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二倍の敵

 ◆


「二時の方向に船影。数は一」


 船首で前方を見ていた俺に、ヴァレンスが言った。

 俺にも見える。あまり大きくない船だろうが、この海域にいるということはマーモスの船だろう。


「ここからアイオスまで、およそ三マイル。偵察に出ていてもおかしくはない」


 アイオスとはマーモス島最大の都市で、港がある。

「アイオスは素朴だが人情味の溢れる漁港である」――と五十年前の文献には書かれていた。

 しかし今では海賊達の拠点であり、漁業組合(ギルド)の長であるヴェンゼロスが頭目だ。


 ヴァレンスの話によるとヴェンゼロスは浅黒い大柄な男で、禿頭がチャームポイントの五十代。五隻の海賊船と無数の漁船を従え、千の部下がいるというマーモス諸島最大の海賊勢力とのこと。

 ただし近海の海賊達の中で一番の年長者である為、若い頭領達からは煙たがられているとも云う。

 

 ちなみにマーモス諸島とはマーモス島を中心とした島々のことを言う。

 この海域にはマーモスを中心として、北西にエル諸島、北東にイラペトラ諸島、南西にネア諸島、南東にニコラオス諸島という大きな島が五つあるのだが、それらを纏めてマーモス諸島と呼んでいるのだ。

 イメージとしてはサイコロの五だろうか。その中心に最も大きなマーモス島がある。


 俺は少し先に浮かぶ船を指差し、ヴァレンスに問う。

 

「あれは漁船かな?」


「まあ、元は漁船だろう。しかし偵察だな。ヴェンゼロスという男は、見た目に反して用心深い――アンタ程じゃあないが……」


「ふうん」


 用心深いわりに、初手で間違えている――と思うが、口には出さない。

 そもそも地域の海賊全てを集めて俺を討つ、これが正解だ。

 それができなかった以上、ヴェンゼロスは今後、すべてが後手に回るだろう。

 さらには、用心深さも仇となる。


「どうする、潰すか?」


 茶色い髪を風に靡かせ、ヴァレンスがニヤリと笑う。

 この男は手斧の名手だった。投げてよし、振るってよしだ。以前はガブリエラに容易く制圧されたが、もしも武器をもっていたらと思うと、とても恐ろしい。


「いや、利用しよう。追ってくれ。ただし、こちらが全速で追っているように見せて――けれど追いつけないように見せてほしい」


「なんだ、それは? 難しい注文だな」


 眉根を寄せて、ヴァレンスが言う。けれどすぐに意図を察したのか「人が悪いな、アンタは」と笑った。


 すぐに信号手が手旗を振って、ドムトの船に俺の意図を伝える。


「追いつくなだって? はぁ!?」


 ドムトのわめき声が聞こえたが、気にしたら負けだ。


 船はヴァレンスの号令に合わせて、速度を上げてゆく。前方の船がぐんぐん近づくが、気付いて相手も逃げだした。

 こちらは“停戦せよ”の信号を掲げるが、相手は平然と無視をする。


「射撃用意」


 投石機を準備させる。バリスタを使ってもいいが、矢がもったいない。どうせ敵には逃げてもらうのだ。無駄にするなら石ころで十分。

 テオドラが「射て」と号令する。しかし当然ながら当たらない。


 追うこと二十分弱――こちらが徐々に速度を落すと、漁船は離れていった。やがてこちらは海に漂う様に、浮くだけの存在となる。帆を張るにも、やや手間取ってみせた。

 漁船が一瞬だが動きを止める。こちらの様子を見ているのだろう。俺は大げさな身振りで剣を振りかざし、「追え!」と叫んでいるように見せる。

 敵はそれを嘲笑するかのように悠々と速度を上げ、マーモスへと向かって行った。少し笑い声も聞こえた気がする。


 ――成功だ。


 ――――


 ヴェンゼロスの命令で偵察に出ていた男は、二隻のガレー船を見つけておののいた。

 

