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冴えていないアレクシオスと可哀想なランス君

 ◆


 我が家の居間で、帝都に渦巻く陰謀についてランス君に説明をした。

 木のテーブルを挟んで、向かいに座るランス君が真剣な眼差しで俺を見つめている。随分と緊張した面持ちだ。


「つまり敵を賊軍に貶める――ということですね」


「うん、そうだね。近衛軍団が他の軍団と比べて、とりわけ団結している理由は皇帝直属の誇りがあるからだ。それが取り払われてしまえば、兵の士気はガタ落ちさ」


「ですが、相手はユリアヌス皇子。同じく令旨りょうじを出してくれば、どうなりますか?」


「それは大丈夫、だって彼は現状を知らない。と言うより――クロヴィスは殿下に計画の全貌を明かすことが出来ないんだ。なぜなら殿下は皇帝陛下に取って代わろうなどと、夢にも思ってもいないだろうからね」


 俺は片目を瞑って、なるべく茶目っ気を出してみた。

 語る内容が深刻過ぎて、ランス君の顔色が悪くなってきたからだ。

 俺が淹れた茶を青い顔で飲み、彼は頭を振っている。


「ええと……じゃあクロヴィスは皇帝陛下を手中にした後で殿下に報告し、近衛軍団を掌握するつもりだと――そういう事ですか」


「その通り。だからこそ機先を制する為に、テオドラさまの令旨りょうじが必要なのさ」


「まったく、あなたって人は……それを今夜、テオドラ殿下から貰ってくると言うのですね?」


 ランス君の額には、薄らと汗が浮かんでいる。

 気温は既に肌寒いので、きっと冷や汗なのだろう。

 まあ、俺も悪逆な手を思い付くモノだと自分で呆れているが……。

 もしかしてランス君、俺のことを酷いヤツとか卑怯者とか思っているのかな……。


「軽蔑――したかな?」


「まさか! 逆です! こんな風に予測して確実に有効な手を打つ――アレクさまは戦争だけでなく、政争すら掌の上で転がすかのようで……俺なんかじゃ、到底及ばないなって!」


「ああ――いや……決して褒められたモノではないよ。テオドラさまに兄君と骨肉の争いを、させようとしているのだから。それに、どういうつもりかテオドラさまは、私に婚姻を申し込んで来たんだ。これだって有耶無耶にしてしまったしね」


 ピクン――と、ランス君の細くて綺麗な眉毛が跳ね上がる。


「テオドラさまが、婚姻を?」


「ああ。どういうつもりか知らないけど……」


「そうですね――どういうつもりなんでしょうね」


 スッと俺から目を背け、ランス君が下唇を噛んだ。

 ちょっと不愉快そうな表情だ――もしかして彼は、テオドラのことが好きなのかな?

 うん、まあ――テオドラも美人だからね。

 そうか、そうか――ランス君は男の子だもんね。好きな子くらいいるよ。

 ごめん、気付かないで!


「大丈夫――ランス君だって武功を立てて地位が上がれば、爵位を賜るだろう。そうしたら、きっと釣り合う様になるさ」


 俺が素晴らしいフォローを入れると、見る間にランス君の表情が明るくなった。そして、モジモジと言う。


「俺も、きっと貴族になります……ケド……それまで、待ってて下さいますか?」


 うーん……それはどうだろう? 俺はテオドラじゃないから分からないけれど……。

 でも、ランス君の恋は応援したい。よし、適当だけど、励まそう。


「もちろんさ! 大丈夫!」


「フーッ」とランス君が安堵の溜め息を吐いた。それから頬を若干染めて、照れた様に言う。

 そりゃ好きな子の話題だから照れるよね。


「こ、こんな話をしている場合じゃあ無かったですね……はは」


「なんで?」


「だ、だって、ことは、帝国を揺るがす一大事変でしょう?」


「うん、まあ――そうには違いないけれど」


「それに、不思議です。これを一連隊長の立場で止めようなどと、正直……――普通は思いません。はっきり言って勝算が低過ぎます」


「正気の沙汰じゃあない――かな?」


「はい……」


「そっか。こんなときランス君なら、どうする?」


「俺なら、放っておきます。クロヴィス・アルヴィヌス伯爵が帝国の実権を握ったなら、きっと様々なことが変わるでしょう。四公爵の力関係だって、今のままとは思えない。

 だったら、その中で立ち回った方が出世出来るんじゃあないですか。

 それに皇帝陛下が惰弱なユリアヌスさまに代わるなら、それはいっそ有り難い。だって彼に代わる機会が巡ってくるかもしれないから――アレクシオス・セルジュークだったら……ですけど」


