64:懊悩
「暗殺はいくら何でもやり過ぎではありませんか。誰が利を得るか考えれば、背後関係を邪推する者が出るでしょう」
「そうか? さんざん盗賊といざこざを起こしているのだ。『盗品が村に流れている』件もある。盗賊と王女が仲違いして殺された。有り得る話だろう」
ゴルトは大仰な動作で手を広げてみせた。
「盗賊が村で捕縛されているそうだな。ちょうどいい、奴らに罪をかぶせようではないか。暗殺者もプロだ、現地の状況を見て実行するだろう。盗賊を解き放って村人を数人適当に殺せば、偽装になる。いい機会だった」
ゴルトは悦に入って笑っている。
「ロイド、ご苦労だったな。失敗したとはいえ、結果としては悪くない。お前はしばらく身を隠せ」
「はい」
「おっと、証拠の書類の始末を忘れるなよ」
「……はい」
ロイドは頭を下げて表情を隠した。
(クロエ殿下が死ねば、あの村は確実に瓦解する。人死にも出る。村は国王領に戻されて、後に王太子が拝領するだろう。……それでいいのか? 本当に?)
エレウシス人とミルカーシュ人、セレスティア人がぎこちないながらも手を取り合っていた村。
よそ者のロイドに親切にしてくれた。ハチミツ飴の甘さと優しさを分け与えてくれた。
ロイドは会長室を出る。懐の書類を強く握りしめた。ぐしゃりと紙の潰れる感触が、彼の胸に突き刺さった。
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夕方、盗賊を引き連れて村に帰ったクロエたちは、出迎えた村人から大歓迎を受けた。
特にペリテはもみくちゃにされて、子どもたちがみんな泣いている。
「うちの孫を助けてくれて、ありがとう」
村長はまず、自警団の移民に礼を言った。
「え? いや……エレウシス人が頑張ってくれたから」
「それでもだ。あんたらも体を張って戦ってくれたんだろう。エレウシスもセレスティアも関係ない。みんなが村と孫娘の恩人だよ」
戸惑う移民たちに、ペリテも言う。
「そうだよ、おじいちゃん! みんなで盗賊をやっつけたんだよ。アオルシと牛さんも」
「ぶもぉ!」
ちょうどいいタイミングで魔牛が鳴いて、みんな笑った。
「怪我をした人はおりませぬか。薬草を用意しています」
薬師のザフィーラが手を挙げる。何人かは軽傷を負っていたので、治療が始まった。盗賊に対しても軽い応急処置が施される。怪我が悪化して死なれても困るからだ。
その後はレオンとクロエで盗賊の尋問に入る。だが彼らは意外に口が固かった。
「黒幕なんていやしませんよ。俺たちはただの盗賊で、ここの村が栄えているってんで狙っただけでさあ」
「嘘をつくとためにならないわよ。拷問が必要かしら?」
盗賊はビクリと身を震わせたが、強がって答えた。
「ゴロツキを拷問して得た話が、どこまで信じてもらえます? やめましょうや」
「……小賢しいわね」
案外忠誠心が高いのか、それとも『黒幕』の権力に怯えているのか。
クロエとしても尋問や拷問の技術を持っているわけではない。拷問に使える草があれば良かったのだが、一通り問いただした後は切り上げた。
「隣のアトゥン伯爵領には、憲兵の拠点があったわね。そちらに引き渡してもう一度尋問の上、刑罰を与えてもらうのが妥当だと思うけど……もみ消されないかしら」
隣町にはゴルト商会の拠点もある。
レオンは頷いた。
「この村で十数人の盗賊を留め置き続けるのは、現実的ではありません。私が同行して尋問を見張りましょう。有用な証言を引き出さねば」
騎士の身分は憲兵の上になる。組織の違いはあるが、一定の発言権はあるだろう。
「頼んだわ」
クロエが村の広場まで戻ると、村人たちが車座になって飲み食いをしていた。何やら楽しげな雰囲気が漂っている。