「一個軍団を潰してやったのに、また帝国の奴等、来やがったぞっ!」


 見れば敵船は丁寧に“停戦命令”を出している。

 止まって漁船だと言い張ることも出来るが――船倉には武器が山ほどあった。見つかれば、漁船でないことなど一目瞭然だ。

 だからといって戦うにも、数的に不利。男がざっと見積もったところでは、ガレー一隻につき二百五十人は乗っている。対してこちらは五十人。


「さっさとずらかれ! 下手に戦う必要なんぞねぇ! それに二隻ってのが怪しいもんだぜ! 後続に大船団がいるかもしれねぇ!」


 案の定、帝国の船は停戦命令を無視したこちらを追ってきた。威嚇だろうか――石も飛ばしてくる。

 だが、どうにも狙いが酷い。射程距離という概念を、帝国の指揮官はもっているのだろうか? そう疑いたくなるほど粗末な射撃だった。


 極めつけは、こちらを追う速度だ。

 そもそも、それほど速く無い。にも関わらず、三十分と持たずに減速した。


「ふっははははは!」


 男は笑った。

 二隻のうち一隻が駄目なのかと思ったが、二隻ともゆるゆるとした速度に変わってゆく。みれば指揮官は部下達を怒鳴り散らし、部下は頭を左右に振っている。

 諦めた様に帆を張ってゆくが、それも遅い。二隻の船の連携だって怪しいものだ。


「頭に報告だ。今度のヤツは敵じゃねぇよ。まともに船を動かすことも出来ねぇんだからな!」


「まて! 後続に船団がいるかもしれねぇ!」


「いねぇよ! いたとしたら今頃、増援なりが出てきてもおかしかねぇからな! あいつ等、本当に二隻できやがったんだ! ふははははははっ!」


 ◆◆


 朝、目が覚めると大男が俺を見下ろしていた。

 窓から入る明かりを巨大な背中で遮り、ぬっと俺の顔の上に濃ゆい顔を突き出している。


「おはよう、提督」


「お、おはよう、ヴァレンス……」


 俺は起き上がり、鎧を付けて剣を佩く。鎖帷子を装備したまま眠っていたので、着替えは簡単だ。

 ミネルヴァが桶に真水を汲んで持ってきてくれたので、簡単に洗面を済ます。

 ヴァレンスは、その間に色々と話しかけてきた。


「今日で食料が尽きるが――本当に補給を受けなくていいのか?」


「いいよ。まだ敵には、補給部隊の存在を知られたく無いからね」


「では、食料を節約するか? まずは朝食から」


「いや、ディアナに与える酒だけ節約してくれればいい……勝った後、みんなで騒ぎたいだろ?」


「あれは、節約も何も……」


 苦笑したヴァレンスは、「もう無いぞ」と付け加えた。

 ミネルヴァが「ひっ」と言っている。どうやら、コイツも飲んだようだ。

 最悪だ、これじゃ敵に勝っても宴ができないぞ――まあいいか。俺は海賊じゃないし。

 

 とりあえず話を戻そう。


「そ、そうか……俺の予想が正しければ、敵は今日の午前中には仕掛けてくる。当初の予定通りで問題無いよ」


「今日仕掛けてくれば、だが……本当にくるのか?」


「――来なければ退くよ。それは敵に油断がないという事だし、油断がなければこちらに損害もでる。だったら逃げた方がマシさ。その時は所定の合流地点で、補給船と合流すればいい」


 ヴァレンスは瞼を二、三度、上下に揺らすと、「……分かった。戦いとは本当に二手、三手先を読むものなのだな」と頷いる。


「読んだ所で、相手が完全にこちらの思い通りになる訳じゃないけどね」


 ――――


 午前十時。

 冬の空は高く、海鳥が舞っている。

 波は低く、絶好の海戦日和だ。

 敵は俺の予測通りの時刻に現れ、五隻の艦隊を横一線に並べている。その後ろには、小型の船が二十隻ほど。

 海賊艦隊――と呼べば聞こえはいいが、まあ、寄せ集めだな。


 甲板上から敵の陣容を皆で見る。

 左からミネルヴァ、俺、テオドラ、ヴァレンスの並びだ。

 もちろんディアナは二日酔いで、俺にしがみついている。とっても邪魔だ。

 しかし戦闘が始まりそうだというのに彼女が二日酔いというのも、ちょっとまずい。肝臓に回復魔法を掛けてやろう。

 どうせ俺の魔力が減った所で、大した変わりはない。


「お? おお! ……ウコンの力?」


 ようやくディアナが自分の力で立った。ローブの黒いフードを捲り、陽光に目を細めている。とても爽やかそうだ。


「アレク……ボクが二日酔いの時はこれ、頼むね……」


 俺はディアナを無視することに決めた。毎日二日酔いのヤツに、掛ける魔法などない。

 

