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勝利の予言 3

 ツインガンブレードの練習と調整には予想外の時間がかかった。


 もともとレイシャのために作った武器だからほぼ最適化されていたはずだった。予想外だったのはレイシャの魔力量の伸びだ。最大受容魔力の引き上げと、それに伴う強度への魔力配分の見直しを繰り返して、ようやく私もレイシャも納得いくものになった。


 新しい武器攻撃アプリも用意して準備は万端。実りのある修行期間だったと思う。


 そして、私たちは八汰に来ていた。今日はもちろんRFをしに来たのだけど、なんとなくブラブラしてしまっていた。家を出た時はやる気に満ちていた。けど、いざ街に着いてみるとやる気と同じくらいの不安が自分の中にあるのに気づいた。


 修行期間を経て私たちが手に入れたもの。それを試される。今日は絶対に勝ちたい。勝ちたい。勝ちたい。そう思うほどに焦って、怖くなってしまう。たぶんレイシャも同じ気持ちだったのだろう。


 八汰という大規模な繁華街の中でもこの辺りは割り合い落ち着いた区画で、大きな公園や百貨店、海外ブランドを扱うショップなどが多いのが特徴だ。流し歩くうちに公園に入っていた。繁華街の喧騒は遠のき、風がそよぐたびに木々が作るまだら模様の日差しが踊る。ゆったりした気持ちになっていると、レイシャが頭をぺちぺち叩いてきた。


「木に縛り付けて鳥のエサにするわよ」


「出来るものならやってみなさい。それより、あれを食べたいわ」


 レイシャが目線で示す。この道の先は大きな噴水広場になっていて、アイスクリームの移動販売車が止まっていた。噴水の縁に腰掛けてアイスクリームを食べている人がちらほらといる。


「いいんじゃない。妖精サイズのがあればいいけど」


「おかしな言い回しね。あなたも食べるのよ」


「なに勝手に決めてるのよ。私はパス。カロリー計算がズレてくる」


「そっちこそ勝手に決める権限はないわ。私が食べろと言えば、五段重ねでも十段重ねでも食べてもらうわよ」


「考えるだけで太りそうな話はやめてー!」


「うるさい下僕ね。ではそうね……人間用のをひとつ買って、それを半分ずつ食べましょう。今日は充分歩いたし、その程度なら許容範囲でしょう?」


「それならまぁいいかな……ていうか、なんでそんなに私に食べさせたいわけ? はっ! 胸の脂肪を増量させる魂胆か」


「それもあるわね」


「他のもあるのっ!?」


「私だけ食べてもつまらないでしょう」


 プイッと言い捨ててレイシャはさっさと行ってしまう。さも道理を説くような調子で『寂しい』と漏らしていた。にやけてしまったけど、幸い前を行くレイシャは気づいていなかった。


 アイスクリームを買って、周りの人にならい私も噴水の縁に座る。前に広がる花壇には、初夏っぽい紫や黄色の花が、こっちに笑いかけるように咲いていた。噴水の水音と涼気には後ろから包み込まれるようで、ここはなかなか気の利いた場所のようだ。


「半分こでしょ。先食べていいよ」


「あなたも反対側から食べればいいじゃない」


「はぁ? や~。それは恥ずかしいし」


「早くしないと全部食べてしまうわよ」


 レイシャは早速アイスクリームに顔を埋めるようにしてかぶりつく。


「別にそれでもいいんだけど」


「コーンは残しておいてあげるわ」


「そんな残飯処理みたいなのは悲しすぎる……」


 小さくため息をついて、アイスクリームを口元まで持ち上げる。釣られてレイシャも、つつつーっと浮き上がる動きがおかしかった。


 一口かじる。ひんやりした甘さを味わうよりなによりもまず、本当にすぐ前にいるレイシャと目が合ったことのほうが重大だった。澄んだエメラルドグリーンの瞳。ここで目をそらしたら負けだという確信が生まれた。レイシャの目の据わりっぷりからも同じ事を考えたのは間違いない。


 至近距離で睨み合ったままで黙々とアイスクリームをかじっていく。星の数ほどレイシャとは戦ってきたけど、今回のは最低に馬鹿げている。だからこそ負けられない。ここで目をそらすようなら馬鹿以下のヘタレだ!