「それは……大逆の発言だね、ランス君」


「反逆罪で――俺を処刑しますか? それもいいでしょうね……だったら、あなたはその程度の人だし見込み違いだ……そんな人に夢を託そうとするなんて、俺もヤキが回ったな……」


「ぐすん」とランス君が鼻水を啜った。

 泣きそうになるほど恐いなら、何で言うかな……。


「ええと、ね……」


 俺は首を巡らし、庭を見た。

 西に傾き始めた太陽が、庭に生えたブナの木を照らしている。

 黄金色に染まった葉っぱが、切なそうに揺れていた。


 時々ポトリ、ポトリと小さな実が落ちて、それをリスが拾い食べている。

 小さな動物も冬支度をしているのだろう。が――そもそもなんで、庭にブナの木が生えてんだ?

 前の家主が養豚でもやってたのかな。ブナの実は豚の餌になるし……うーん……俺もやってみようか。


 なんてこと、考えている場合じゃ無いよね。

 相変わらずランス君が俺をじっと見て、下唇を噛んでいるんだから。

 本当に「処刑されるかも?」なんて考えているのかな?


 とりあえずランス君を処刑なんてしたくないし、どうしたものか。

 悩んだ末に俺の口から飛び出したのは、あくまでも建前であった。


「これでも帝国子爵でね、元老院入りを果たしたんだ。つまり私は今や、上級貴族の端くれと言っても過言ではない。

 となると掛かる一大事、真実を知りながら黙って見過ごすなど、帝国貴族として矜持が許さないのだよ」


「――嘘つき。そんな話、信じるわけ無いじゃないですか」

  

 ううむ……。

 今はナナもテオドラが指定した雑貨屋へ確認に行っていないし、兵士達は外を巡回している。

 レオンも知り合いの近衛兵の所へ行って留守だ……。

 つまり今はランス君と二人きり、となれば、他の誰かに話を聞かれる心配はない。

 ……まあランス君なら男同士だし、本音を話すに吝かではない……か。

 

「だよね……ええと、私も本音を言うよ。悪いけれど他の皆には秘密にして貰えるかな……その上で、理由を聞いて私の手伝いを断ってくれても構わない。何しろ、実はとても個人的な理由だし、きっと君を失望させることになるだろうから、さ」


「え……あの、失望なんてしません、絶対」


「そうかな?」


「そうです――だって……」


「でも、君は将軍になりたいんだろう?」


「はい。今は――アレクさまの下で将軍になるって決めました」


「それだよ、それ。私は君が将軍になる手伝いはするけれど、私の下でっていうのはね、違うと思って」


「どういうことですか?」

 

「ええと……何というか、私はランス君、君がとても好きなんだ。だから、ずっと仲良しでいたい。つまり――部下として見るというより、良き友人でありたいんだ。

 だから君には隠し事をしたくないし、隠し事をしないことで協力して貰えなくなったとしても、それは仕方が無いかなって――そう思うんだ」


「……え、アレクさま――今、なんと? 俺のことが好きって……聞こえましたけど……」


「うん、大好きだよ」


「えっ……それってもしかして、両想い……?」


 ランス君って、時々変なことを言うよね。男同士なのに両想いってさ……。


「ええとね、ランス君……両想いっていうのは……」


「あっ、そうですね。つい――言っちゃっただけで……俺達はその……違いますから……分かってます」


 どうやら言葉のアヤだったらしい。

 友情も言い方を変えれば、確かに両想いと言えなくも無いからね。

 もしかしたらランス君の生まれた地方では、そう表現するのかもしれない。


「あのさ――唐突な話しだけど、ランス君は前世の記憶があったりするかい?」


「ぜ、ぜ、ぜぜ、前世、ですか?」


「うん――実は私には、それがあってね。もしかしたら君も、私と関わりのある誰かなのかなと思って……」


「あ、ああ、あるかも知れません! なんか、他人の様な気がしませんから……も、もも、もしかしたら、ふ、夫婦だったかも……なんて……あは、あははははは! おしどりふーふぅ、なんちゃって、なんちゃって〜〜!」


 ランス君ってば、冗談言ってら。

 だけどランス君が嫁か――それって結構イイかも……。

 はっ! いかん! 俺は百合神のプリースト! 断じてホモにはならんぞォォォオオ!


「いやその、私の前世は悲惨なモノだったよ。恋人なんていなかったしね……だからランス君が私の前世と関わりがあったとして、夫婦ってことは無いね……はは」


「へー……なんだ……」


 あれ、なんかランス君、あからさまにテンション下がってないか?

