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マーモス島沖の海戦

 ◆


「前進!」


 ヴァレンスが俺の命令を復唱した。

 水飛沫を立てて二隻のガレーが敵中に入ってゆく。

 敵はこちらの動きについてこれないようだ。正面の敵は動かず、両翼がゆっくりと広がりを見せている。


「敵は多分、いったい何が起きてるのか分からないんだよね……」


 ディアナが黒い扇を広げ、口元を隠しながら言う。その様は妖艶で、マッドサイエンティストには見えない。ていうか元男にも見えない。


「こうも敵がこちらの思惑通りに動くなんて――まるでアレクシオスさまの掌の中で踊っているみたいだわ」


 ミネルヴァが笑みを浮かべ、髪を掻き上げた。

 こちらも美しい。どうにかして、この二人をくっつけられないものだろうか……。


「ふっ……流石はアレクシオス。このような戦の最中にあっても、悠然と空を見上げている」


 ヴァレンスが前に進み出て、「提督」と俺に声を掛けてきた。

 おっと――うっかり妄想の世界に入っていたようだ。

 俺は指揮杖を揮い、「全速」を命じる。

 敵の広がりが臨界点に達した。あとはこちらに目掛けて収縮を始めるだろう。

 囲まれる前に敵の旗艦を叩く為には、更なる増速が必要だ。


「最大戦速! 目標、敵旗艦っ!」


 ヴァレンスの声が響いた。

 こちらの船が全速で敵の旗艦に近づいてゆく。

 両翼に展開して半包囲しようとしていた敵艦隊が、慌てた様に海上で左右往生していた。

 こちらの予想外の動きに、敵は慌てているのだろう。

「兵は詭道なり」とは孫氏の言葉。状況に応じて臨機応変に対応できない指揮官は、敗北しか齎さない。


「……敵はこちらに対応できていない、挟め」


 俺の命令で旗が振られた。

 ドムトの船と俺の船で、敵の旗艦を挟んでゆく。

 

「射て」


 投石機からは石が、バリスタからは大きな矢が敵旗艦めがけて飛んでゆく。

 距離が縮まると、甲板に上った百人が一斉に矢を放った。

 ヴェンゼロスの船が、瞬く間にハリネズミのようになってゆく。

 ここに至り、左右往生していた敵の艦隊が漸く息を吹き返した。


「囲め!」


「敵はたった二隻だ! 包囲して火矢を放てっ!」


「略奪は諦めろっ!」


 ヴェンゼロスが盾を頭上にかざしながら、矢継ぎ早に命令を下している。下手に欲をかけば、状況が悪化することを理解しているらしい。


 ――だが、遅い。


「接舷するぞ」


 ヴァレンスが言った。

 俺は頷き、テオドラを見る。「ヴェンゼロスは――」


「生かしたまま捕らえりゃいいんだろ、提督!」


 うむ。提督ではないが、テオドラは作戦を理解しているようだ。

 

 “ミシミシ”と音を立て、敵船と船縁が擦れ合う。少し後れてドムトの船もヴェンゼロスの船に接舷した。


「突撃っ!」


 テオドラの号令と共に、落とされた船板から百人の兵が敵船に乗り移ってゆく。

 ドムトの船からは――なんとドムトが自らティグリスとアントニアを率いて敵船に攻め込んでいる。


「跳ねっ返りの姫さまに後れをとるんじゃねぇぞ! ドムト隊こそ大将の精鋭だってこと、見せてやれっ!」


 ドムト、張り切り過ぎだ。

 とはいえ、これは帝国の剣や盾を従えるプレッシャーからかもしれない。生暖かく見守ってやろう。


 ミネルヴァは言った通り、着かず離れずテオドラを守ってる。

 そんな中、俺の側でディアナが悪魔的な笑みを浮かべていた。


「うわぁ……潮風に乗って血の匂いが運ばれてくるよ……フヒヒ……今日は何人死ぬかなぁ……」


 “ヒュン”