 アイスクリームは減り続けてさらに顔の距離が近くなる。このまま進むとどうなるのだろうと考えた時いきなり、軽快な音がした。


「ひゃぁ!」

「メッセだ」


 バッグの内ポケットで着信ランプが光っている。目を戻すと、レイシャが顔を真っ赤にしていた。そしてちょっとだけ白かった。


「驚いたじゃない!」


 白の正体は、鼻先のアイスクリームだ。驚いた拍子にくっついたらしい。赤い顔に白い鼻、カラーリング逆転したピエロみたいで果てしなくアホな面相になっていた。


「あははははははははは!」


「……なぜ急に笑い出してるの? 気味悪いわね」 


 レイシャは鼻先のアホ可愛いアクセサリーには全く気づいてない。怒り気味の引き顔も、白い鼻のせいで底なしの間抜けさを引き立たせるだけだ。


「ひひひ! れ、レイシャは私を笑い殺す気なの?」


「意味がわからないわよ! ああっ、そんなに動いたらアイスが落ちるでしょう!」


 慌てふためく様がまた笑いを増幅させる。私はなんとかかんとか、死ぬ気で呼吸を整えて、手の甲で涙を拭う。


「は、はぁはぁ……取ってあげる、ほら」


「んっ」


 指を伸ばして鼻先のアイスクリームをすくい取る。目の前の白い物体を見て、ようやくレイシャは事態を悟ったようだ。赤かった顔をこれ以上ないくらい赤くして、肩を震わせている。


「は、早く言いなさいよ!」


「ごめんってば。だって……ぷぷぷ」


 レイシャは声にならない怒声を喉の奥から鳴らしている。と思ったらいきなり、私の指に飛びついてた。小鳥が水をすするような音。なにが起こったかわからなかった。一瞬、指先に触れたのは瑞々しい花びらのような感触。指からアイスクリームはなくなっていた。


 レイシャがしてやったりの顔で、唇の端に残ったアイスクリームを細い舌で舐め取る。かぁぁっと体が熱くなった。


「え……ちょ、なにしてんの!?」


「ふん。これは私の分でしょう」


「や。そう、じゃなくて……」


 レイシャの顔を見ていられずにうつむく。ケータイの着信ランプが目に入った。


「そうだ。メッセ……智子か」


 開いてみると、ホロディスプレイが起動して画面いっぱいのハートマークが乱舞していた。


『今どこ? なにしてる? 私は優奈を愛してる』


「うわー厄介……」


 乱れていた心が急激に冷めていく。


「主人に恥をかかせたから厳しく躾られていると返しておきなさい」


「そういう言い方はやめてってば……そうだ、ぷぷぷ……さっきのもっかいやってくれない? フォトって智子に送りたいの」


「お望み通りしてあげるわよ、あなたにね!」


 レイシャが猛進してくる。途中、アイスクリームを手に引っ掛けて私の鼻を狙う。予想していた私は首をひねって余裕の回避。


「くっ……」


 恨めしそうな目で睨みつけてくるレイシャをスルーして、智子には無難に「レイシャと八汰にいる」と返信しておく。


「でもホントに私たちなにしてるんだろうね」


 レイシャは言葉に詰まったようで、手のアイスクリームを舐めている。私も、少しだけ残ったアイスとコーンを胃に収めた。街をウロウロしてアイス食べて、誰がどう見ても遊んでるようにしか見えないだろう。


「結構満足しちゃったし、もう今日はいいかなって気分なんだけど」


「そうね……」


「RFはまた今度にして出直そっか」


 レイシャは眉を寄せて葛藤している。凝っていた視線が、ふっとあるところに吸い寄せられるように移動した。私もその先を追う。


「あれって」


 噴水広場から伸びる道は、T字の交差点に繋がっている。その辻を横切っていく小さな影。長く癖のある金髪が陽の光を複雑に跳ね返していた。傍らに見える、大きめの羽を持つ妖精は遠目からでもセイレーンタイプだとわかる。


 間違いない、アイリスちゃんとサクラだ。


 レイシャと顔を見合わせる。レイシャの、奇遇に驚き凍りついていた顔はやがて、内なる炎で氷面が溶け落ちたように猛る笑みを露にしていく。レイシャのエメラルドグリーンの瞳に映った私も、同じ顔をしていた。


 数秒前に満足したなんて言ったのが嘘のような気分だ。飢えている。私は勝利に飢えている。修行期間が明けて、私たちのリブートの第一歩としてリベンジの緒戦としてアイリスちゃんはふさわしい相手だ。


