見解の相違
◆
夜も更けてきた。しかし、ザッカールの町は喧噪に満ちている。
街の人々と俺達の交流の宴が始まっていた。
もちろんエリティスにしてみれば、複雑な思いだろう。
俺だって、不安は残っている。
例えばティグリスはトリスタンに勝っただろうか――とか。
これからポーラちゃんをどう扱えばいいのだろうか――とか。
もっとも、ここから大局が変わることはないだろうけれど……。
「ま、あいつが負けることはないか」
「あいつ? 誰のことだ、アレク?」
「ティグリスだよ」
俺は今、広場で笑い合う人々の輪から離れ、灯台の陰で暗い海を見つめていた。
ガブリエラに話があると言われ、呼び出されたのだ。
ガブリエラは俺の横に並んでいる。彼女は後ろに手を組み、右足をプラプラと動かしていた。
「ふうん……ア、アレク。お前ってさ、もしかして男の方が好きなのか――?」
裏返った素っ頓狂な声で、ガブリエラが言った。
その意味を脳内で吟味すると、ガブリエラは俺に「ホモォなのか?」と聞いていることになる。
な ん だ と !
この“フワッフワ=ユリスキー”ことアレクシオス・セルジュークさまに向かって、男の方が好きかだと?
何を言っているのDESUKA、コノTS娘ハッ!
男から女へと華麗なるトランスフォームをキメた貴様に、前世と今世、絢爛たる童貞を決め込んだ童帝たる俺様の辛さが分かるとでもいうのかねッ!?
この世界に俺ほど女性を愛し、大切にしている観葉植物は無いのDAGANEッ!
俺はガブリエラを見下ろし、顎クイを決める。
「ガブリエラ……」
「な、なんだよ……」
潤んだ青い瞳が、左右に揺れていた。明らかに動揺している。
「こっちに来い」
「ひ、引っ張るな! 付いて行くからッ!」
俺はガブリエラの手を引き、さらなる物陰に連れ込んだ。もはや人目は無い。
そこで彼女を木の根元に押し倒し、俺は馬乗りになった。
これが俺の、「ホモォじゃないぞ、分からせ作戦」だ。
どうだ、恐かろう。
俺が男好きなら、こんなことはしないぞ。
「俺は男だ」
「し、知っている」
「だからなァァ……俺は今からぁ〜女になっちゃったお前にィィィ、あんな事やァァ、こんな事ォォ、やるッ! いいかァァァ、ガブリエラァァァ、俺ぁなぁ……やると言ったらやるッ! そういう男なんだぜェェェ! 俺はァァ女好きのォォォ、男だからなッ!!」
しかし意外にもガブリエラは何の抵抗もせず、じっと俺を見つめている。
こうまでされても、まだ俺をホモォだと思うのか。強情なやつめ……。
「あ、ああ。知っているが……」
しかしコイツ、何を狙っているんだ?
普段のガブリエラなら必至で抵抗し、俺は今頃吹き飛ばされているはず……。
いつでも受け身を取れる様、俺としては体勢も万全なんだけど……。
ええい、ままよ!
俺はこのまま、ガブリエラに「分からせ作戦」を続行した。
「ふっふっふ――俺が女より男が好きだって? 馬鹿を言っちゃいけない……俺は女が大好きだ。それを今から、お前の身体で分からせてやるぜェェェ!」
「そ、そうか。なら、良かった……あの、さ。あんな事や、こんな事ってさ……やっぱりアレなのか……? おれの身体で分からせるって、そういうことなのか?」
ガブリエラがモジモジとしている。何故か内股だ。ふふっ、怯え始めたな。
ここで剣を使われたら危ないので、そうなる前に俺は彼女の腰に手を掛けた。剣を外し、帯を緩める……と。
これが普通の男女であれば、犯罪に近い。合意の無いおせっせは、やってはいけないことだからな。
ていうか、おせっせってどうやるんだ? 童貞エリートの俺は、よく分からないぞ?
“カチャリ”
剣をガブリエラの手が届かない所に置いてから、俺はガブリエラの下腹部に手を置いた。
「あっ……」
目を閉じて、ガブリエラが顔を仰け反らせている。なんだ、なんだ、痛かったのか?
だがまあいい。ガブリエラが泣いて許しを請うまで、女扱いしてやるぞ。
もしくはキレて、俺を投げ飛ばすまでだ。
俺は彼女の下腹部に置いた手を徐々に上へとずらし、胸の膨らみに触れた。
「クックック……大きな胸だなぁ……揉みがいがあるぜェェ!」
「うっ……あ、あんまり激しくしないでくれ……おれだって初めてだし、恥ずかしいんだ。それに外だし……」
俯き、伏し目がちになるガブリエラ。軽く下唇を噛んでいる。
何それ、激しくって何でござる?