 と、とにかく説明をしよう。


「だけど――実はね、ガブリエラ・レオとディアナ・カミルの二人が、私の前世で親友だったんだ」


 大きな栗色の瞳をパチクリとして、ランス君が首を傾げている。


「アレクさまの前世って、もしかして女性だったのですか?」


「いいや――逆だよ。あの二人が、もともと男だったんだ」


「あ、ああ〜〜……え? えぇぇええええ!? あ、でも……!」


 “パンッ”


 手を打ち鳴らし、ランス君が大きく頷いた。

 何かに納得したのだろう、「そういえば」とブツブツ言っている。


「でね、そのガブリエラが陰謀に巻き込まれ、その策略の過程でユリアヌス皇子と結婚させられそうになった訳で……」


「そりゃ元男な訳ですから――当然ガブリエラさまは結婚なんて嫌ですよね」


「その通り!」


 ビシッと人差し指でランス君を指し、俺は苦笑した。


「要するに、私は親友の苦境を助けたい訳だ。だってもしも私が逆の立場だったら、泣いて喚いて全力で嫌がるだろうからさ」


「なるほど。アレクさまは、お優しいのですね」


「いや――単なる我が侭だよ。こんなことに、沢山の人を巻き込もうとしている。事は本来、私とガブリエラ――せいぜい巻き込んでも、ディアナだけで済まさなきゃいけないのにね」


「いいえ――その――話して下さってありがとうございます。すごく嬉しい……」


「はは……ところでさ、どうする?」


「どうする、とは?」


「失望したんじゃないかと思って――」


「まさか――逆です。もっともっと、アレクシオスさまの事が好きになってしまいました」


「だけど君の上に立つ様な、そんな野心は持ち合わせていないよ?」


「いいんです、決めました。いつかあなたが皇帝になりたいと言う日まで、ずっと付いて行きますから」


「言わないと思うよ……ランス君?」


「大丈夫! その優しさを含めて、あなたは覇者になるべき人なんです! 逆に確信しちゃいました! あはっ!」


 何だろう、ランス君の笑顔が凄く眩しい――。

 テーブルに置いた俺の手を、ランス君の両手が優しく包んでくれて。

 あれ……ランス君が身を乗り出して、柔らかそうな唇が……。

 うん、いいかな。ランス君って男だけど、ここはキスするタイミングかなぁ〜って思ったら……。


 “バタン”


 危ないところで、ナナが帰ってきました。


「雑貨屋の女将さんの了解、貰ってきたよ。元乳母って言うから、どんなババアが出て来るかと思ったら、案外キレイな人でさぁ〜〜……」


「「こほん、こほん!」」


 俺とランス君は慌てて離れ、ナナの労をねぎらって。


「あ! ナナさん、お帰りなさい!」


「そ、そっか、ありがとう。じゃあ準備が整ったということで、今夜に備えて少し休もうか」


「ん……なんだい、二人とも? あ……もしかして、あたしが邪魔をしたとか?」


「ま、まさか! 男同士で邪魔も何も、あるわけ無いだろ! ナナはもうっ、おませさんだなぁ〜〜あは、あははは、バカ言うなよぉ〜〜!?」


 ナナは不思議そうに目を瞬き、ランス君を見た。

 ランス君は目を丸くして、俺を見ている。それから頬をポリポリと掻いて、溜め息を吐いた。


「アレクシオスさまって、もしかして……」


「ランス……当たりだ。気付いてないよ、このバカは」


「みたい……ですね。あはは……」


「言うかい?」


「んん……いいえ、大丈夫! 嫌でも気付かせてみせますから! 見てて下さいね、ナナさんっ!」


 まさか二人は、俺がホモであることを自分で気付いていない――という話をしているのか?

 やめてくれ信じたく無いだけだ許して下さい百合好きノーマルでいたいんです!

 ランス君にハァハァしているなんて知られたら俺はもう終わりなんだぁああああ!


「じゃ、じゃあ、私は一足先に、夜まで休ませてもらうよ。ナナは案内をよろしく。ランス君は、また今度ね」


 俺はなるべく平静を保ち、居間を後にする。

 そうして俺は、今夜テオドラの皇女宮へ忍び込むのだが。

 なぜかそこには、ランス君もいたのであった。


 あ、そっか。

 

 ランス君って、テオドラの事が好きだったんだ。そりゃ、来るよね〜〜!

 いっそランス君がテオドラとくっつけば、俺、ホモ化の恐怖から逃れられるかも……!


 ようし! 俺、冴えてるぜッ!

長くなったので二話に分けました。

次話は近日中に投稿します。

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