「行こう」


「当然ね。急ぐわよ」


「わかってる!」


 アイスクリームの巻き紙は丸めてゴミ箱にシュート。私は一陣の風となって疾走する……というのは願望であって。


「遅い! 急ぐって言ってるでしょう!」


「これでも急いでるの!」


 実際にはせいぜい早足ぐらいにしかなっていない。走るとこの大きな脂肪のかたまりが揺れて目立つし、一歩ごとに痛みと不快さが発生するのだ。どれだけ気を遣ってぴったり合う下着を選んでも限度はある上に今日はスポーツ用のものを着用しているわけでもない。早足で精一杯だった。


「RFのフィールドでかかる移動魔法使ってくれない?」


「あんな複雑でピーキーなもの用意出来るはずないでしょう」


「じゃあなんでもいいから早く動けるやつ!」


「不便な下僕ね。きちんとしたのは座標計算が面倒だから……追い風を起こそうかしら」


「そう、そういうの!」


「ご主人様お願いしますと言いなさい」


「追いつけなくてもいいの!?」


「仕方ない子ね。先に謝っておくけど、力加減をしくじるから暴風が起きるわよ」


「それ謝罪じゃなくて攻撃宣言だよね!?」


「うるさいわね。それ」


 踏み出した足が、ふわりとすくわれ地に着かない。背面からは強烈な圧力。巨人の手に掴まれて投げ飛ばされたみたいだった。


「うわーー! 馬鹿ーー!」


 私はまさに一陣の風となって、噴水広場とその先の道を突っ切る。道行く人の面食らった顔が後ろに流れ去っていく。あっという間にT字路に到達、しても勢いは衰えないまま正面の芝生に放り出される。ぐるんぐるん転がりまくったあと、視界は一面の青で固定された。空だ。


「うぅ……」


「だ、大丈夫ですか……?」


 金髪碧眼、白いワンピースの少女がこわごわと覗き込んできた。


「天使だ。天使がお迎えに来たんだ」


「はわわ……あ、頭を打ったのかも……」


「この下僕は常に錯乱しているから気にすることはないわ」


 口元に手を当てて心配そうにしてくれるアイリスちゃん。とても可愛い。傍らに浮かんでいる妖精二人は呑気そうだ。


「やあ。レイシャに優奈。直接会うのは久しぶりだな」


「この下僕が散々ビデオチャットかけたせいで、久しぶりといった感じはないわね。ほら、だらしないわね。早く起きなさい」


「もう無理。死ぬ」


 別に怪我があるわけでもないけど、ただ疲れた。


「……が、がんばってください」


 青空を背景に、はにかむ少女。その小さくて丸いお菓子みたいな手が差し伸べられた。聖性と慈悲の心が羽毛のように降り注ぐ。まさに天使降臨の瞬間だった。


「やっぱり無理。アイリスちゃんが可愛すぎて死ぬ」


「ええー!」


「うそうそ。ありがとうね」


 アイリスちゃんの手を握って立ち上がる。手は本当にマシュマロみたいに、ふにょふにょですべすべだった。感触を楽しんでたかったけど、顔が真っ赤になって今度はアイリスちゃんが倒れそうだったので心惜しくも手を離す。


