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第8話 ~まるで大神官の様な、人の魂《アニマ》を喰らう術者だった~


深い闇の帳が覆う中、ノイシュは寝台の中で何度目か分からない寝返りをうった。


 明日に出撃するという隊長からの通達を受け、早めに身体を休めようとするものの一向に眠気が訪れる気配はない。


 目を閉じると脳裏にはさきの戦いや、これから始まるであろう決戦の事ばかりが浮かんでくる。


 晩餐の席では参戦を承諾したものの、やはり自信は無かった。


 いったい自分達はどうなってしまうのかという不安で頭の中が一杯になり、いつ食事を済ませて自室に入ったのかさえはっきりと覚えていない――


 ノイシュはため息をつくと、寝台から身体を起こした。


 燭台に据えられた蝋燭に火を灯すと室内が仄かな明かりで照らされていく。


 そこには意匠を凝らした家具や優美な調度品が設えてあるほか、既に運び込んでいた自らの武具や衣服といった荷物が置かれている。


 普段は艶やかに室内を演出するそれらの品々でさえ、今は煩わしく感じてしまう――


 静かにノイシュはうつむいた。


 今日は色々な事があり過ぎた。


 自軍がバーヒャルトから撤退したと聞かされた事


 敗戦により義妹(いもうと)や仲間の間で溝ができていた事


 審問での有罪により投獄されるも大神官に庇護された事


 恩赦を得るためにレポグント軍との一大決戦に臨むことになった事――


 ノイシュは強くかぶりを振り、思考を無理に中断させる。


 今夜は宵が深まるまで眠れそうもなかった。


 こうなったら戦いに備えるべく術の鍛錬でもしようかと思った途端、脳裏にさきの戦いで見せた義妹の姿が浮かぶ。


 彼女の身体から発せられた赤黒い煌めき、その肌に禍々しく浮かんだ黒い幾何学的な模様――


 不意に鼓動が強く脈打ち、ノイシュは強く眼を閉じた。


――あの時、確かに義妹は異様だった。まるで大神官(エスガル)の様な、人のアニマを喰らう術者だった――


 ノイシュは奥歯を噛み締めると、自らの目許に開いた掌を当てた。


――一体、彼女に何が起きたのだろう。思い切ってこれから義妹に聞いてみるべきだろうか――


 ノイシュはそっと眼を開けると、小さく頷いた。


 夜更けに女性の部屋を訪ねるのは気がひけるが、向かう先は義妹の部屋だ。


 それよりもあの出来事について、今のうちに理解しておきたい。


 せめて声だけでもかけておこう――


 ノイシュは寝床から出ると被服棚を開け、素早く着替えを済ませた。


 卓上に置いてあった片手剣が視界に入るが、さすがに安全だろうと思いそのまま出入口へと向かう。


 扉の取っ手を握り、押し開いて部屋を出た。


 朱色の絨毯が敷かれた廊下を見渡した。


 両壁には幾つもの洋灯ランプが架けられており、思った以上に視界は鮮明だった。


 また等間隔に扉が幾つも並ぶさまから、改めて大神官の邸宅の広さを感じる――


 ノイシュはかぶりを振って気持ちを切り替えると、そのまま義妹の部屋へと向かった。


 途中で仲間とすれ違うこともなく目的の部屋へとたどり着く。


 大きく息を吸って心中を落ち着かせると、ノイシュは扉を叩いた――


――返事はない。


 既に寝てしまったのだろうか、そう思ってノイシュは扉からこぶしを離す――


「――この部屋の方に、何かご用ですか」


 後方からの声に慌てて振り向くと、自分より十歳は年上であろう女性が立っていた。


 恰好から見てどうやらこの屋敷で働く給仕らしい――


「あっ、ミネアと……義妹と話がしたくて」


 緊張のあまり若い年上の女性に対してうわずった声を出してしまい、ノイシュは自らの頬が紅潮していくのに気づく。


「それでしたら、先ほど私がヨハネス様のもとにご案内しました」


 若い女給仕は表情を変えることなく言葉を発してくる。


「ヨハネス校長の所に……?」


 思わずノイシュが眼を見開くと、使用人の女性はゆっくりと頷いた。


「はい、何でもアニマのことについてお話ししたい事があると」


――やっぱり、義妹も自らの異変を大神官に伝えたいのだろうか……


 思わずノイシュは彼女へと一歩前に進み出る。


「すみませんっ、ヨハネス様の部屋まで案内しれくれませんか、その、僕も心当たりがあって……っ」


 不審に思ったのか、女給仕は一瞬だけ躊躇(ちゅうちょ)する態度を見せる。


 が、すぐに落ち着きを取り戻すと軽く頭を下げてきた――


「――かしこまりました、どうぞこちらへ」


 こちらがお礼を言うよりも先に給仕の女性は背を向け、慣れた足取りで廊下を進んでいく。


 ノイシュは慌てて彼女の後を追った。


 廊下の突き当たりを曲がると、吹き抜けの回廊が視界に飛び込んでくる。


 四方には階段と通路が何層にも渡って伸びており、まるで迷路の様に入り組んだその構造は屋敷と言うよりも一種の砦だった。


 権力者でもあるヨハネスにとって、ここは己の身を守る場所という意味合いもあるのだろう。


 大神官のおわす部屋へと案内して貰える事に、今更ながら幸運を感じざるを得ない――


 若き女給仕に導かれるまま回廊をつなぐ階段を登っていき、ノイシュが小さく息を吐く頃になってようやく最上階までたどり着いた。


 顔色一つ変えない女給仕は再び廊下に沿って歩を進めていき、やがて一際広い通路に入る。


 その奥にはいかにも堅固な造りの鉄扉がはまっていた。


 彼女が入り口の前で立ち止まると、分厚い扉を叩く――


「――何事ですか」


 扉越しに老齢の主の声が響く。間違いなくヨハネスだった。


「夜分に何度も申し訳ありません。先ほどお連れした女性のお兄様という方が、同席したいと申しておりまして」


「……分かりました。鍵は開いています、入って貰いなさい」


 女給仕は扉の脇に身を退けると、こちらに向かって静かに頷いてくる。


「あっ、有り難うございました……っ」


 ノイシュは彼女に一礼すると、扉の前へと進み出た。


 取っ手を握り、そのまま押し出すと腕に重量を感じつつも扉が開いていく。


 ノイシュは部屋の中へと足を踏み入れ、そして思わず両眼を見開いた――


「ノイシュ……」


不意に明るく広大な室内の中央に、義妹が頬を染めながらこちらを見ている。


 その身にまとっているのは一枚の布地だけで、彼女の胸元や背中、大ももといった部位からは素肌が露わになっていた――



 ~登場人物~


ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の(じゅつ)戦士で、剣技と術を組み合わせたじゅつけんの使い手


ミネア・ルンハイト……ノイシュの義妹いもうと。女性。ヴァルテ小隊の術戦士で、れい力を自在にあやつる等の支援術の使い手


 ヨハネス……リステラ王国の大神官であり、メイ術士学院の校長。術士。男性。


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