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奇襲

 ◆


 身支度を整えたディアナと共に宿を出ると、既にヴェンゼロスが二頭の馬を用意してくれていた。

 馬が二頭なのはディアナが一人で馬に乗れない為だ。

 軍人ならば乗馬スキルは必須だが、魔術師はその限りではない。といっても軍団魔術師や宮廷魔術師で馬に乗れない者はいないらしいが。

 しかし今回に限り、ディアナが馬に乗れないのは良いことだ。


 デュフフ。


 俺は一頭の馬にしれっと股がり、ミネルヴァに伝えた。


「ディアナを宜しく」


 ディアナは馬上の俺をポカンと見上げている。たぶん俺と同じ馬に乗るものだと考えていたのだろう。

 ミネルヴァがディアナの襟首を掴み、巧みに馬上へ引き上げた。

 女性としては大柄なミネルヴァの前に、ディアナが収まる格好だ。


「日が暮れるまでには帰るよ。明日には補給部隊も到着するし、ヴェンゼロスは街を混乱させないよう宜しく頼む」


「お任せを」


 胸をドンと叩くヴェンゼロスは実に頼もしい。

 

 軽く片手を上げて挨拶をしてから、俺は馬を進めた。

 それから馬上で地図を広げ、現在位置とこれから行く場所の確認をする。

 マーモスは東西二百マイル、南北が四十マイルで枝豆のような形をした島だ。

 アイロスは島の北側、中心よりやや東の位置にある。

 アイロスから南に向かうとニーア山があり、その麓に城があるという。かつての領主の居城だ。

 そこからさらに南西へ進むと、マーモス第二の都市であるリーデに至る。


 今日の目的は周辺の農村を確認し、城まで行くことだ。

 かつて領主は居城に暮らし、眼下に広がる田園とアイロスの街を支配したという。

 マーモスが穀倉地帯であった頃は、伯爵領相当の土地であった。それがこんな有様になったのには、理由があるはずだ。


 恐らくは、政争。

 

 帝都からも程近く、周囲を海に囲まれた天然の要害。

 そんな場所に豊かな穀倉地帯を抱えた伯爵が存在しては、喉元に短剣を突き付けられたも同じこと――とでも時の皇帝を脅し、伯爵を失脚させた者がいたのだろう。


 ……領主になる以上、同じ轍は踏みたく無いものだ。

 

 暫く進むと、馬に揺られ続けたことでディアナがぐったりしてしまった。ミネルヴァの胸に頭をあずけ、だらしなく口を開いている。


「ふっー」


 ミネルヴァが笑みを浮かべ、ディアナの耳に息を吹きかけた。

 どうもミネルヴァは、美しいものとかカワイイものが大好きらしい。

 ディアナをからかいたい、という気持ちもあるのだろう。

 どちらにしろ、ミネルヴァには百合の素養がある。出来れば、このまま素直に育って欲しいと思う。


「ひゃっん!」


 驚いたディアナが、ピンと背筋を伸ばした。

 耳は苦手らしい、ディアナが本気で怒っている。


「このメスブタァ! そこは敏感なんだからヤメロよっ……!」


 馬の上で器用に内股になったディアナが、振り返りながらミネルヴァに暴言を浴びせた。


「メ、メスブタですって……?」


 ミネルヴァがブルブルと震えている。

 そう――彼女はドのつくMだ。メスブタと呼ばれて嬉しくないはずがない。

 ほら、目に涙を溜めて、口元を波打たせながら喜んでいるぞ。


「そ、そんなこを言う人はお仕置きよ……」


 ミネルヴァがディアナの身体をくすぐり始めた。

 身体を捩りながら逃げようとするディアナだったが、馬上のため上手く動けない。


「あ、あん……や、やめっ……ボ、ボクはっ……」

 

 ローブの内側に手を入れて、ディアナの胸を触るミネルヴァ。


「あっ、あっ……」


 まさかこんなところで美女に胸を触られ、感じてしまうTS娘が見れようとは。

 拙者、もう生涯に一辺の悔いもないでござるよ。デュフ、デュフフ……。


「ディアナぁ、貴女いま、私になんていったのかしらぁ? はっきり言わないと、下着がびちょびちょになるわよぉ?」


「……メ、メスブタぁ……やめろぉ……はぁ、はぁ」


「ああんっ、いいわっ、その言葉の響きっ!」


 今度はミネルヴァが、身体をビクビクと震わせている。こっちは言葉責めで感じているのだ。

 ちょっと歪な百合だが、それもまた良し。

 二人は険悪でありながらも劣情の籠った視線を絡ませ、馬上でイチャイチャしている。


「いい加減やめろよ……アレクが幽体離脱してる……だろ……こんなの見せたら、次は木にでも転生しちゃうよ……」

 