「でも手を貸してくれるなんて意外だったかも。もう人見知りは治ったの?」


 アイリスちゃんではなくサクラに尋ねる。サクラはちょっと苦笑。


「多少マシになった程度さ」


「そうなの?」


 手を広げてアイリスちゃんに見せる。じゃあ今のはどうして? と声音と仕草で問いかける。


「あ、あの……鏡島さんは特別ですっ……」


 だだだっーと走ってアイリスちゃんは遠くの木に隠れてしまった。エクセレント可愛い。


「世間の皆様にお見せ出来ないぐらい顔面が崩れてるわよ、鏡島優奈」


「いやぁにやけるなってほうが無理でしょ」


「あの子の最近の口癖は『今日は鏡島さんから連絡あるかな?』だ」


「そっちからしてくれればいいのに」


「それが出来れば苦労はないよ」


 サクラは肩をすくめる。サクラには悪いけど嬉しいことを聞いてまたにやけてしまう。


「……で、どうするのよ、あれ」


「私が行くしかないか。って前もこんなことあったような気がする」


「きちんと責任取りなさい」


「結婚しろってこと?」


「阿呆。さっさと連れ戻すのよ」


「冗談。わかってるってば」


「その前に少しだけ」


 サクラが真剣な声で呼び止めた。


「家族以外であの子が最も心を開いているのは君だ」


「うん」


「だから、どうか善くあって欲しい」


「……意味がわからないんだけど」


「あの子が家族以外と社交的関係を築くなんて初めての事態でね。私としては心配してしまうんだよ」


「まるでこの下僕が邪悪な存在かのようね。全く否定のしようもないけれど」


「はっはっは。失礼、気を悪くしたなら謝るよ。心配もあるが、嬉しい気持ちもある。斟酌してくれるとありがたいな」


 気にしてないよ、と私は首を振る。


「なんていうか、サクラってばお姉さんみたい」


 私が小さく笑うと、サクラも冗談めかしてにやりとする。


「いやここはさっきの話を引いて、娘を任せる親の気分と言うべきだろう」


「やっぱり結婚かぁ」


 レイシャがやれやれとため息をついた。


「ねえアイリスちゃんはちょっとずつでも進歩してるじゃない。レイシャも社交性ってやつを身につけてよ」


 私はサクラに対して、お互いパートナーで苦労しているとシンパシーを感じていた。でも今は差をつけられてしまったみたいでちょっとおもしろくない。


「あなたね……私のことをなんだと思ってるの」


「性格がねじ曲がりすぎてるせいで誰も近寄れない変な奴」


「孤高の星というわけね」


「無闇にポジティブでウザさに磨きがかかってる厄介な奴……」


「遙か下の足元にも及ばぬ存在とも交流はあるわよ。そうね、リーゼとはよく話すわ」


「リーゼって、藤野先輩のところのっ!?」


 私の印象としては物静かなメイド。そして、強い。初戦で瞬殺された衝撃は忘れられない。


「え~……?」


「これは驚きだな」  


「二人とも信じてない顔ね? 私のトレーニングと、リーゼが外での仕事をする時間が重なっているのよ」


 私は首をひねる。レイシャを信じるにしても、二人がなにを話しているのか全然想像出来ない。いや、出来る……。


「どうせレイシャが一方的に突っかかって、リーゼに流されてるだけなんでしょ」


「この地の慣用句を使うなら、馬の耳に念仏、が適切ね」


「誤用と失礼さで二重に恥ずかしいからやめて。そういうのは、のれんに腕押しって言うのよ」


 やっぱりレイシャの社交性はかなり疑わしい。


「じゃあさ、レイシャがアイリスちゃん呼んできてよ。あの純粋無垢オーラを浴びたら少しはねじ曲がった性根も修正されるでしょ」


「この私にそのような雑務を押し付けるつもり?」


「チャンスと考えて。アイリスちゃんを上手くなだめられれば、レイシャに社交性があるって認めるから」


「子どもをあやして認められる社交性ってなによ……まあいいわ。あなたに任せてまたあのグズグズににやけ崩れた顔を見せらてはたまらないわ」


「人の顔を二日目のおでんの大根みたいに言わないで!」


 レイシャはバカにし切った笑いを残して飛び去っていった。遠ざかる後ろ姿を見ているとだんだん不安になってきた。


「……今さらだけど任せてよかったのかな?」


 サクラを横目で見る。サクラは、問題ないよ、と人差し指を立てる。


「アイリスが君の次に良い関係を築くとしたら、レイシャだと思っているよ」


「それはないでしょ。もし仮にそうなるなら、私が阻止する。あのスパゲティ並みに入り組んだ性根はアイリスちゃんには悪影響が出るよ」


「じゃあ君はアイリスがレイシャのようになると考えているのかい?」


「そんな極端な例を出されてもね。でも、妖精さんは、人間の子どもの可能性を甘くみてるんじゃない」


「なんだか私も嫌な予感がしてきたな……おっと。始まったようだ」


 やきもきしながら、レイシャとアイリスちゃんを眺める。アイリスちゃんはとりあえず木の影から出て話に応じる姿勢はあるようだ。


 ◆ ◆ ◆


「いつまでそこにいるの。早く戻るわよ」


「あぅ……」


 潤んだ上目遣いに心が溶けそうになる。あの愚かな下僕なら即、悩殺されていただろうけど、私は毅然とした態度で以って導いてみせる。


「みんな待ってるわ。あの下僕もね」


「鏡島さん……」


