呉越同舟 2
※本日二話目です。
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キョロキョロと辺りを見回し、「付いて来い」と言う四十男はそこはかと無く怪しく……。
俺は近衛兵の恰好をしたランス君を近くに見つけ、軽く合図をしてからネルファに付いて行った。
これで俺の位置をランス君が把握したから、万が一のことがあっても安心だ。
ネルファに付いて行くと、こざっぱりとした談話室に通された。
装飾は黄金がふんだんに使われているが、下品にならないところが憎らしい。これが本当の品性というものであろうか。
ネルファは豪勢な椅子に腰掛け、キョロキョロと落ち着かない俺にも座るよう言った。
「この部屋が珍しいかね? まぁ確かに元老院は帝国における最高議会――あらゆる調度も最高級ではあるが……」
「そうですね、歴史と伝統を感じます」
赤い座面の椅子に腰掛け、黄金のテーブルに触れながら答える。
すると、ネルファは手を打ちながら笑った。
「はっはっは! 歴史と伝統か! ……この部屋は去年、改装したばかりなのだがね。もちろんテーブルも新品だよ! あっはっはっは!」
どうやらこの部屋には、歴史も伝統も無かったようだ。
もう帰りたい――今すぐ帰りたい。ネルファの野郎、笑いやがって。
いくら俺が成り上がりの子爵だからって、もうちょっと気を使え。恥ずかしいじゃないか!
「さて、良い部屋を見せて頂きました。では、これにて――」
両手で顔を覆い、涙をキラリと光らせて俺は席を立つ。
「ま、待ち給え。まだ話が済んでおらんだろう!」
「おや? 私を虐めたかっただけでは無かったのですか?」
右手だけを顔から離し、ネルファをチラ見する。
「う、うむ――……すまんな。少し聞きたい事があったのだ。それで来てもらったのだが……気を悪くさせたようだ」
俺は再び椅子に座ると、背中を丸めて溜め息を吐いた。
まあ――彼はロサ家の重鎮でもあるし、話を聞いてみて損はないだろう。
「そうですか……聞きたい事とはいったい何でしょう? 次代のロサ公爵に呼ばれたとあっては、答えない訳にはいきますまい」
「うむ、そう言ってくれると助かる。実はな……――こほん」
言いにくそうに咳払いをしたあと、意を決したのかネルファが眉を吊り上げてこちらを見た。
その顔はどこにでもいる中年男のもので――脂ぎった醜いものだ。
けれど何故か無視出来ないものを感じ、俺は姿勢を正して彼の言葉を待った。
「……君は以前、クロヴィスと揉めた――そう聞いたのだが、間違いないかね?」
「……間違いありません」
「ことはイーラ家のご子息に関わる事だった――相違ないかね?」
流石に、これは答えられない。
ネルファの真意が分からなかった。
「ああ、卿が答えにくいのも無理は無い。私の立場をまず、はっきりさせておかなければな。
つまり私は、この件に関して、あのようなやり方に反対する者だ」
さて――この言葉が本心か、そこが問題だ。
単にクロヴィスの差し金で、俺を試しているとも考えられるし……。
「無言でいるところを見ると、アレクシオス卿はクロヴィスと和解したのかな? どうも今日は仲良くしておったようだし……であれば、話は終わりだが……」
俺は周囲を確認した。
いつの間にか、四人の兵が部屋の中に配置されている。
となると――ここで話が終った場合、俺の未来は暗いのだろうな。
きっと兵に殺され、海に捨てられちゃうんだ。
海でなければどこかな? 山か川か……うう〜ん、そんなの何処でもいいか……。
腐っても相手はロサ家。俺を行方不明扱いにして事件を闇に葬る手筈も、万端整っていると考えた方がいいだろう。
ま――殺されてやるかどうかは別として、ネルファの覚悟は本物とみた。
彼は本当にクロヴィスの敵なのだろう。
ここで兵を動かす程なのだから、よほど思い詰めていたのかも知れない。