「……そうね、ちょっとした悪戯だったのだけれど、本当にあの方、見ているだけが好きなのね」


 うわぁ……二人がお互いの耳元で何かを言ってる。

「お姉さま、こんな所じゃダメ」「ディアナ、君が可愛くてしかたないんだ、許しておくれ」とか言ってるのかなぁ……デュフフフ。


「ア、アレク! 前、前っ!」


 ん? なんだ――ディアナが開けたローブを整えながら、騒いでいる。


 “ガァガァ”


 やたらと烏の鳴き声も聞こえるな。

 見れば前方の木に人が括り付けられて、ぶら下がっている。

 ううむ……巨大なてるてる坊主じゃなければ、あれは首吊り死体だ。


 馬を下り、近づいた。


 死体は老人のもので、見た所、死後それ程の時間は経っていない。

 嫌だなぁと思いながらも、俺は老人の死体を木から降ろしてやった。

 ミネルヴァは顔を顰めながら、ディアナは嬉々として手伝ってくれた。


 どうやらここはオリーブ園らしい。

 らしいというのは、木の大半が枯れているからだ。

 地図を確認すると、近くには麦畑もあった。

 ということは、ディアナとミネルヴァがいちゃついている間に村へ到着したらしい。

 

 横たわる死体を前に、ディアナが前に進み出た。


「ふうん……自殺ね……フヒヒ。まだ新しいから、魂も現世に留まっていると思うけど。どうする、アレク。事情、聞いてみる?」


 長い黒髪の下で、ディアナの頬がまだ上気している。

 ずっとミネルヴァに責められ続けたからだろうが、妙に色っぽい。

 

「どうしたの、ボクの顔をじっと見て。ねえ、アレク。事情、聞く? 火葬する? それとも屍鬼ゾンビにする?」


 やめてくれ、ディアナ。帰宅したサラリーマンに新婚の奥さんが「お風呂にする? 食事にする? それともわたしにする?」みたいに聞いてくるのは。

 

「事情を聞いてくれ。自殺なら理由を知りたいし、他殺なら問題だから」


「分かったよ……フヒヒ」


 ディアナは死体のおでこに触れて、ブツブツと呪文を唱えた。それから「うん、うん……それは大変だね、だけど少しまってくれれば……うん、うん……」と独り言を言い、死体から離れる。


「この人の名は、ミトリケス。あそこの村で暮らしている、このオリーブ園の持ち主の家族だって。だけどヴェンゼロスが帝国に負けたって話を聞いて、オリーブは取れないし食料も無いしってことで――口減らしと、ボク達に対する抗議の意味を込めて死んだらしいね」


「無駄死にね……こういう人は嫌いだわ」


 ミネルヴァは眉を顰め、老人の死体を見下ろしている。

 俺も同感だった。

 自分の価値観だけで物事を決め、残された人の気持ちも考えない。

 しかも抗議だといって、死体を片付ける事さえ許さなかったのだろう。それが疫病の元になる可能性さえ考慮せず……。


「辺境の農村でろくな教育も受けずに育ち、今に至ったんだ。頑迷な固定観念にとらわれていた所で、道理ではあるさ……フヒヒ」


 ディアナは事も無げに言って、老人の死体に魔法の火を放った。

 木に止まっていたカラスが“ガアガア”と鳴き、飛び去ってゆく。


「けれど口減らしが必要なほど食料が不足しているなら、深刻な問題だ」


 燃える老人の死体を眺めながら、俺は腕を組む。

 ミネルヴァが苦笑を浮かべ、肩を竦めて言った。


「それは、アレクシオスさま。あの人達に聞いてみましょう」


 いつの間にか辺りに人が集まっている。

 その中には先日戦った海賊も何人か含まれているが、主には女性や子供が多かった。

 

 ◆◆


「私がマーモス領主となるアレクシオス・セルジュークだ。この村は今度の冬も越せないほど困窮しているのか?」


 沿道に並ぶ住民の一人に、俺は声を掛けた。

 二十代半ば位の女性で、やせ細った子供の手を握っている。側でばつが悪そうに立っているのは、髭を生やした精悍な男だ。多分、昨日解放した海賊だろう。


「せ、説明はしたんだ。けどよ騎士さま、この村じゃ誰かが死ぬのは毎冬のことだ。今に始まったことじゃねぇ。それが多分――負けたことでいつもより多く死ぬんだろうって。

 だから爺さまは“わしが先に死ぬ、その分を子供に食わせてやってくれ”ってよ……俺ぁ止めたんだよ。ヴェンゼロスの旦那が信じたんだ、そんなことにはならねぇからって……」