 風きり音が聞こえた。

 俺は盾を頭上に掲げ、ディアナを右腕で抱え込む。


「ひっ!」


 ディアナの小さな悲鳴が、腕の中で聞こえた。


「うん、火矢だね」


「アレク! シャレを言ったんじゃないよ!」


「ここは危ないし、とりあえず船室に降りてる? あ、酒はもうないよ」


「酒なんかいらないっ! てゆうか、アレクはどうしてそんなに通常運転なのっ!? 攻め込まれてるよ!?」


「そりゃ、この程度の反撃はあるよ。敵だって案山子じゃないし……」


 盾に数本の火矢が刺さり、燃えている。剣を抜いて、迫る矢を幾度か切り払ってもいた。

 火矢はすぐに水で消したが、こちらを包囲しようとしていた船が、ようやく本来の目的を達し始めたらしい。

 もっとも敵の思惑としては、この海域の中央で包囲しようとしていたはずだ。

 それが旗艦に接舷を許した状態での包囲になるなど、考えもしなかっただろう。


「やめろ! 火は放つな! 頭の船も燃えちまう!」


 火矢を放っていた船の中から、止める声が聞こえた。

 その通りだ。

 頭もろとも消し炭にしていいなら、いくらでも放てばいい。

 

 俺はこちらの船に接舷する敵の数を数えた。二つ、三つ――思っていたよりも良い動きをする。


「ディアナ、来るよ」


「わ、分かってるよ……うん」


「船室に行かないなら、俺から離れるなよ?」


「船室が安全って、どうして思うの?」


「別に……敵はここを突破できないから」


「それって、アレクが強いってこと?」


「敵との戦力差を考えれば、まあ……」


 ディアナの頬が一瞬だけ、桃色に染まる。火矢で火照ったのかな?

 

「じ、自信過剰な男はモテないぞ……!」


「事実を言ってるだけなんだけどな」


「ねえ、アレク。アレクは本当にボクが弱いって思ってるんでしょ……?」


 俺を見上げるディアナの目が、悪戯っぽく笑っている。


「だって剣も体術も苦手だろ」


「ボクは魔術師だよ。身体を使って戦う訳じゃないさ。まあ、見てなよ」


「いや、知ってるって、魔術師が戦術兵器ってことくらい。だから変な魔法を使わないでくれ」


「いーや、知らないね。魔法の分類としては、“戦略級”“戦術級”“戦闘級”ってあるんだ。ボクが考えたんだけど……んで、今から使うのは戦闘級……」


 どこの核兵器だよ……とツッコミを入れたかったが、既にディアナは集中モード。邪魔をしないようにしよう。


 俺から離れると、ディアナは両手を一度だけ大きく広げる。それから弓を引き絞る動作をした。もちろん実際の弓矢は見当たらない。


「異界の狩人パーサマーサ。その弓をもて我が獲物を穿て」


 弓を引く仕草と共に、青白く輝く光の弓矢がディアナの手元に生まれた。

 指を矢から離すと、一旦は大きく空へ向かって光の矢が飛んでゆく。 

 光の矢は大空で弾け、細かな流星となって船上に降り注ぐ。それらは全て、敵の海賊達へ吸い込まれていった。


 俺は目の前の光景を、信じられないものの様に見つめていた。

 船板を伝ってこちらへ向かっていた賊が、次々と海へ落ちてゆく。

 さらに重要なことは、敵が死んでいないことだ。


「ぷはっ!」


「いてぇ!」


「なんだこりゃ!」


 中には運悪く肩口から血を流している者もいるが、それでも致命傷にはなっていない。


「ディアナ、これは?」


「魔法なんて、使い方次第なんだよ……アレクの意図を汲むなら、なるべく殺さない方がいいんでしょう? 残念だけど……すごく残念だけど……」


「あ、ああ……」


「フヒヒ……礼ならさ、新鮮な死体がほしいな……三つくらい……フヒヒヒヒ。どうせテオドラさまが殺しまくってるし」


 ◆◆


 ディアナの魔法に驚いたのか、この船に接舷した敵の足が鈍った。

 それでも数十人が既に乗り込んでいる。

 俺はヴァレンスに目線で合図を送り、敵が落とした船板の破壊を命じた。

 ヴァレンスの怪力は凄まじかった。巨大な斧を一度振れば、船と船を繋ぐ船板を壊してしまうのだ。

 こうして自分の船と切り離された敵は皆、自ら海に落ちてゆく。

 