 こんなことをしている間にも、両陣営の艦隊が近づいてゆく。幸い二隻とはいえ、こちらの船の方が大きいようだ。

 敵側の一番大きな船よりも、こちらのガレーは二周りほど大きい。


「中央の一番大きな船に、ヴェンゼロスが乗っているはずだ。しかしこのままでは、倍の敵に囲まれるぞ」


 ヴァレンスが言う。


「そ、そうだな。ちょっとこの戦力差はやべぇんじゃねぇか、提督。あからさまに不利だろう?」


 テオドラもオドオドと目を泳がせて、普段の強気が何処かへ逃げ出したようだ。


「この状況が不利? 俺には圧倒的に有利な状況に見えるけどな」


「「は?」」


 ヴァレンスとテオドラの声が重なった。


「やれやれ……ミネルヴァ。この状況、ガイナス卿だったらどうすると思う?」


 ミネルヴァの正体は、何だかんだでヴァレンスとテオドラも知る所となった。これほど優秀な魔法剣士が無名な筈が無い――ということでテオドラが問いつめたら、あっさりミネルヴァが白状したらしい。

 ヴァレンスに関してはガブリエラの奴隷だから問題ないが、テオドラに関しては、ミネルヴァも随分と信用したものだ――と思う。


 ミネルヴァは微笑を浮かべ、俺の問いに答えた。


「前方に展開した敵兵力がこちらの倍であろうとも、正面にある敵旗艦の兵力は二百に満たないでしょう。父――ガイナスであれば、間違いなく中央突破による敵旗艦の制圧を考えます。だってそうなれば二隻対一隻、兵力だって五百対二百に持ち込めますから」


 小脇に抱えた兜を被りながら、俺は付け加えた。


「その為に敵にはこちらの速力を昨日見せた。それを元に計算して展開した陣形だろう。敵旗艦の制圧が遅れれば囲まれるかもしれないけれど、それでも断然こちらが有利な状況だよ」


 テオドラは「うーん」と唸り、ヴァレンスは「やってやれないことはない、か」と呟いている。


「初陣だろ、テオドラ。無理はしなくていい」


「し、心配してくれんのかよ? だ、大丈夫、あたしを誰だと思ってやがんだ、アレクシオス。やってやらぁ! サクっとヴェンゼロスを捕まえりゃいいんだろ?」


 口を尖らせて言うテオドラだったが、緊張の為か少し表情が強ばっていた。

 いくら有利だと言っても、確かに現状は二倍の敵が正面にいるのだから仕方が無い。俺だってちょっと怖いくらいだし。

 けれど指揮官が自分の決めた作戦の決行を前に、怯える訳にはいかないじゃないか。


 二日酔いの治まったディアナが、テオドラの赤いトガを引っ張って声を掛けた。


「多少の怪我ならボクが治すから心配しないで。死んだら死んだで可愛がってあげるし。どっちに転んでもいいよね……テオドラさまは……フヒ、フヒヒヒヒ」


 何それ、ディアナ。それは、緊張をほぐしてるの? それとも死ぬのを期待してるの?


「うるせぇ、酔っぱらい! てめぇはてめぇの心配をしてろ! 敵が乗り込んできたら、自分の身だって守れねぇクセにっ!」


 ディアナはよろけ、ミネルヴァの腕に縋り付いた。


「もう酔ってないのに……まあいいや……確かにボクは剣が使えないから……え、えと……ミ、ミネルヴァは今日も綺麗だね……フヒヒ」


 そう言って艶かしい指をミネルヴァの銀髪に絡めるディアナ。

 テオドラの言葉を真に受けたのか、ミネルヴァに守って貰おうと媚を売り始めたらしい。

 ミネルヴァの方は眉根を寄せて、「貴女の方が綺麗だと思うんだけど……何なの?」と困っている。


「……敵がきたら守ってもらおうと思って」


「確かに貴女ほどの美貌なら、敵も見つけたらただじゃおかないでしょうけど……」


 ミネルヴァがディアナの頬に手を触れ、「どうしようかしら」と俺の顔を見る。


「いいよね、アレク。ボクの護衛にミネルヴァをちょうだい」


 いや、イイ! イイデスヨ! デュフフフ!

 完全なる女同士ではないのがアレだが、見た目的には完全に百合! 素晴らしいです!