俺は足を組み、ネルファをジロリと見て言った。
もちろん足を組む事には意味がある。
決して余裕を見せた訳では無い。殺すなら殺せと言外に言ったのだ。
「それはネルファさま、あなたがロサ家において異端である――と考えてよろしいのですかな?」
ネルファが懐から布を取り出し、額の汗を拭う。
それから目を細めて――小さく頷いた。
「やはり君は、聡明だね。その通りだ」
俺は頷き、考えを巡らせた。
この動きをロサ家の主流派が知っているなら、これを利用して俺の考えを知る秤にも使うだろう。
逆に知らないとしたら、この男の方が一枚上手ということになるが……。
だったらそれ程の男が、なぜ今まで影に隠れていたのか。
まあいい――話を聞いてみよう。
「……私に何をしろと?」
「私はね、黒狼と言われる君の力を高く買っている。だからこそ――私の直属にしたいと考えたのだ」
「黒狼……つまり武人としての私の力が必要だと?」
「その通り――いいかね、良く聞きたまえ、黒狼。私の弟は総大司教だ、その権力は皇帝にも匹敵する。その弟が、良からぬ事を企んでいるのだ。
むろん所詮は弟だから、私がその気になれば追い落とすことは出来るだろう。しかし――その息子が厄介なのだ。彼奴等を同時に相手取る事は、些か不利でね……」
「クロヴィス・アルヴィヌス伯爵――ですか」
「うむ。あの男――若年ながら文武に通じ謀略にも長けておる。そこで私が対抗馬にと考えたのが――君だ。という訳で、よろしく頼むよ、子爵」
ネルファが身を乗り出し、俺を睨んでいる。
同時に四方を固める兵が、こちらに向き直った。剣を抜く。
つまり拒否すれば、殺す――ということ。
大貴族のやりそうなことだ。結局相手に選択肢を与えない。どころか自分の思い通りにことが運ばないと、癇癪を起こすのだ。
「――『はい』以外の答えは受け付けない、ということですか?」
ネルファの私兵四名が一歩、前に足を進めた。
「私としては『否』でも構わんさ。しかしまぁ……素直に頷いた方が君自身の為だと思うがね」
「やれやれ……返事をする前に、いくつか聞かせて頂いてもよろしいですか?」
「何かね、手短に頼むよ」
ネルファは余裕に満ちた笑みを浮かべ、俺を見つめている。完全に主導権を握った気でいるのだろう。
「総大司教猊下の企む良からぬ事とは、一体何でしょうか?」
「それを君が知る必要は、無いのではないかな」
「……答えては頂けない、と。ではもう一点。総大司教猊下の企みが成就した場合、ネルファさまにはどのような不利益があるのでしょう? あるいは我々にも、不利益があるのでしょうか?」
「ふむ……その程度はお答えしよう。まず、現状の貴族制度が根底から覆るだろうな。ロサ家は――うむ――あまり変わらぬかも知れぬ。ゆえに私の行動には大義があり、正義があるのだ。
ああ……むろん卿が相応の働きをしたあかつきには、ロサ家において確固たる地位を約束する。その程度の器量は、私にもあるつもりだ。ゆくゆくは執政官にもしてやろう。どうだ、平民出でありながら執政官になるなど、大した出世ではないか。うわっはっはっは……」
「そうですか。では――」
俺は溜め息を吐きつつ、立ち上がった。
「……レオンッ! ランスッ!」
俺の声に合わせて、揃いの鎧に身を包んだ十人の兵が室内へ突入する。
先頭がレオン、僅かに遅れてランス君が現れ、四人の私兵達を瞬く間に制圧した。
「なっ……なっ!?」
ネルファは一瞬、何が起こったのか分からなかったのだろう。
床に転ばされた私兵を睨み、「何をしておる!」などと怒鳴っていた。
そこに俺の影からリナが“ズズズ――”と現れてネルファの背後に回り、彼の弛んだ首筋へ短剣を突き付ける。
「首を斬り落とされたく無ければ、大人しくして下さい」
リナの冷然とした声が響き――……。
「ひ、ひぃぃ!」
ネルファは身体を硬くして、椅子の上でブルブルと震えていた。
