第21話 ~ミネアッ、大神官にとどめを~
「腕をッ、私の腕をぉぉォォッッ……」
エスガルが叫喚と憤怒、そして血飛沫を周囲に撒き散らしているのをノイシュは見た。
先のない肘の傷口を庇いながら数歩後退りするものの、すぐに大神官は表情を改めるとこちらを鋭く睨め付けてくる――
「このっ、死ぬがいいッ……」
敵神官がもう片方の腕を薙ぎ払った瞬間、発現した楔型の波動が自分に向かって放出されるのをノイシュは視認する――
――くっ……ッ
ノイシュは強く奥歯を噛んだ。
瞬く間に距離を縮めてくる攻撃術を前にしても、もう立ち上がることさえできない。
迫り来る閃光が視界一面に広がり、ただ眼を細める――
次の瞬間、眼前に切迫した表情のウォレンが再び姿を現した。
大神官の秘術さえも耐え抜いた巨躯の戦士が、今度は雷の鏃に向けて大盾を突き立てていく――
刹那の後、甲高い金属音が大音響を立てて断続的に耳朶を打った。
楔形の波動が巨盾を撃ち据える度に、彼の身体が衝撃を受けて大きく揺れる。激しい火花が周囲に飛び散っていく――
「ミネアッ、大神官にとどめを……っ」
不意に脇からマクミルの声が聞こえてきて、思わずノイシュは義妹へと振り向いた。
視線の先では、彼女もまた眼を見開きながら隊長の方を向いている――
「今、あいつを討ち取らなければ、これまでの戦いが全て無駄になるッ……」
マクミルは苦痛に顔を歪めながらも、無理に立ち上がろうと足掻いている――
「今、動けるのはお前しかいないっ、奴を殺るんだッ」
隊長の命令に、義妹の唇が小さくわななくのをノイシュは見た――
――ミネア……ッ
不意に義妹が唇を引き結び、地を蹴った。
そして途中で落ちていた槍斧を拾うと、そのまま敵神官へと距離を縮めていくのが見える。
エスガルは苦しそうに歯を食い縛っており、その場を動けないでいる。瞬く間にミネアが大神官の前に立ちはだかった――
「猊下、お覚悟を……っ」
ミネアが槍斧の刃先をエスガルに向け、大きく振りかざした。
「くっ、小娘が……ッ」
傷を庇いながら顔を上げる大神官に対し、ミネアが上瞼を細めて狙いを定めていく。
彼女が呼吸を早めて身体を震わせた。
その瞳には涙が溜まっているのが見えた――
不意に、エスガルが口許を吊り上げた。
「フンッ、脅かしおって……」
ミネアが眉尻を上げてさらに槍斧を振り上げるが、やがて両膝を地に着けた。彼女の頬からは次々と涙が溢れていく――
「やらなきゃっ……私が止めを刺さなきゃいけないのに……ッ」
義妹が深くうつむきいた。エスガルがゆっくりと腕を持ち上げ、嗚咽を漏らす少女へと掌を向ける――
「私と同じ秘術を使える者など、断じて許されんっ……今、ここで死ぬがいいッ」
再びエスガルの身体から赤黒い靄が発せられていく――
~登場人物~
ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手
ミネア・ルンハイト……ノイシュの義妹。女性。ヴァルテ小隊の術戦士で、霊力を自在に操る等の支援術の使い手
マクミル・イゲル……ヴァルテ小隊の隊長。男性。ヴァル小隊の術戦士で、増強術という支援術の使い手
エスガル……レポグント王国の大神官。バーヒャルト救援部隊の指揮官。男性。術士。