「――シオスさま」


「――レクシオスさま?」


「アレクシオスさまっ! 涎を垂らしていないで、ディアナを何とかしてほしいわ!」


 あ、ミネルヴァに文句を言われた。

 見ればディアナがミネルヴァの背中にぴったりと張り付いている。

 なかなか良い景色だが、これ以上眺めていたら戦闘の指揮もできない。


「こうしてれば、邪魔にならないんじゃないかなと……往け、我が魔人ミネルヴァーンよ……フヒヒ」


 ミネルヴァーンって誰だし。

 ツッコミを入れず、ディアナを無言でミネルヴァから引きはがす。


「ふぁ!?」


 ローブの襟を掴んで持ち上げると、ディアナは掴まった黒猫のようになった。床に下ろすと、キョロキョロ周囲を見回し、ますます黒猫のようだった。


「いや――予定通りミネルヴァはテオドラの側にいてやってくれ。突出したら、どんな危険があるか分からない。確かにヴェンゼロスを捕らえればこちらの勝ちだけれど、逆にテオドラ姫を捕らえられたり殺されれば、こちらの負けにもなるからね」


「え……じゃあボクのことは誰が守ってくれるの?」


 俺の言葉を聞き、不安げに頭を抱えるディアナだ。

 実際、作戦上の問題だ。テオドラとミネルヴァには斬り込んでもらいたい。当然ヴァレンスにも。

 基本方針は、こちらの最大戦力を投入しての短期決戦。出来なければ囲まれて、こちらの有利な状況は消え失せる。

 だから俺はディアナの肩に手を乗せ、優しく言ってやった。


「俺の側にいればいい。守ってやるよ」


「……」


 ディアナがもの凄く嫌そうな顔をしている。


「……ボクまで……」


「ん?」


 なにやら聞き取れない程の声で、ディアナが何かを言っている。


「……アレクはボクまでハーレムに入れる気なの?」


 ややつり上がった目で、俺を見つめるディアナ。その瞳の奥には不屈の決意が宿っていた。


「何が百合厨だよ……嘘ばっかり……ボクはガブリエラの二の舞にはならないからね……ぜったい股を開かないぞ……!」


 俺は自分の意識が遠のく気配を感じた。

 ていうか、ガブリエラは股を開いていない。


「精神的BL? ボクに限ってはあり得ない。そ、そ、そりゃあアレクはカッコいいよ……カッコいいからって……あれ? あれれ? ふぁっ!?」


 “ポカン”とディアナが頭を殴られた。

 両手で頭部を抑えて踞るディアナ。


「ディアナ、テメェ言いたい事いいやがって。アレクは親切でテメェを守るって言ってんだよ。死にたきゃ勝手に死ねよ、バカ女! 大体テメェ、アレクの強さも知らねぇクセによぉ!」


 なんだかテオドラがイラついている。いや、オラついてるのか?


「信用しやがれ!」


「そうなの、アレク?」


 頭を抑えたまま、ディアナが俺を見上げている。


「まあ、海賊相手なら、そんなに後れはとらないと思う……」


 そんなことを言っている最中のことだ、海賊が名乗りを上げた。大音量で謎の楽器を鳴らしている。威嚇のつもりだろう。


「おい、帝国の犬ども! 俺はヴェンゼロス! マーモスの王だっ! 命が惜しけりゃとっとと帰れ!」


 遠目に、中央の船の船首に足を掛けた大男が見えた。ドムトやヴァレンスにも劣らない体格だ。

 彼は赤茶けた鎧の上に、白い毛皮の衣服を羽織っている。禿げた頭が太陽に照らされ、黒光りしていた。

 

 ヴェンゼロスは、古式ゆかしい言葉合戦でもしたいのだろうか?

 それとも王を名乗るだけあって、変にプライドが高いのかもしれない。

 一応、俺はこれに付き合うことにした。

 

「ヴェンゼロス! マーモスは栄えある帝国領土であるが、貴様などを王に封じた覚えは無いっ! 大人しく恭順すれば良し、さもなくば数時間の後、己の立場を身をもって知る事となるぞっ!」


「はっ! 片腹痛しっ! たった二隻で何ができる! こちらには五万の兵がおるのだっ!」


 いや、どこが五万だよ……と突っ込みたかったが、ぐっと堪える。こんなものに誰も騙されたり……してた。テオドラが口に手を当て、冷や汗を流している。


「ご、五万っ!?」


「いないよ、そんなに……ボクの見積もりでは、大きな船でも一隻につき八十から百。小さな船は十から五十ってところかな。せいぜい千人ってところだね……ルナ、リナの報告に間違いはないよ」


 ひょっこり頭を出したディアナが、敵を見て言っている。

 何だかんだで落ち着いているディアナの見立ては正確だ。俺も頷き、テオドラの肩を軽く叩く。


「兵が五万もいれば、本当に国を作れるさ」


 それから敵に向かって叫ぶ。


「退かぬとあらば致し方なし! 前進せよっ!」

 

 俺は高く掲げた右手を振りかざし、艦隊に前進を命じた。

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