「――にしても、ご主人さま? この程度の敵なら、私一人で十分でしたのに」
一方リナ、不満顔。俺、怒られちゃって……。
いやここは優位性を示す為にも、兵を使った方が良い場面だからして……とかネタばらし出来ないし……くすん。
まあ仕方ない、とにかく仕事にとりかかろう……。
「ネルファさま――あなたとの同盟、承知してもよろしいが……条件があります」
ネルファは泣きそうな声を出し、震えながら言う。
「な、なんだね?」
「状況をご覧になれば当然ながらご理解頂けると思いますが――主導権は私のモノです」
「わ、分かった。分かったから……助けてくれ」
ネルファ氏がコクコクと頷くので、俺は言葉をさらに続けた。
「では今後はロサ家の内部で話し合われた情報を逐一、私に報告して下さい」
ネルファの顔色が見る間に変わる。追い詰め過ぎて逆上したのかも知れない。
「そん……な、それは無茶だ! そのようなこと、出来る訳があるまい! だ、だ、だいたい私をこのような目に遭わせて、無事で済むと思っているのか!?」
「出来ない? それは困りましたね」
「そ、そうだ! 今すぐ私を解放しろ! そうすれば今回のことは大目に見てやるッ!」
「大目に? あなたは何か勘違いしておられる。ネルファどのは今、罪人として捕えられているのですよ?」
「罪人、だと?」
「そうです。ランス――ネルファどのに罪状を教えて差し上げよ」
「はっ! 総大司教猊下を貶めるが如き言動が不敬罪に当たり、十日の拘禁に値しますッ! この場合は鞭打ち二十回の刑が相当かとッ! また、その発言からは殺害の意思を感じましたので、謀略罪も考慮の余地がありますッ! こちらは有罪となれば死罪ッ! 付け加えるならばセルジューク子爵に対し、公職をちらつかせた買収行為も罪に問えましょうッ! となれば反逆罪も適用されますので、現場にて極刑も可能となりますッ!」
兵士達を制圧後、直立不動で控えていたランス君。
俺の命令に凛と答えるその姿は、とても美しくて可愛らしい。
そんなランス君を甘く見てか、ネルファは自分の立場を大声で叫んだ。
「わ、私はネルファ・ロサだぞ! 罪がどうしたッ!? 極刑だと!? この私を裁判も無しに殺せるものかッ! アレクシオス・セルジューク! 調子に乗るなよッ! 黙っておれば言いたい放題言いおって!」
「できますよ、この場であなたを処断することも……だから言動を慎むべきは、あなたの方だ」
俺はニッコリ微笑み、懐から一枚の羊皮紙を取り出してネルファに突き付ける。もちろんテオドラの令旨だ。
令旨を見たネルファは顔面にブワリと冷や汗を浮かべ、ガックリと項垂れた。流石に観念したのだろう。二周りほど小さくなった様に見えた。
「……まさか……私が嵌められたと言う事か……こうなれば止む無し……か……」
「策士、策に溺れると申します。ロサ家とて一枚岩ではない……誰かがいずれ接触してくるだろうとは思っていましたよ。まあ、これほど早くあなたが来るとは思っていませんでしたがね。
さて……もう一度聞きましょうか――総大司教の企みとは、一体どのようなものですか?」
「……わ、私も全てを把握している訳では無いのだ。だが――ヤツは聖堂騎士団二二〇〇〇の存在を帝国に認めさせ、その武力を持って独自の国家を築こうとしているッ! これだけは間違いないことだッ! やめさせねば、帝国に未曾有の混乱を招く事になろうぞ! だから私は、その為に起とうと……本当だ、正義の為なのだ……!」
「よろしい、これでロサ家の企みは露見した。ネルファ・ロサ――私に協力するならば特別な恩赦を持って、今回に限りあなたの立場を保証しますが――」
ネルファは全てを諦めたように首をカクカクと縦に振っている。
「きょ、協力する……します……させて下さい」
「よろしい。これから我々は同盟者です」
がっくりと項垂れたネルファが、呆然としながら呟いた。
「これが……黒狼……誰も勝てる訳が無い……」




