと振り向く彼女を見すえた――


「あの、隊長……」


 ビューレの声音は小さく震えており、マクミルの声に怯えながらも判じかねる様子だった。


「ビューレ、回復術を施すべきは大腿部を負傷した戦士の方だ、そっちじゃないっ」



 マクミルは険しい顔つきで彼女を見すえており、その表情は決して冗談など言っていない――


「でも、この女性は、危険な状態で……っ」


 ビューレは驚愕に目を見開きつつ、鋭い眼差しをたたえる隊長へと向き直った。


「残念だがビューレ、術士達が連携して治療しない限り、おそらく彼女は助からない。それよりも確実に回復できる方を優先し、再びこの戦士を前線に送るんだ……ッ」


 信念を込めたマクミルの声を聞き、ノイシュは口中に広がる苦い味を噛み締めながら隊長を静かに見据すえた。


 理性では間違いない、でも……っ――


「そっ、そんな……ッ」


 ビューレは眼を見開き、唇を震わせていた。


 完全に狼狽している彼女に向けて、マクミルが再び口を開いた――


「もしこちらの防衛線が破られれば、それこそ味方全員が地獄を見ることになるっ、今は戦力となれる者の治療を、優先すべきだっ」


「――お願いだっ、彼女を助けてくれッ」


 不意に別の声をノイシュは聞き、振り向くと彼女の傍らにいた戦士の一人がビューレに詰め寄っていく。容姿から見て自分達と変わらないほど若い――


「あ……っ」


 うろたえるビューレに対し、年若い戦士は彼女の両肩を掴むとその身体を揺さぶった。


「早く治療をしないと、彼女は危険なんだろッ、どうか回復術を施してくれよッ」


 男の痛切な面持ちに、ビューレは震えながら小さく首を横に振った。


 その瞳から一滴の涙が溢れていく――


――ビューレ……ッ


 思わずノイシュが一歩を踏み出した瞬間、素早くマクミルが飛び出していくのが見えた――


「貴様、彼女に離れろっ……」


 マクミルは修道士に掴みかかる若い戦士の腕を捻り、無理に引き剥がすと足をかけて男を転倒させた。


「くそっ、この野郎ッ……」

 

 若い戦士はすぐに立ち上がるとマクミルを睨みつけ、剣の柄を握った――


「止め……てっ」


 不意にかすれた女性を聞きノイシュが視線を向けると、担架の上にいる女戦士がゆっくりと首を年若い戦士へと向けていく。


「ユンクス、私のせいで……争わないで……どうか、そちらの方を……優先して……っ」


 そう告げると彼女が苦痛に顔を歪めた。ユンクスと呼ばれた年若い戦士は構えを解くと、すぐに彼女の元へと駆け寄っていく。


「シャータ……ッ」


 ユンクスに呼ばれ、シャータという手負いの女戦士は彼に向かい懸命に微笑みかけていく――


「……私は……大丈夫だから……他に手の空いている……術士様に……回復術をお願いして……っ」


「分かった、頼む……ッ」

 

 ユンクスという戦士がそう衛生兵に告げると、彼等はシャータを乗せた担架を再び担いで歩み去っていく。


 ノイシュは自分の胸を強く握り、眼を細めてその後ろ姿を見据えた――


――もしも、義妹(ミネア)がシャータさんと同じ深傷を負ってしまったら、僕は……っ


 ノイシュはそこで強く眼をつむった


――果たして僕は、他の負傷者を優先できるだろうか……っ


「おいっ、いい加減に治療してくれよ……っ」


ふと別の声がしてノイシュが振り向くと、もう一方の担架に横たわる戦士が不機嫌そうに片頬を吊り上げていた。


「スカラ様……っ」


 彼を取り巻く数人の戦士達が輝く甲冑の男に集い、声をかけていくのが見えた。きっと彼は上位の階級なのだろう――


「……ごっ、ごめんなさい」


 ビューレが涙を拭き、身を屈めてその患部にそっと手をかざした。


 ノイシュが胸を強く握りながら彼女の詠唱を見守っていると、やがて回復術士の身体がゆっくりと光に包まれていく。


 温かみのある色をたたえた輝きが、傷口へと注がれる――


「シャータッ、しっかりしろッ……」


 不意に、遠くからユンクスの声が響き渡た――


「いやだああぁぁ――ッ」


 彼の悲鳴が否応なく耳朶を打ち、ノイシュは思わず眼を細めた。


 そしてビューレの方へと顔を向けるが、彼女はひたすらに瞑目して意識を集中させていた――


「……もう、大丈夫です」


 やがてビューレが静かにかざした手を下ろした。ノイシュは負傷した箇に眼を凝らすが、どこにも彼の脚に傷など見当たらない――


「やっと治ったか……っ」


 スカラが素早く立ち上がった。


「よしっ、皆の者、すぐに戦場へと戻るぞっ」


 輝く甲冑をまとった戦士はそう大声を上げると、傍らに付き添っていた戦士達とともに金属音を鳴らしながら走り去っていく。


 ノイシュは瞼を細めながら彼等の姿を見送った。


――これで、良かったのだろうか……最前線に行けば今度こそ、あの人達だって死ぬかもしれないのに……―― 


 ノイシュが修道士の少女に視線を向けると、彼女はうなだれながら肩を震わせていた。


――ビューレ……


 ノイシュはゆっくりと屈み、ためらいながらも手を伸ばして彼女の肩に置いた。


 顔に青痣をもつ少女がこちらへとゆっくりと振り向き、揺れるまなざしを向けてくる。


 ノイシュは何も言わずに微笑んでみせた。


 ビューレが僅かに眼を細め、そして顔を伏せていった――


「おい、向こう岸を見てみろ……っ」




 ~登場人物~


ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の(じゅつ)戦士で、剣技と術を組み合わせたじゅつけんの使い手


マクミル・イゲル……ヴァルテ小隊の隊長。男性。ヴァル小隊の術戦士で、増強術という支援術の使い手


 ビューレ・ユンク……ヴァルテ小隊の隊員であり、術士。また修道士でもある。女性。回復術の使い手


 ユンクス……リステラ王国軍の術戦士。男性

 

 シャータ……リステラ王国軍の術戦士。女性


 スカラ……リステラ王国軍の術戦士。男性



 




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― 新着の感想 ―
[良い点] 複雑だなぁ……術士が連携しないと回復できない人は後回し、ちゃんと回復する見込みのある方を優先……これもトリアージってやつなんでしょうか……戦場では当然なのかもしれないけど、気持ちの面では「…
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