第9話 ~ノイシュは迫りくる暗紅の使い魔達を睨みながら、義妹の身体を抱き締めた~
「二人まとめて、私の血肉となれ……っ」
そう告げながら暗紅の悪魔が手にした槍斧を薙ぎ払った直後、彼女の超高位秘術が放出されるのをノイシュは視認した。
濁った血の様な色の魔蛇達がこちらの魂を喰らうべく、凄まじい速度で距離を縮めてくる――
――う、ぐッ……
思わずノイシュは強く噛み締めた。義妹は未だ術増幅を発現させているものの、自分はまだ術の詠唱さえ始めていない――
――ダメだっ、間に合わない……ッ
ノイシュは迫りくる暗紅の使い魔達を睨みながら、義妹の身体を抱き締めた――
「――お義兄様……ッ」
肩越しに義妹から抱き返されるのが、ノイシュには分かった――
――エルン、ごめん……ッ
「――ノイシュッ、うおおおおお――っ」
突如として大喝が上がり、とっさにノイシュは顔を向けた。視界に映ったのは見覚えのある巨躯の戦士だった――
――ウォレンッ
思わずノイシュは眼を見開いた。こちらに殺到する魔蛇達と自分達の間に彼が割って入ってくる。
眼前でウォレンが背中をこちらに向けたまま、手にした大盾を地面へと打ち立てた。
次の瞬間、暗紅の悪魔の放った魂吸収術と衝突する――
――ぐぅゥッ……ッ
ほとばしる閃光にノイシュは両眼を細めながらも、懸命に前方を見すえた。
ウォレンの構える巨盾が襲い来る暗紅の使い魔達を次々と打ち砕いていく。
彼に宿る術耐性は超高位秘術さえも無効化していた――
――まっ、まずい……っ
無意識にノイシュはかぶりを振った。赤黒い魔蛇達がその動きを変えていく。
前方だけでなく、あらゆる方向から攻めかかるつもりだと気づいた。
もう彼が構える大盾だけでは防ぎ切れない――
「はああアアあァァ――ッ」
再びウォレンの裂帛の声が耳朶を打ち、ノイシュは前方へと視線を戻す。
瞬刻の後に巨躯の戦士から半円型の薄い輝きが発せられていく。
義妹の術増幅により、巨盾を据えた勇の術耐性が結界となって発現されたと分かった――
――ウォレン、どうか義妹を助けて……ッ
次の瞬間、殺到する魔蛇達が次々と斥力防壁に激突した。
結界の外側から甲高い音が耳朶を打ち続け、思わずノイシュは頭上に眼を向ける。
眼前ではウォレンの斥力防壁が使い魔達を弾き返し、そのまま四散させていた――
――すごいっ、もしかしたら暗紅の悪魔の霊力の方が、先に尽きてしまうのでは……っ――
「――うぅ……っ」
不意に胸の中でうめき声が聞こえ、とっさにノイシュは視線を移す。
視界の先では義妹が苦しそうに両眼を閉じていた――
――エルン、どうしたの……ッ
「――なっ、何だと……っ」
上空から少女の声が耳に届き、ノイシュは急ぎそちらへと視線をやった。
いつの間にか無数にいた魔蛇達の姿はどこにも無く、代わりに視認できたのは驚愕の表情を見せる暗紅の悪魔だった。
未だその身には赤黒い煌きを宿している――
「――ゆっ、許さんっ、絶対に……ッ」
不意に暗紅の悪魔が全身を大きく広げた。
再び暗紅の使い魔達がその姿を現わし、真っ直ぐに下降していくのをノイシュは視認する。――
――こちらにっ、来ない……ッ
無意識にノイシュは両眼を見開いた。魔蛇達が斃れた術戦士達に次々と取り憑いていく。
視界の先で贋の魂を受けた死骸達が次々と立ち上がり、その赤黒い瞳をこちらに向けてくる――
――暗紅の悪魔っ……お前は、何てことを……ッ
思わずノイシュは強く掌を握った。死霊と化した戦士の数はざっと十名――いや、さらに増えていく。
死した彼らに、なおも戦いを強いるなんて――
「――その結界は彼らの侵入をも防げるかな……っ」
~登場人物~
ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手
ウォレン・ガストフ……ヴァルテ小隊の隊員で、戦士。男性。あらゆる術を無効化する術耐性の持ち主
エルン・ルンハイト……ノイシュおよびミネアの義妹。術増幅という超高位秘術の使い手
ミネア・ルンハイト……ノイシュの義妹かつエルンの義姉。魂吸収術という超高位秘術の使い手。通称『暗紅の悪魔』