 その言葉に釣られるようにアイリスが木から離れる。


「あれのどこがいいの?」


 アイリスの白い肌を、あっという間に赤が昇っていった。木に隠れることも考えつかないのか、体を硬直させていた。


「あれは私の所有物だからあげないわよ」


「え……」


 ペンキを塗り替えたかのように、アイリスの顔が真っ赤から真っ青になる。


「ど、どうすればいいんですか……?」


「どうもこうも無理よ。諦めなさい」


 いたいけな少女に絶望が広がっていく。これは失策だった。


「私は寛大だから一日貸す程度なら許すわよ」


「本当ですかっ?」


「ただし条件があるわ」


「わかりました!」


「聞きなさいよ……いい? 私たちはRFをしに来たの。対戦してあなたたちが勝ったら、あれを持って帰ってもいいわ」


「あぅ……負けません」


 アイリスの青い瞳の中に霹靂が走るのを確かに見た。私は嬉しくなって、ゆっくりうなずく。


「いい返事ね。アイリス・コナー。あなたはやはり闘争者なのね」


 あどけなく目をまたたかせているが、この子の闘争心は本物だと思っている。

 以前の対戦で見せた、崩れた体勢を攻撃アプリで強制復帰させて反撃する判断、あれから何人も対戦したけれど、アイリスのような攻撃的な判断をする者は他にいなかった。普通は防御か回避を選択するものだ。

 

 強制反撃は一応、RFの技術として認知されてされたはいるが実行するには高度な判断力と、なにより獰猛な精神が必要だ。アイリスが見せたそれは、獰猛な精神から発せられた会心の判断だった。

 

 だから私はそれなりにではあるけれど、アイリスを評価していた。


「戦いが楽しみだという意味よ。あなた、RFは好き?」


「は、はい」


 詰まりながらも、アイリスはしっかり答えた。以前あの下僕が同じ質問をした時は、「わからない」と答えていた。時を経ていい変化をしたようだ。


「私もよ。行きましょうか」


 ◆ ◆ ◆


「うわーなに話してるか気になるなぁ」 


「なぜか音の通りが良くなる魔法があったりするのだが」


「盗聴用?」


 さすがにそれは悪趣味だ。私がやや引いても、サクラは肩をすくめるだけだった。


「音楽の練習でこういったのがあると便利なんだ。それをちょっと応用するだけさ」


「……サクラって意外と悪いよね」


「意外ではないさ。光あるところに影はある」


「アイリスちゃんは光のかたまりって感じ」


「なればこそ私は光の及ばぬ領分を請け負うんだ。互いに補い合う、パートナーとはそういうものだろう?」


「私? 私はあの暴走列車のハンドリングでいっぱいいっぱいだってば」


「でも君だってレイシャからもらったものがあるんじゃないかい」


 フラッシュバックするレイシャとの日常。蒸し芋を頬張ってほころんだ顔。夜の窓辺でどこか遠くに向けられた眼差し。気づいたら頭の上で寝ている時もあった。あの時、レイシャの体を両手で包んでベッドまで運ぶわずかの間にこみ上げてきた熱……それもレイシャからもらったもの……? まさか。


「や……ないない。そんなのないからっ!」


「はっはっは。そういうことにしておこうか……おっと、戻ってくるようだ」


 なだめるのに成功したレイシャが機嫌良さそうなのはともかく、アイリスちゃんまでなんだかテンション高そうなのはどういうことだろう。


「レイシャってばどんな魔法を使ったの?」


「私の素晴らしい社交性が発揮されたまでよ」


「具体的には?」


「RFで勝ったらあなたを一日貸し出すという条件を出したら、あっさり了承したわ」


「私をダシにしただけじゃない!」


「私が私の物をどう扱おうと勝手でしょう」


「誰がレイシャの物よ!」


「その問いが出ること自体が答えになっているわね、鏡島優奈」


「あーもう!」


「勝てばいいのよ。それとも負けるつもり?」


「まさか。アイリスちゃんが相手でもそこはきっちり勝つよ」


 私は挑むような目線をアイリスちゃんに向ける。少し緊張に固くなったまま、アイリスちゃんはこくこくうなずく。戦う意思はあるようだ。というかうなずき方が可愛い。


「じゃアイリスちゃん、始めよっか」


「あっ……は、はい」


 私とアイリスちゃんがケータイを取り出すと、レイシャが素早くその間に割り込んだ。


「待ちなさい。あなたたちがしようとしているのはランダムマッチングよ。すぐ近くにRFプレイヤーがいたとしても、その相手とマッチングされるとは限らないわ」


「どうすれば……ってRFセンターか」


「正解よ。ただし不正を防ぐために、プレイヤーから申請された試合でポイントを獲得出来るのは一日一回までになっているけれど」


「オーケー。ここからだとちょっと歩くけど行こっか」


 アイリスちゃんに微笑みかけると、小さな天使は身を縮こまらせていた。こういう時はサクラに聞いたほうが早い。顔を向けると、言わずとも察してくれた。


「以前、近くまで行ったことはあるのだが、あんなに人の多いところは無理だときびすを返したことがあってね」


「あぅ……」


 RFセンターに人が多いという印象はなかったけど、熱気と騒がしさは確かにある。アイリスちゃんが怯えるのも無理はない。私は腰を屈めて、目の高さを合わせてから安心させるように大きくうなずいた。