「えっ……」
「何してるんだ、変なとこで止まるなよ、アレク……誰かに見られちゃうだろ――男好きじゃないって、証明するんだろ?」
白い息が、幾度も吐き出されていた。寒いはずなのに、ガブリエラの頬が上気している。
だが煽られて引くほど、俺は甘く無いぞ……。
甘くは無いけど、これ以上やると取り返しがつかないことになりそうだ……。
「あ、ああ、そうだ。つぅまぁりィィイイ! 俺はお前とヤるッ! そんな俺がァァァアアア、ホォモォである訳が無いッ!」
俺は再び立ち上がり、くるりと振り返った。練習したんだよ……ジョジョ立ち。
片足に全体重が乗るし、仰け反ってるし、大変なんだよ。
でも決まった――夜風に俺の黒髪が靡いている。
これで、ホモォのレッテルは剥がれるだろう。まさか、こんなところで使うことになるとは……。
しかし暫く待ったが、ガブリエラに反応が無い。
俺は恐る恐る振り返り、ガブリエラの様子を見た。
彼女は相変わらず俯いている。
ただ、先ほどと変わったのは、口元に手を当て、少し震えていることだろうか。
「……早くしろよ。寒いんだ」
ガブリエラが、小さな声で言った。
「ん?」
「だから、いいと言っている」
「なにが、いいんだ?」
「おれ、お前とならヤってもいいって言ってるんだ」
……ホワイ? コノ人ハ、ナニヲイッテルンデースカ?
「おれ、女なんだろ? だからお前がヤりたいなら、相手してやるよ。話が早くていいぜ……」
「そういえばさ、ガブリエラ。お前の話ってなんだったの?」
「だから、おれはお前のことが――」
「アーアーアーアーアーアーアー、キコエナーイ! 待って、俺は女の子が好き、オーケー?」
「あ、ああ……オーケーだ」
「よし……考える」
とりあえず、俺は顎に指を当てて考えてみた。
分かったぞ。これは世間一般で言う所の「親友×TS娘」現象だ。
つまりガブリエラが俺の事を好きになってしまうのは、必然。
そして彼女の告白を聞けば、恐らく俺は受け入れざるを得ない。
なぜかって? それが様式美だからだッ!
そんなもの、太陽が東から昇って西へ沈むように、TS娘は親友に恋をする。
だが待て。ウェイウェイウェイウェイウェイ……!
ガブリエラの肉体は女だ。しかし心は男である。
これは、揺るぎない事実。事実のはずだ。
となると俺がガブリエラとヤったら、即ち精神的ビィィィエェエエルッ!
まあ、その辺の属性は俺には無いからして……ちょっとこれは、ご遠慮願いたい。
萌えポイントじゃないんだよね〜拙者的に。
やっぱりTS娘はTS娘とくっつくのが筋っしょ! ねっ!
と、俺の性癖コンピューターは結論を出した。
よって、俺はガブリエラに伝える。
「俺は女が好きだ。つまりお前の身体は大好きだが、よく考えたらお前は中身が男だ。これは、逆にマズい……後々のことを考えたら、ヤらない方が良いと思う。だって俺達がホモォになってしまうだろう。
な、ガブリエラ、お前も少し混乱しているんだよ。そうに違いない。TS娘×親友は様式美であって、懐古的ロマンチシズムの一環だと俺は思う……」
「……えっ!?」
急に俺を見上げ、ガブリエラが涙を目に溜めた。
「それにな、様式美と言う意味では、もう一つの可能性があるんだ。つまりィィィ! お前にはもう一人、親友がいるッ!」
「でも……おれっ……お前のことがッ!」
「ガブリエラッ! そこまでだ! それ以上言えば、親友ではいられなくなるッ!」
「……おれじゃ、駄目なのか?」
「チッチッチ……駄目じゃあ無いから、お前の告白を聞きたくないんじゃあないかッ!」
「意味が……分からない……!」
「いいか、ガブリエラ。俺は女性が大好き過ぎて、女性と女性の組み合わせでしか興奮しないんだよ」
「……知ってる……百合……だろ?」
「そう」
「それは知ってるけど……でも、誰かを好きになったりとか、そういうのは……」
俺を見上げるガブリエラの瞳に、夜空の星が映り込んでいる。
だんだんと気温も下がってきたのだろう。ガブリエラは震えていた。