 そうこうしているうちに、テオドラの勝鬨の声が聞こえてきた。


「ヴェンゼロスは捕らえたっ! 海賊どもっ、無駄な抵抗はやめろっ!」


 まあ、十五分といったところか。

 あちらに乗り込んだのはテオドラ、ミネルヴァ、ティグリス、それにアントニアとドムト。

 ――制圧するにしても、過剰な戦力を投入している。

 しかも二船から二百人の兵を送り込んだ。こちらよりも小さなガレーに、だ。


 ミネルヴァの声で抵抗が納まり、海賊達は武器を床に投げ捨てている。

 俺は兵士達に命じてそれらの武器を拾い、一カ所に集めさせた。


 海賊達が自分達の状況を十分認識した頃を見計らって、俺も敵の旗艦に移乗する。ヴェンゼロスと話をする為だ。


 俺の鎧は銀色で、今は赤いクラミスを纏っている。兜の房飾りは長く、指揮官であることを示していた。

 とはいえテオドラの派手な鎧と比べれば、どう見ても地味。

 なのでマストに縛られたヴェンゼロスと対面した時、彼は俺とテオドラを交互に見比べ、首を傾げていた。


「……どっちが指揮官なんだ?」


 唾をペッと床に吐きながら、ヴェンゼロスが問いかけてきた。


「一応、私だね。彼女は副官だ――けれど皇女なので敬意を払ってほしい」


「ふっ! しかもあたしは提督の愛人ってわけだ! ま、分かるだろ、海賊の頭領さんよっ! 敬意を払えよっ!」


 ヴェンゼロスの禿頭をペシッと叩き、テオドラが豪快に笑う。

 ちなみにヴェンゼロスがこうなったのは、テオドラとミネルヴァ、それからドムトの三人と戦ったからだ。

 最終的にはドムトに羽交い締めにされた挙げ句、テオドラとミネルヴァに剣を突き付けられて降伏した。

 もちろんそうなる前提として、ティグリスとアントニアが敵の旗艦をほとんど制圧していた――ということもあるが。


「あんまり舐めるなよ、小娘。てめぇが皇帝の娘だろうと、ここじゃ関係ねぇ。俺が一言叫びゃ、囲んでる船団が動き出すぜ?」


 恨めしい顔でテオドラを睨み、歯ぎしりをするヴェンゼロスだ。


「悪いが武装解除は済んでいる。ヴェンゼロス――貴方の海賊団にはもう、戦闘能力が無い」


 俺はにっこり微笑み、短剣で彼の縄を解いてやる。

 きっとヴェンゼロスは俺よりも強いだろうが、周囲には猛者がいっぱいいるので、仮に襲われても安心だ。

 ヴェンゼロスはキョトンとして俺を見上げ、「な、なんだ? だったら俺を生かしとく意味なんて……」と言った。


「わざわざ殺す意味もない」


「だからって、無罪放免って訳じゃねぇよな?」


「もちろん。ただ、縛られたままじゃ話しにくいだろう。テオドラが無礼を働いた――すまない、ヴェンゼロスどの」


 ヴェンゼロスに頭を下げ、椅子を二脚もってきてもらう。

 彼には椅子に座ってもらい、俺も向かいの椅子に腰掛けてから「さて」と切り出した。


「我々には、あなた方を雇う用意がある」


 俺の言葉にヴェンゼロスは狼狽え、つるつるの頭を左右に振っている。


「は? 雇う、だと? そんなことをして、アンタに何の得があるんだ?」


「あるよ、それをこれから伝える。そもそもどうして海賊なんかをやっていたんだ、ヴェンゼロスどのは?」


「そりゃあ、漁業だけじゃ食えねぇからだけどよ……」


「食えないというけれど、海賊行為は儲かっただろう? 今までで得た財宝は、一体どうした?」


「へっ! 財宝なんざ、価値の分かる者にしか売れねぇや! けど帝国の経済から閉め出しを喰らっちまった俺達にゃ、売りさばくことも出来やしねぇ! あんなもん、ゴミよ、ゴミ!」


「なるほど。だったら財宝は接収させてもらっても問題ないね。兵達にも褒美が必要だ、丁度良かった」


「なっ! それじゃ俺達と変わらねぇじゃねぇか! 戦って、奪って、分け与えるなんてよっ!」


 俺はゆっくりと首を左右に振って、その間違いを正してやる。

 