「私が一緒にいるから大丈夫だよ」


 その時のアイリスちゃんといったら筆舌に尽くしがたい可愛さだった。天使を目の当たりにしたようなに感動した顔、と言いたいところだけどアイリスちゃん自身が天使なのであまり適切ではないと思う。


 アイリスちゃんは納得してくれたようで、一緒にRFセンターに向かう。人波の中を進む時は手を繋いでいたのだけど、そのたびにアイリスちゃんが顔を真っ赤にしてフラフラになるので休憩を入れてながらの歩みはゆっくりしたものだった。


 RFセンターのドアを開けると喧騒が押し寄せてきた。アイリスちゃんが身をすくませて、私の手をぎゅっと掴む。その手を引っ張って、大型モニターが見えるところまで連れていく。


 モニターには吹雪が映し出されていた。白く染まった世界の中、二人の妖精が至近距離の戦闘を繰り広げていた。目まぐるしく位置を変えながらも、距離を取っての戦闘にはならない。


 この雪山フィールは寒い、めちゃくちゃ寒い。そしてほとんどの間、吹雪いていて、視界は最悪。RFのフィールドで展開される特殊な魔法の効果によるもので、厚着やゴーグルなどの対策は意味がなくプレイヤーの体力と気力を平等に削り取る。


 なにか作戦があるならともかく普通に武器格闘するなら、一刻も早く相手を見つけ出して逃さず倒す。これが一番合理的だ。下手に間合いを離せば、途端に相手を見失いまた奇襲を警戒しながら索敵のやり直し。それでは体力と、なにより気力が持たない。


 そのしんどさを、今対戦している両組とも理解しているからこその至近距離戦闘なのだろう。激しい応酬の末、一方がバランスを崩す。相手は、その瞬間を逃さず渾身の一撃を叩き込んだ。撃墜された妖精は、厚く積もった雪にめり込み、爆煙のように舞い上がった雪が風に流されるのと同時に終了のブザーが鳴った。


 最後まで観戦してしまった。隣から小さな吐息の音が聞こえた。アイリスちゃんは肩を上下させゆっくり深呼吸をしている。息詰まる激戦が終わり、ようやく呼吸を思い出したらしい。


「おもしろかったね」


 無言のまま、こくこくうなずくアイリスちゃん。かなり興奮している。試合を見せたのは緊張をほぐすためだったけど若干効き過ぎた気がする。言葉にはしないけど、ウズウズの気配がアイリスちゃんの全身から出ている。私も早くやりたくなってきた。


「私たちも行こっか。受付はこっちね」


「待ちなさい」


 アイリスちゃんを案内しようとすると、公園の時のようにまたレイシャが割り込んできた。


「なによ。レイシャも早くやりたいでしょ」


「気持ちはわかるわ。でも、せっかく相手を指定しての対戦なのだから、ランダムマッチングではないそれなりの作法というものがあるでしょう」


「えっ……なに?」


「私はわかったぞ。作戦会議を持つべきだと言いたいんだな。対戦相手を知っているならそれに応じた作戦とアプリ構成を用意するのが戦の礼儀だ」


「愚かな下僕と違ってサクラの頭には血が巡っているようね」


「それならそうって言ってよね。じゃあ休憩も兼ねて十分間、作戦会議にしよう」


「もう一つ。せっかくRFセンターに来たのだし、アイリスの期待に応えるためにもバトルフィールドはランダムにしておきましょう」


「ん。それでいい?」


 是非もなしといった感じで、何度もうなずくアイリスちゃん。


「あのっ、ありがとう……ございます」


「別に。本当は私がそうしたかっただけ。あなたの期待はそのついでよ」


 それでも満足気なアイリスちゃんと、まんざらでもなさそうなレイシャ。なにこれ……レイシャなんか知ったことじゃないけどアイリスちゃんを取られるのはつまらない。


 私はちゃっちゃと話を薦める。智子の受け売りのまま、アイリスちゃんに施設の利用方法を説明して受付も済ませた。互いの声は聞こえないけどアイリスちゃんが不安にならない程度に離れる。


「作戦ね」


「まずは把握している戦力を整理しましょう」


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