それでかな? ガブリエラが俺の胸に飛び込んできた。
俺も寒かったし、ギュっと抱きしめてみる。まあ、邪険には出来ないよ。親友だもの。
ああ、人間って抱きしめると暖かいんだなぁ。
モフモフの犬しか抱きしめた事無かったから、知らなかったぁ〜。
ではなく……。
「ともかく、俺はホモォではない。お前は親友だし、ディアナと俺も親友だ。だからこそ、お前とディアナの咲かせる大輪の百合を見たい」
ガブリエラを身体から離し、親指を立てて俺は言う。
またまた、決まった……。
未だかつて、こんなにカッコいい観葉植物があっただろうか……フッ。
「アレク……おれとディアナだとしても、それは“びーえる”ってやつだろう。百合じゃないと思うぞ」
「そ、それは……あくまでも見解の相違……JK」
ガブリエラの言葉に愕然として、俺は膝から崩れ落ちた……。
◆◆
広場に戻ると、辺りが慌ただしくなっていた。
テオドラの部隊とドムトの部隊がやってきたからだ。
テオドラは俺を見るなり飛びついて来た。
「提督ッ! 浮気してねぇだろうなッ!」
返り血を浴びていて生々しいが、まさしく八重歯の可愛いテオドラであった。
癖のある赤銅色の髪が、冬の月を反射してキラキラと輝いている。
ガブリエラは横で何かを言いたそうにしていたが、大きく息を吸ったかと思うと、無言で去って行った。
「は? いや……殿下が無事で何よりです」
「殿下じゃないッ!」
「ああ、テオドラ……よく働いてくれた」
ガブリエラの様子がおかしい。さっきの話で、納得しなかったのだろうか。
テオドラに頷きつつも、俺は彼女が気になっていた。
だが、事態は予断を許さない。ポーラちゃんが俺の服の裾を掴み、キッとテオドラを睨んだ。
「女狐……」
「なっ……このガキ……」
そんなとき、誰かが叫んだ。
「道を開けろ! 医者を呼んでくれぇ! ドムト副長が大変だッ!」
俺はテオドラを見て、彼女に確認をする。
「ドムトに何が?」
「あたしは――河の反対側を移動していたから、ドムトに何があったかは……」
テオドラは首を左右に振っていた。
だが彼女はすぐに声を張り上げ、兵に事態の説明を求める。
「誰かッ! ドムト副長に何があった! 説明出来る者はここへッ! アレクシオス隊長に状況説明をッ!」
この辺りは副官として、キチンと仕事をしてくれるテオドラだ。
すぐに一人の兵がやってきて、俺に報告をした。
「敵将と一騎打ちをしまして、討ち果たしたのはいいのですが……どうやら敵は毒を使っていたようです。でも副長はそれを隠して、今まで俺達を指揮してたんです……」
兵の声が涙で震えている。
つまりは一刻の猶予も無いということであった。
俺はすぐにディアナを呼んで、ドムトの下へ駆け付ける。
すると板の上に乗せられたドムトが、蒼白な顔で荒い呼吸を繰り返していた。意識は既に無いようだ。
「……何だ、この大量の傷跡は……? 紫色に変色しているし、それに酷く腫れている……エリティスの邸に運べ! 急げッ!」
ディアナもすぐにやってきたが、酒瓶を手にして赤ら顔だ。完全に酔っていた。
「ディアナ、酔いを醒ませ!」
「待って。もうちょっと……」
「呑気なことを言ってる場合じゃないだろッ!」
「五月蝿いなぁ……って……あらら、こりゃ大変だぁ。毒が細胞を破壊して、筋肉まで壊死させてるねぇ〜。フヒヒ……しかも、こう何カ所もあっちゃ、手術しても間に合うか分からないよ〜〜」
ディアナは真剣な眼差しだった。どうやら診察をしているらしい。
ドムトの瞼や唇を捲って、色々と確認をしていた。
「ん〜……口や目からの出血も見られるねぇ〜……」
「……危ないのか?」
運ばれるドムトに付き添って走りながら、俺とディアナは話している。
「う〜ん……毒の種類が分からないと適切な処置は難しいねぇ〜。まぁ、症状から何となく予想は出来るけどぉ〜へぶっ!」
石に躓いて、ディアナが転んだ。酒瓶が割れて、彼女は鼻を押さえている。
「いたぁ〜い! ボクも負傷したぁ〜!」
おいおい……唯一の医者がこれで、ドムトの命は大丈夫なのだろうか?