「ヴェンゼロスどの。貴方にとって財宝は何も齎さないゴミの山だ、そう言ったな? けれど私はそれを有効に使える。一部を国庫に納め、貴方の助命を嘆願することも含めて。

 そうして帝国に帰順すれば、この地で別の財貨を生み出す事も出来るんだ。もちろん生活に困ることもない――皆がきちんとした仕事を持ち、子供達は学び、望み、才能さえ豊かなら賢者の学院へ入ることも許されるんだ」


 俺の言葉で、ヴェンゼロスは目を見開いた。


「そんな夢みたいな話が……あるわけねぇ! 俺達の財宝が目当てなんだろ!? 隠し場所がわからねぇから、こうして俺に聞いてるんだろ!?」


「財宝なら、貴方の邸の地下に溜め込んであるんだろう?」


 俺がリナに調べてもらった情報を伝えると、ヴェンゼロスは顔を青くして目を逸らした。分かり易いヤツだ。


「その気なら、皆殺しにして奪う事も出来る。そうしないのは、マーモスが俺の領土になるからだ。貧しい土地で、しかも領民には恨まれたまま――そんな場所の領主にはなりたくないからね」


 人というのは、単なる良心を信じない。そこに個人の欲得が絡むとき、ぐっと信憑性が増すのだ。

 ヴェンゼロスは嫌らしい笑みを浮かべ、「なるほど」と唸っていた。


「どちらにしても、今、この地は交易の航路からも外されている。だから海賊行為をするにしても、外洋へ行っているんだろう? 食料もろくに積めない船で……そんなことを何時まで続けるんだ、ヴェンゼロスどの」


 最後に、俺はこう締めた。


「ああ、そうだな。俺達はもう、討伐に来る軍からも身ぐるみ剥がさなきゃなんねぇほど、追いつめられてた。アンタ等を手ぐすね引いて待ってたんだ。でも……負けちまった」


 肩を落とすヴェンゼロスは、小さくなった様に見える。


「勝てると思っていたのかな?」


「ああ、二倍の戦力差があったんだぜ? それをアンタがひっくり返しちまうから……むしろ信じられねぇよ」


「別にひっくり返した訳じゃないよ、ヴェンゼロスどの。あなたの作戦が上手くいっていれば、ここでの立場は逆だったろう。だけど――あなたはこちらの力を過小に評価し、結果として旗艦に二倍の兵力の侵入を許した。つまり、あなたの方が二倍の敵を相手にして負けたんだ。だからこの結果は、当然のことだと思うけどね」


「なるほど――最初に見せた遅い動き、ありゃ擬態だったのか。アンタ、名将だよ。俺なんかが勝てる相手じゃなかった」


 禿げた頭をペシリと叩き、自嘲するヴェンゼロス。

 俺はじっと彼の目を見据え、もう一度言った。


「ヴェンゼロスどのがマーモスの為を思って海賊をやっていたのなら、想いは私と同じはずだ。この戦いで命を落とした者達には悪いが、今後は協力して頂きたい」


「は、ははは……いいだろう。毒を喰らわば皿までだ、アンタに雇われてやろうじゃねぇか! ただし――アンタがマーモスの民に危害を加えるなら、俺は何度でもアンタと戦うぜ!」


「約束する。マーモスを豊かな地にすることを」


 俺は立ち上がって右手を差し出し、ヴェンゼロスに握手を求めた。

 しかし彼は片膝を付き、俺に頭を垂れる。


「こう見えても、それがし昔は伯爵家に仕える騎士でござった。今は姓を持たぬ身なれど、以後は閣下に絶対の忠誠をお誓い申し上げる」


 俺は苦笑し、頭を掻いた。


「とりあえず、アイロスに案内して欲しい。それからヴェンゼロスどの――あなたが忠誠を誓うのは、マーモスの民にしてくれないか」


「……ぎ、御意」


 何故か禿頭男の目には、大量の涙が溢れていた。


「このようなご領主がもっと前から居て下されば……マーモスは……海賊の海などと言われずにすんだものを……! うっく……!」

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