「それでさ、盗賊が斬り掛かってきたところを、こう、受け流して反撃してやったんだよ!」
「馬鹿、違うだろ! 俺が間に入って助けたんだろうが!」
「あっははは! そうだった、恩に着るぜ!」
エレウシス人もセレスティア人も関係なく、みんなが楽しそうに笑っている。力を合わせて盗賊の討伐をしたこと、ペリテを助け出したことが彼らのわだかまりを解いたようだ。
「クロエ様」
移民のリーダー格の人物が、クロエに気づいて声をかけた。
「クロエ様とエレウシス人のみんなに、告白しなければならない件があります」
彼が移民の仲間を見渡すと、それぞれに頷いた。
「我々は、ある商会から商品を格安で融通してもらっていました」
「取り引き現場をペリテが見て、盗賊にさらわれたと聞きました」
他の移民も言う。
「お金をけちったばかりに、こんなことに……。村の公営店だって、決して高くはない値段です。それが欲に負けてしまった」
移民たちは肩を落としている。
「話は分かったわ」
クロエは村人たちを見回した。
「その商品は、盗賊が行商人から盗んだもの。まだ証拠は上がっていないけれど、ゴルト商会と盗賊は結びついていたようなの。すみやかに返却するように」
「盗品!? そんなものを配っていたのか!」
「あの商人はゴルト商会だったの? 名前を聞いても教えてくれないから、変だとは思っていた」
「そんな、盗んだ品をありがたがっていたなんて……」
「私たちはなんてことを」
移民たちがぎょっとしている。中にはショックを受けてうなだれる人もいる。
「すぐに返します! でも、薪や食べ物は使ってしまってもうない……」
「使った分は、適正な金額で返しなさい。盗まれた品の本来の持ち主は、これからしっかり調べるわ。返せるものは返して、精算をしないとね」
「……はい」
移民たちは神妙な顔で頷いた。犯罪絡みの品物を使っていた衝撃は大きいようだ。
これがもし盗品でなければ、ここまでのショックではなかったかもしれない。自分たちが犯罪行為に手を貸してしまったと、移民たちはうつむいた。
移民たちが怪しい品物を受け取っていたのは、金銭的な欲と同時にエレウシス人への差別感情があったから。「自分たちはセレスティア人だ。あんな奴らと違う。同じセレスティアの商人から少しくらい得を受け取ったって、何も悪くない」と考えたのが透けて見えた。
だが、その『得』は罪にまみれた汚い品物だった。その上、取り引きのせいで子どもたちが慕うペリテの命が危険に晒されてしまった。
そうと自覚した上で居直れるほど、移民たちは悪人ではない。
うなだれる彼らの様子を、エレウシス人たちは黙って眺めている。
移民のリーダーは下を向きながら言った。
「欲をかいて盗品を掴まされるなんて、情けない話だ。ペリテが助かって本当に良かった。あの子にもしものことがあったら、エレウシス人のみなさんに、顔向けできない……」
「恥じる必要はねえよ。悪いのは盗賊とゴルト商会だ」
村長が答える。
「もし盗品配りのターゲットが、俺らだったら。やっぱり騙されていたと思う。それにあんたらは、命がけで戦ってペリテを助けてくれただろ。だから、気にするな」
「……村長さん。ありがとう」
村長はリーダーの肩をバシバシと叩く。やっと両者に笑顔が戻った。
「今日はもう夕暮れだ。難しい話は明日でいいだろ。盗賊討伐の武勇伝、もっと聞かせてくれよ!」
「宴会やる? 料理用意する?」
「イルマ、気持ちは分かるけど、盗賊連中がそこの倉庫にいるのよ。見張らなきゃだから、お酒はなしでお願い」
「はい、クロエ様! じゃあ美味しい料理だけで!」
イルマと料理上手の村人たちが食堂に飛び込んでいく。すぐにいい匂いが漂い始めて、村人たちの気持ちもほぐれていった。