「毒ならよ、エリティスの弟、タウロスと戦ったんだろうぜ。だったら毒の種類は蛇だ……」
ヴェンゼロスがディアナを助け起こし、禿頭を掻きながら走っている。
「そうか……だったらエリティスにも悪いことをしたな……」
俺が応えると、ヴェンゼロスは「それより俺は? いいのか、野放しで……」と言葉を続けた。
「……殺さないよ。追放もしない。悪いけど人手不足なんだ――逃げないなら手伝ってくれ」
「アンタ……すまねぇ……今度こそ、命懸けで役に立つぜ……」
ヴェンゼロスの腕が、目元に動いた。
キラリと光る何かが零れていたが、見なかった事にする。
――――
エリティスの邸にドムトを運び込むと、俺は広間にありったけの明かりを用意させた。
きっと、手術が必要になると考えてのことだ。
寝台の上にドムトを乗せて、待つ事しばし。
どうやってか酒を抜いたディアナが、白衣を着て部屋に現れた。
ディアナは手際よくドムトの衣服を切り取り、彼を裸にする。
その上で傷を見極め、どうするか考えようというのだ。
が――不幸なことに、ここでドムトが意識を取り戻した。
彼は、股間に両手を当てている。
「ごめん、もう見ちゃった。体格の割りに小さいよね」
「ふぐぅぅぅぅうううう……」
ドムトが泣いた。
全身に傷を負っても、敵を倒した男が泣いた。
ディアナには、武士の情けというものが無いのだろうか。
「……眠れ」
そう言って、ディアナはドムトを眠らせた。単純な眠りの魔法だが、麻酔も兼ねているのだろう。
ドムトの腕が、パタリと落ちた。涙が、頬を伝っている。
俺はドムトの心に手を合わせながら、ディアナに手伝えることがあるかを聞いた。
が――残念ながら無いとの事。むしろ出て行けと言われた。
既に手術は始まっている。
ディアナが始めた作業は、肉を抉ることであった。
「毒が組織を浸食している。切り取る必要があるんだ――時間も経っているから、かなりの肉を削ぎ落とすことになるね……」
木桶にベチャリ、ベチャリと入れられていく肉片は、確かに大きかった。
その割に出血量が少ないのは、多分ディアナの魔法だろう。
けれど、見ていて気持ち良いものでは無い。
言われた通り、俺は部屋の外で待つ事にした。
「頼む、ドムトを死なせないでくれ」
俺はディアナの背中に一声掛けて、扉を閉めた。
外の廊下にはガブリエラとテオドラが、心配そうに並んでいる。
犬猿の仲だと思っていたが、ドムトに対する想いは同じようだ。
二人は揃って「ドムトは大丈夫か?」と訪ねてきた。
「ディアナが何とかしてくれるさ」
俺は二人に笑いかけ、頷いた。
手術は長引いている。辺りも明るくなって、雀の無く声が聞こえていた。
いつの間にか眠ってしまったガブリエラとテオドラが、廊下で身を寄せ合っている。
あえて二人に一枚の毛布を掛けた俺は、一晩中ニンマリとそれを見守った。
とはいえドムトを思えば、この疑似百合を最高に楽しむことなど出来なかったのだが……。
“ギィ”
扉が開き、目の下に隈を作ったディアナが姿を現した。
「ドムトは?」
「大丈夫、今は眠っている。まぁ、かなり血を失ったから、二、三日はまともに動けないだろうけど……ああ、傷の方は魔法で全部塞いであるよ。疲れたぁ〜……魔力もカラッポ」
「ディアナッ!」
俺は思わずディアナに抱きつき、持ち上げでしまった。
だけどドムトが生きていてくれるなら、こんなに嬉しい事は無い。
もちろん弟を討たれたエリティスにしてみれば、複雑だろう。
だけど、だからといってドムトが死ぬ理由にはならないのだ。
「あ、アレク……ちょっと……」
「ああ、ごめん……半ば諦めていたから……本当にありがとう」
俺は苦しそうに顔を顰めたディアナを降ろし、彼女の両肩に手を乗せた。
「おい、ディアナ……おれが寝ている隙に、何をしているんだ?」
後ろでゴトリと音がした。
テオドラの頭が、床に落ちた音である。
ガブリエラが立ち上がった拍子に、テオドラの頭が床に当たったのだ。「いでっ!」と声が上がっている。
「しゅ、手術だよ。ほら……もう終ったから。ドムト、助かったって」
俺が説明をすると、眠たそうに目を擦ってガブリエラが頷いた。
「あ、あ〜〜……そっか……それは良かった」
そう言って浮かべたガブリエラの笑顔は、まるで天使を思わせるものだった。
え……ガブリエラが天使?
今度は俺が、目を擦る番だった。
――――
翌日、ティグリスがトリスタンを引き連れてやってきた。
何故かトリスタンを「俺の親友だ」、とティグリスが紹介してきて戸惑ったけれど……まあ、いいか。
こうしてマーモス諸島制圧作戦は、つつがなく終了した。