 男の方が答え、女は俯いている。

 俺は頷き、別の質問をした。

 

「この村には何人住んでいるのかな?」


「三百人」


 今度は女が答えた。声が震えている。


 マーモスは最盛期、全土で十万の人口を擁した。周辺諸島も合わせれば、二十万を超えていただろう。

 実際、帝国の食料庫と呼ばれた程で、かなりの小麦やオリーブを帝都に運んでいた。

 この村も家屋の数だけ見れば、その五倍は住んでいてもおかしく無い。もっとも――朽ちかけた家々も散見するので、三百人というのは本当のことだろう。

 

 これが実情だとすれば、今のマーモスの人口は一万人にも満たない可能性もある。

 まあ――そうで無ければ僅か五百の兵で支配することなど、とうてい不可能だが。


「ディアナ、このオリーブ園と周囲の小麦畑を調べてくれ。ミネルヴァは彼女の護衛を」


「はいはい……って、アレク。ミネルヴァを借りていいの?」


 ディアナが心配そうに俺を見上げている。


「ん?」


 俺は頭を掻きながらも腰の剣に手を触れ、「大丈夫」と言った。

 実際この場で武器らしい武器を持っているのは、俺達だけだ。

 それに住民の多くは女性や子供。男達はいても大体が海賊だから、ヴェンゼロスの言いつけを守るだろう。だから問題ない。


「アンタ、領主だがなんだか知らないけどね……なんだってあの女――爺さまを燃やしたんだい?」


 先ほど三百人と答えた女が、恨みの籠った瞳を向けてきた。それをディアナにも向け、歯ぎしりをしている。


「彼女は優れた魔術師であり、同時に医者だ。死体からは――稀に毒素が出る。それが健康な者に感染すれば病になるから、ああして燃やしたのだ。燃やせば毒素も消えるからね」


 多少苦しい言い訳だが、菌もウイルスも知らない人に説明するのだから仕方ない。

 きっとこの地方は土葬が基本だから、燃やされた事で死者を冒涜されたと思ったのだろう。

 帝国でも上位の者は死後、荼毘に付されるが、むしろその方がレアなのだ。

 女は首を傾げていたが、納得するところもあったのだろう。「そういえば」と呟き、俯いた。


「だが――すまなかった。せめて祈ろう」


 俺は燃えてボロボロの骨だけになった老人の遺骸の前に片膝を付き、祈りの言葉を捧げる。


「……天に召しますミトリケスの御霊よ、安らかなれ」


 立ち上がり、民衆に向き直って「祈りを」と伝えた。


「お兄ちゃん、神官さまなの?」


 母親から手を離した子供が、俺の鎧に手を触れて言った。邪気の無い栗色の瞳が、真っ直ぐ俺を見つめている。

 俺は頭を振り、笑ってみせた。


「いや。子供の頃、教会で育っただけだよ。それで覚えている」


 正直に語ると、遠巻きに俺を見ていた村人達が少しだけ近づいてきた。


「貴族さまは……その……孤児だったのですか?」


 母親が子供の手を再び取って、俺に問いかける。

 

「まあ、色々あって」


「じゃあ、その若さで平民から貴族に?」


 驚きと哀れみと羨望の混ざった、複雑な表情で女性が俺を見ている。

 そりゃあ十六歳で領主になる――なんてヤツが来たら、どこの大貴族の坊ちゃんだ? となるのが普通だろう。


 だけど俺は違う。

 確かに父親は騎士だったけど、戦争で死んでしまった。いわば戦災孤児のようなものだ。


「まあ、偶然に偶然が重なっただけだけど……」


 村人達の視線が若干和らいだ所で、ディアナとミネルヴァが戻って来た。


「アレク、この辺一帯だけど、土地が痩せていたのは確かに魔術干渉の影響だったよ……フヒヒヒ」


 ディアナが左右の口角を吊り上げ、悪魔的な笑みを見せた。

 ミネルヴァは腕を組んで、「この子、化け物だわ」と言っている。


「つまり……?」


「ええ、あっという間に、この辺り一帯の魔術干渉を消し去りました。ディアナ・カミル(この子)が」


 ――――


 その後もう一つ村を訪れ、同じく周囲の農地を解放すると、ディアナの魔力はカラッポになってしまった。

 ディアナ曰く、魔力量は多い方だがSSS級を最強だと定義すれば自分はS級程度、とのこと。

 ちなみにクロヴィスがSSS級に該当するらしいが、魔力の使い方が未熟だったので万年二位だったらしい。


「例えば、人を一人殺すにはナイフが一本あれば事足りるでしょ。それを彼は隕石を落としたりしてね、無駄に魔力を消費する。

 誰かを転ばせようと思ったらバナナの皮が一つもあれば十分なのに、辺り一面を氷で覆ったりとかさ……フヒヒ……つまり馬鹿なんだよ、アイツ」


 いやまあ、今時バナナの皮で転ぶ人もいないと思うが……とは言わず、俺は大人しくディアナの言葉に頷いておいた。


 ともあれ二つの村の人々に来年の収穫を約束したが、この冬だけはどうしても食料が不足する。

 これは仕方が無いことなので、俺は自分たちの補給用に用意した食料を住民に分け与えることにした。

 幸いヴェンゼロスから貰った財宝により、俺の懐は暖かい。これを帝都で売りさばけば、なんとか島民を飢えさせることなく一冬を越えられるだろう。

 もちろん一万の人々を一冬越えさせるだけの金は無いが――そもそもマーモスにも食料はあるのだ。それと本土から送られて来る物資を合わせれば、という話である。

 だから住民達には明日以降、頻繁に輸送船が来るから、食料の足りない者はアイロスへ行って配給を受けるよう告げた。これで餓死者はかなり減るはずだ。


 さて、二つの村を視察しただけだが、もう既に午後だ。

 とりあえず今日はニーア山の麓にあるという、旧領主の館を確認したらアイロスへ戻ろう。そう思い、馬を駆った。

 館の門が見えてきた時のこと、左右を崖に挟まれた場所で、数本の矢が頭上から飛んできた。

 俺の馬もミネルヴァの馬も竿立ちになり、嘶いている。


 伏兵? しかしこんな場所で?


 正直、マーモスはヴェンゼロスがしっかり抑えているものだと思っていた。

 いや――これがヴェンゼロスの罠なら、万事休すか?


 そもそもこの館は、きっと領主が防御の為に作った城だ。

 だとすれば左右の崖は天然の要塞。

 敵が潜んでいる可能性を考えず、馬を進めたのはいかにも愚かだった。


 ミネルヴァが剣を抜き、周囲を警戒する。

 ディアナは困ったように頬を掻き、「参ったな……」と呟いた。


 正面の門が開き、二十人程度の騎兵が飛び出してくる。

 騎兵達は青い鎧を纏った人物を中心に、槍を構え迫って来た。

 ミネルヴァが俺の前に出て、精霊魔法を唱えている。


「ミネルヴァ、上からも狙われている。半包囲されたんだ、ディアナを連れて逃げろ」


「で、ですがっ!」


「上に二十、正面に二十。だが、まだ回り込まれてはいない」


「ならば戦いますっ!」


「囲まれれば全滅だよ。その前に逃げてくれ、俺が殿しんがりになって敵を食い止めるから」


「だったら私が残ります! アレクシオスさまより、私の方が強いっ!」


「有り難い言葉だけどミネルヴァ、君は女性だ。敵に捕まれば何をされるか、分かっているだろ? 行って援軍を呼んでくれ、それが最善だよ」


「わ、私はたとえ陵辱されようともっ!」


 そうだった……ミネルヴァはドMだ。陵辱はご褒美かもしれない。

 けれど、だからといって彼女を穢れさせてまで俺が生き残る、というのも違うだろう。


 俺はミネルヴァの馬の横面を叩き、方向を変えさせた。その後、馬の尻を蹴って駆けさせる。

 これは自分の迂闊さが招いた結果だ。

 そのせいでミネルヴァが敵に陵辱されるなんて耐えられないし、ディアナがそんな目に遭うのはもっと嫌だ。

 だから、たとえここで死ぬとしても、二人が逃げる時間くらいは稼がなければ。


「アレク! アレク! 恭弥ー!」


 ディアナの悲痛な叫びが、俺の耳朶をうつ。

 そうだ、俺はまだ死ねない。ディアナとミネルヴァが立派な百合っぷるになるまでは!


 ならばこの敵を、どう迎え撃つか。

 考えろ、俺。

 四十対一、しかも既に半包囲隊形。ガブリエラだって匙を投げるような状況。

 しかし、何か手はあるはずだ。生き残る手が。

 そもそもこんな所に騎士団なんて、いること自体がおかしいのだから……。

ちょい百合!(なのか?

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